歴史・人名

十柄剣

十柄剣

別称:十握剣

十握剣
トツカノツルギ

別称:十拳剣十柄剣火之迦具土(ヒノカグツチ)、布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)

 三種の神器には含まれなかったものの、由緒ある霊剣である。この剣の出自はよく分からない。しかし、古くは国生みの神、伊邪那岐命が所持していたことが分かる。
 彼の妻、伊邪那美命は、彼らの最後の子となった火の神、迦具土神を産んだとき、 迦具土神の体から発する炎で陰部を焼かれて死んでしまう。もともとが神様だけに、黄泉の国へ行けば会うことはできるのだが、離れて暮らさなければならないのは変わらない。そのことを嘆いた父伊邪那岐命によって、迦具土神は、生まれてすぐにその首を切り落とされてしまう。このときに用いられた剣が、この十握剣である。神が息子の首を切った剣とは縁起の悪い話だが、伊邪那岐命がこの剣をいつでも携えていたことの証明にもなるであろう。それだけの名刀だったのだ。斬られた息子の迦具土神も、さすがは神、この剣に宿る神霊として生き延びる。その後、この剣は時として火之迦具土の名で呼ばれ、彼の炎の力が宿った剣であることを表している。
 また、このとき迦具土神の首からほとばしった血潮が近くの岩に飛び、その血糊から 武甕槌神、磐筒女神など8体の天空神が生まれ、死体からはやはり8体の山の神が生まれたという。これらの神々の主なものは、迦具土神の子として系図に書き込んである。参照されたい。
 この剣は伊邪那岐命の息子素盞鳴尊に継承され、八岐大蛇退治の際にもその力をふるう。
 さて、時代は変わって邇邇芸命の天孫降臨に次ぐ根の国の国譲りの際に、この剣はまた姿を現す。このときの主役は、先ほどの武甕槌神。国譲りを渋っていた大国主命に対して、援軍として派遣されてきた彼はこの剣を切っ先を上にして波間に突き立て、その上にあぐらをかいて国譲りの交渉を行ったという。
 さらにこの剣の歴史は続く。かの神武天皇の東征中に、この剣は布都御魂剣として彼に授けられ、この剣の力を借りて彼は統一王朝の樹立を実現したというのである。
 まったくもって大活躍である。なぜこの剣が三種の神器に入っていないのか不思議なほどである。まあ実際そうなっていないのだから文句を言っても始まらないが。おそらく、「神との交信」を目的とする三種の神器と違って、武具としての性格があまりに強いせいではなかろうか。

 とにかくこの剣は、「正義の力」として、建国神話の中で重要な役割を果たしている。先の武甕槌神、ほかに経津主神が、この剣の神格化した姿といわれている。この剣は国宝として現存しており、鹿島神宮の宝物館で見ることができる。全長271㎝の直刀は、まさに当時の武力の象徴だと感じることができるだろう。