歴史・人名

石川晴光

石川晴光【いしかわはるみつ(1528~1580)】

石川稙光の男。1530年、父石川稙光の死去にともない家督を相続する。1543年「天文の乱」では近隣諸侯の多くと同様に伊達稙宗方として参戦。天文の乱終結以後、田村隆顕、芦名名盛氏らの勢力圏が石川郡内にまで及ぶようになると、この両者の抗争に巻き込まれる形で次第に所領を削り取られ、さらには、常陸国の佐竹義昭が1560年、白河結城家から高野郡を奪取すると、奥州への進出を図り石川領に兵を進めた。1563年、諸勢力の圧迫を受けて窮地に陥った石川晴光は、伊達家の庇護を求めるため、実子石川光専には家督を継がせず、伊達晴宗の四男石川昭光を養子に迎えた。1568年、石川昭光に家督を譲って隠居した。