訓民正音

訓民正音
朝鮮王朝の世宗が1446年に公布した、独自の表音文字。ハングルとは「偉大な文字」の意味。

訓民正音(ハングル)
 ハングルとも言われる。15世紀の朝鮮王朝(李朝)で作られた、朝鮮独自の文字。世宗の命令で研究が始まり、1446年に公布された。母音11字、子音17字のあわせて28字(現在は24字)を組み合わせてあらわされる表音文字。世宗は訓民正音の普及をはかったが、官僚層を占める両班は伝統的な漢字を正字とし、訓民正音は主に民間の女子が使用されたので、民間の文字という意味で「諺文(オンモン)」と言われた。ようやく1894年の改革で公用文として用いられることとなり「国文」と呼ばれた。一般にハングルといわれるようになったのは日本統治下で「大」を意味するハンと「文字」を意味するクルを組み合わせたものである。
Episode ハングルの誕生

 朝鮮王朝第4代世宗は、即位すると全国から優秀な学者を集め集賢殿という役所を作り、新技術の開発にあたらせた。金属活字の改良もここで行われ、多数の実用書、儒学関係の書物が作られた。しかし、いずれも漢字で印刷されたもので、庶民には読めないものであったので、世宗は集賢殿の学者に命じ、庶民の読める文字を作ることを命じた。朝鮮ではまだ独自の文字がなく、すべて漢字、漢文で書かれ、出版されていたので、両班階級のものしかそれを読めなかった。学者たちは漢字の他、西夏文字、契丹文字、女真文字、さらに日本の仮名などあらゆる文字を研究し(世宗自らも加わったという)、ついに朝鮮独自の文字ハングルを完成させた。ハンとは偉大、グルとは文字を意味する。1446年、世宗はこの文字に訓民正音(民を導く正しい言葉)と名を付けて公布した。これに対し、両班階級は冷淡で、漢字でものを書くのをやめず、ハングルを諺文(オンモン、卑俗な文字)といって使おうとしなかった。ハングルを使ったのは日本の仮名の普及と同じく、女性たちからであった。朝鮮でこの文字が定着し、ハングルと言われるようになるのは、19世紀に朝鮮の独立を守る運動と結びついてからであった。<岡百合子『中・高校生のための朝鮮・韓国の歴史』平凡社ライブラリー p.124~129> 


ハングル(英語表記)hangǔl
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
ハングル
hangǔl

朝鮮語の表記に用いられる文字。音素を表わす要素の組合せでつくられる音節文字である。要素は,母音字 10,子音字 14ある。世宗 25 (1443) 年李朝第4代の王世宗のときに考案され,同 28年に「訓民正音」の名で公布された。当時は母音字 11,子音字 17あったがその後数が減って現在にいたっている。訓民正音がつくられたことによって,『竜飛御天歌』『釈譜詳節』『月印千江之曲』などが編纂刊行された。なお,諺文 (おんもん) とも呼ばれるが,漢字に対して卑下した意を含むので,現在朝鮮ではハングル (大いなる文字) の名称を用いる。元朝 (1271~1368) のパスパ文字にヒントを得てつくられたとの説がある。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

朝日新聞掲載「キーワード」の解説
ハングル

朝鮮半島で主に使われる表音文字。「大いなる文字」を意味する。現在は10の母音、14の子音を組み合わせて表記する。固有の文字がなかった朝鮮半島では中国から伝来した漢字が使われたが、庶民層には理解できない人も多かった。このため、朝鮮時代の名君・世淑1397~1450)のもとで、簡単で庶民も分かりやすい文字として考案され、1446年に「訓民正音」として公布された。ただ朝鮮時代のエリート層には漢字より一段低い文字と見なす傾向が強く、女文字を意味する「アムクル」などとも呼ばれた。「ハングル」の名称は、崔の恩師でハングル研究の先駆者とされる周時経(1876~1914)が1910年前後に使い始めたとされる。日本の植民地支配からの解放後、北朝鮮では韓国以上に漢字の廃止が徹底して進められた。
(2010-03-31 朝日新聞 朝刊 1総合)

出典 朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について 情報

デジタル大辞泉の解説
ハングル

《〈朝鮮語〉。大いなる文字の意》朝鮮固有の文字。1443年、李朝第4代世宗の命でつくられ、1446年「訓民正音」の名で公布。母音字11、子音字17を定め、これらの組み合わせで音節を表した。その後の音韻変化で、今は母音字10、子音字14からなっている。かつては諺文(おんもん)と卑称されたが今は言わない。朝鮮民主主義人民共和国ではチョソンクルと呼び、この24字に濃音5、複合母音11を加える。朝鮮文字。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説
ハングル
朝鮮語表記のための単音文字。かつて諺文(おんもん)と呼ばれたが,現在この名称は用いない。子音字14,母音字10,計24字からなる。表記の際にはこれらがまとめられ,音節を単位とする文字をつくる。1443年,李朝第4代の王世宗が自ら作り,1446年〈訓民正音〉として公布した。縦書きおよび左横書きで書かれる。
→関連項目神代文字|世宗|東亜日報|吏読
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説
ハングル【hang(■1)l】

朝鮮の国字。〈大いなる文字〉という意味であり,また〈訓民正音〉ともいう。かつては諺文(オンムン’ənmun)ともいい,日本でなまって〈おんもん〉と呼んだが,今日ではこの呼称は用いられない。
[構成]
 子音字母14,母音字母10からなる音素文字であるが,音節ごとに組み合わせた形で文字として用いられるので音節文字の性格も備えている。字母は1字で1音を表すが,現代語の喉頭化音(濃音)は子音字母を重ねて表し,母音で始まる音節を示す字母’と音節末のとは同じ字母の〈〉である(以下〈 〉内にハングルを示す)。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説
ハングル
〔朝鮮語。大いなる文字の意〕
朝鮮語の表記に用いられる音節文字。一〇の母音字母と一四の子音字母を組み合わせて音節を表す。1446年、朝鮮王朝第四代世宗が「訓民正音」として公布。諺文オンモン。朝鮮文字。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界の主要言語がわかる事典の解説
ハングル【ハングル】
hangǔl(朝鮮)

チョソン(朝鮮)の国字。朝鮮語の音韻を分析してつくられた文字体系で、音素を表す字母(子音字母14種類、母音字母10種類)を組み合わせ、音節単位で文字をつくる。朝鮮語の音節は初声(子音)、中声(母音)、終声(子音)に分けられ、つくられる音節文字の種類は3000近くになる。1446年、李朝第4代の世宗(せいそう)の時代に、漢字(の音)を使ったそれまでの表記に代わるものとして考案され、フンミンジョンウム(訓民正音(くんみんせいおん))の名で公布された。漢字に対して長い間オンモン(諺文(げんぶん))の卑称で呼ばれたが、20世紀に入って「大いなる文字」「一つの文字」を意味するハングルの呼称が登場、やがて一般化した。◇朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)ではチョソングル(朝鮮文字)と呼ばれ、韓国と若干異なる。
出典 講談社世界の主要言語がわかる事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ハングル
はんぐる

朝鮮の国字。文字制定当時は「訓民正音」という名でよばれたが、ほどなく漢字漢文に対して「諺文(オンモン)」という卑称でよばれるようになった。李(り)氏朝鮮王朝末期の開化期の民族意識の高揚とともに「国文」とよばれ、さらに国語学者周時経が「ハングル」(han=大いなる、gr=文字)と命名し、今日に至っている。現在は韓国(大韓民国)でハングル、北朝鮮でチョソンクルとよんでいる。この文字は、1443年李朝第4代国王世宗の命によってつくられ、1446年に『訓民正音』という書物の形で公布されたもので、当時の朝鮮語の音韻を分析し、抽出された音素に該当する文字を人工的につくりだした、世界の文字史上画期的なものである。この文字は子音字と母音字とからなる音素文字であると同時に、音節単位でまとめて表記するという音節文字的性質も備えている。また、そこに、音節を初声(頭子音)、中声(母音)、終声(末子音)の三つの構成要素に分けるという、当時の中国音韻学ではみられなかった音節構造の新しい把握がみられる。制定当時は子音字17、母音字11で合計28字であったが、その後の音韻変化などの結果、現在は子音字14、母音字10の計24字である。子音字の制字原理は、中国音韻学の子音分類(調音位置による分類といってよい)のそれぞれに、基本字を音声器官の象形によって定め、そのなかの調音様式の違いによる変種は加画および並書(へいしょ)という方法でつくりだされる。母音字は、性理学的原理を記号化することによって三つの基本字を定め、それを対照的に組み合わせることによって他の母音字がつくられている。その組合せの対照性は、当時この言語に存在した母音調和を形成する2系列の母音の対立と一致する。文字創製後、この文字により仏典、経書その他多くの書物が刊行された。朝鮮民族はこの文字に強い誇りをもっており、韓国では世宗の訓民正音公布を記念し、10月9日を「ハングルの日」とし、祭日に定めている。[梅田博之]
[参照項目] | 朝鮮語

ハングルの子音字・母音字一覧

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のハングルの言及
【漢字】より

…日本(詳細は後述)では漢字をもって漢語を表すとともに日本語を示すにも用い,またその略体から仮名(かな)の発生を見た。朝鮮は韓国では日本と同様,今日に至るまで漢語を表すに用いているが,朝鮮民主主義人民共和国ではこれを廃し,もっぱらハングル(諺文(おんもん))を用いている。しかし韓国でも漢字は漢語の表示にのみ使用し,朝鮮語を示すのには用いない。…

訓民正音】より
…朝鮮では古くから漢字を利用する表記(吏読(りとう)文字)がくふうされていたが,朝鮮語を明確に表現できず,十分な伝達機能を果たせないので,広く民衆にも使用できる文字として創制された。甲午改革(1894)で公用文に採用され〈国文〉と呼ばれたが,日本の統治時代に〈大〉を意味する古語ハンと文字を意味するクルを結びつけて〈ハングル〉という名称が創案され,今日も用いられている。公布した条例は,《李朝実録》世宗28年9月の条に,漢文で字母の発音・結合などを簡単に説明した本文と鄭麟趾の序があり,また別に,本文に朝鮮語訳を付した諺解本があって知られていたが,1940年慶尚北道の旧家から本文にその解説である〈解例〉を付した古本が発見され,全貌が明らかになった。…

【朝鮮語】より
…10世紀に高麗が建国して都を中部の開城に定め,中部方言を基礎とする共通語発展の基盤が固まり,14世紀末の朝鮮王朝(李朝)建国により都は現在のソウルの地に移ったが,この態勢は引きつがれた。新羅・高麗時代の言語は漢字の複雑な用字法(吏読(りとう)文字)で記録され,断片的なものが伝わるだけで全体像の把握は困難であるが,15世紀中葉に李朝第4代の国王世宗が〈訓民正音〉を公布し,今日ハングルと呼ばれる国字が制定されて朝鮮語を細部まで表現することが可能となり,仏典や中国の古典の翻訳が盛んに行われた。当時の朝鮮語には単母音7個があって,陽母音[a]と[o],陰母音[ə,ɯ,u]の対立による母音調和が行われ,語尾や助辞にも及んでおり,母音[i]は中性母音であった。…

【朝鮮文学】より
…しかし漢の四郡設置に始まる漢文化との接触は,その後,三国時代を経て7世紀ころには飛躍的に高まり,新羅末にはますます漢文学が上層階級に浸潤し,つぎの高麗,李朝を一貫して,文学といえば漢詩文を意味するようになった。したがって15世紀に朝鮮文字(ハングル)が創制されるまでの朝鮮文学は,漢文学を除くと〈郷歌〉と口伝歌謡,説話を残すにとどまる。ハングルの創制は朝鮮文化史における画期的事件であった。…

【文字】より

[配列法]
 字の配列の仕方についてみれば,モンゴル文字,満州文字のように縦に配列されるものと,ローマ字,ギリシア文字,アラビア文字などのように横に配列されるものとがある。漢字,かな,ハングルなどは前者の例であったが,今日では縦書き・横書きの両様がある。横書きには,さらにローマ字,ギリシア文字などのように左から右へ横書きされるものと,アラビア文字やヘブライ文字などのように右から左へ横書きされるものとがある。…

【李朝】より

[前期]
 李朝前期の文化は,世宗の時代(1418‐50)に開花し,李朝文化の原型もこの時代に形成された。世宗の時代は李朝文化の黄金時代ともいわれ,儒教の国教としての地位確立(集賢殿の設立,国家による《三行行実図》《孝行録》などの刊行),世界で最も合理的な文字といわれる訓民正音(くんみんせいおん)(ハングル=朝鮮文字)の制定,地理書(《八道地理志》)・農書(《農事直説》)・医書(《医方類聚》)・暦書(《暦書七政書》)・朝鮮歌謡書(ハングルで書かれた《竜飛御天歌》)などの編纂,世界最初といわれる測雨器製作と全国の雨量測定,すぐれた天文観測器や天球儀の製作,精巧な金属活字(甲寅字)の鋳造とそれを使った印刷・出版が行われた。世宗朝のあともひき続き,《国朝宝鑑》《高麗史》《東国通鑑》などの歴史書,《東国輿地勝覧》(地理書),《経国大典》(法律書),《東医宝鑑》(医書),《東文選(とうもんぜん)》(漢文学),仏典のハングル訳が編纂・刊行され,歌辞・時調の朝鮮文学,水墨画,李朝白磁などの朝鮮美術や各種の学校(成均館,郷校,四学,書堂,書院)が発達した。…

【竜飛御天歌】より
…10巻,125章から成る。初章1聯,終章3聯以外は2聯で,対になったハングル歌,そして漢詩訳が続く。前聯は中国の故事,後聯は朝鮮の事跡で建国の正当性を主張する。…

※「ハングル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について