大麻比古神

大麻比古神

おおあさひこのかみ
別:〇布刀玉命木匠神天太玉神(あめのふとだまのかみ)


日本の神々


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天太玉神

あめのふとだまのかみ
別:〇布刀玉命大麻比古神(おおあさひこのかみ)、木匠神

天岩戸の前に集まった神々の一柱、忌部氏(イムベ)の祖神
占いの神、神事・祭具の神
 日本の神々には、人間が神を祀るという行為そのものをルーツとする神格も多い。天太玉神もそうした種類の神さまといえるだろう。つまり、今日の神道で行われるさまざまな神事を統括し、そこで使われるいっさいの神祭用具を管理する神、というのが天太玉神の本来の役割なのである。こうした天太玉神の性格は、この神が活躍する天岩戸隠れの神話に表されている。天岩戸に隠れてしまった天照大神を誘い出すため、天太玉神は、洞窟の前で卜占をし、枝葉の茂った榊に勾玉、鏡などを下げたらして太玉串を作った。そして、天太玉神はそれを捧げ持ち、同時に天児屋根神天照大神を賛美する祝詞(ノリト)を奉じて、大神の出現を祈ったのである。
 玉串とは、榊の枝に紙垂(シデ=紙を細長く切ったもの)をつけた神に捧げる供物のひとつで、太玉串は「立派な玉串」といった意味であり、古代には紙でなく布を使っていた。これを捧げることによって、神の意志に従う気持ちを表し、神とのコミュニケーションを確認するという意味がある。今日でも神社で神主に祈祷をしてもらうとき、あるいは家を建てるときの地鎮祭などでは玉串を捧げたりする。これは、神道用語では「玉串奉奠」と呼ばれ、頭を下げて礼儀正しく丁寧に玉串を捧げる行為を指す。神を崇敬し家の安全や繁栄を守護してもらおうというものだ。
 このように祭具というのは、今日でも神と人間とが交信するための大変便利で重要なアイテムである。それを最初に作り出したのが天太玉神であるといわれている。また、太玉串を作るときに楮(コウゾ=和紙の原料となる植物)や麻の糸で織った布が用いられた。それが楮や麻の守護神としての信仰の起源にもなっている。

 この天太玉神は、「日本書紀」に忌部氏の遠祖と記されている。忌部氏というのは、代々宮廷における祭祀の執行を統括することを専門に担当した氏族で、宮廷での宗教儀式に使うさまざまな祭具を作る部門の管理なども担当していたと考えられている。神話で天太玉神が太玉串を作る場面は、そうした忌部氏の役割を象徴したものだろうといわれているのである。
 さらに、天太玉神は注連縄(シメナワ)のルーツともいわれている。その起源も天岩戸隠れにある。 天岩戸隠れを参照していただきたい。天太玉神は機転を利かせて、天照大神が再び洞窟にこもってしまわないように、天照大神を止める境界を示すアイテムをも考案したわけである。
 注連縄は、神社の入口や社殿、他にもご神木や石などの御神体、あるいは神域とされる領域に張り巡らされたりする。注連縄が張られた内側は、神の降臨する空間(依り代)を示す。そして、神の宿る場所は神聖であるから、注連縄の境界の中には不浄なものの立ち入りは厳禁されるのである。このように清浄と不浄を分かつ注連縄にも当然、なんらかの霊力が宿ることになる。注連縄にも玉串と同様に紙垂を垂らすが、この紙垂は神の依り代ともされている。古代においては、これも玉串と同様に楮糸や麻糸織りの布が用いられていたようである。

 以上のように、玉串にしろ注連縄にしろ、要は神を祀る道具である。それを生みだした天太玉神は、神を祀る機能の神格化といえるだろう。特に注連縄に関しては、境界であると同時に悪霊を打ち払うバリアーのような機能を備えているといえる。だから、これをはじめに作った天太玉神は悪霊のもたらす災いを退ける霊力を中心的なパワーとしているといえよう。
 ついでだが、天太玉神は、木匠神ともいわれる。木匠とは木工職人のことで、その祖神というわけである。 天岩戸隠れ事件において、天太玉神が鏡作り、木綿作り、鍛冶などの祖神となった神々をリードして、立派な玉串を工作したことにちなんでいる。そのほかにも、あまり一般的には知られていないが、屋根の神、畳屋の神、建具の神など、工作全般の神としての信仰がある。


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