[9]根の堅州国の試練のおはなし(オオクニヌシ伝説)

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根の堅州国の試練のおはなし
執拗な八十神(ヤソガミ)たちの追撃を退け、何とか根の堅州国へと逃げ込んだ大己貴神(オホナムチ)は、素戔男尊(スサノヲ)の家にまで来ます。そうです。スサノヲは、根の堅州国の王となっていたのです。以前より母恋しさに、根の堅州国へ行く事を所望し続けたスサノヲですが、初志貫徹、願い叶って、根の堅州国へとやって来ていたようです。そこで、スサノヲは、無事、母神である伊邪那美神に会うことが出来たのかどうかは分かりませんが、巡り巡って、スサノヲの6代末裔にあたるオホナムチが、このスサノヲの元に訪れたのでした。

そして、そこで、オホナムチは、スサノヲの娘である須勢理毘売命(スセリビメ)と出会います。両神は、見つめ合うやいなや心が通じ合い、スセリビメは、オホナムチに一目惚れをしてしまいます。そして、スセリビメは、スサノヲに、「とても立派な神が現れました」といって、紹介をし、オホナムチのことを、「まさに、葦原色許男神(アシハラシコヲ)、つまり、日本の屈強な男だ」と称えました。

余談ですが、オホナムチは、とにかく呼び名が多くあります。代表的なものを挙げると、オホナムチ、葦原色許男神、大国主命、八千矛神(ヤチホコ)、大汝命(オホナムチ※『播磨国風土記』での呼称)、大物主神(オオモノヌシ)、大國魂大神(オホクニタマ)などがそうです。

そして、話は元に戻りますが、そんなスサノヲは、それからオホナムチに幾つかの試練を与えて、オホナムチを試そうとするのです。
[試練1]先ず、スサノヲは、オホナムチを蛇がたむろする室(むろや)に寝るよう命じます。すると、スセリビメが、どこからともなく現れ、「蛇の比礼(ひれ:スカーフのようなもの)」を授け、蛇に襲われるようなことがあれば、この比礼を三度振るように教えました。言われた通りにしたオホナムチは、蛇に襲われることもなく、無事一晩を過ごすことが出来ました。

[試練2]今度は、スサノヲは、オホナムチを百足(ムカデ)や蜂がうごめく室(むろや)に寝るよう命じました。すると、再び現れたスセリビメは、昨晩と同じく、今度は、「ムカデと蜂の比礼」を授け、同じようにして、オホナムチは、問題なく、その夜も過ごすことが出来ました。

[試練3]すると、スサノヲは、今度こそと言わんばかりに、鳴鏑(なりかぶら:射ると大きな音響を発して飛ぶ矢)を広い野原の中に射込み、その矢を拾ってくるようオホナムチに命じました。そして、オホナムチが草原に入るやいなや、草原に火を放ち、オホナムチは途端に炎に囲まれてしまいました。

すると、今度は、鼠(ネズミ)が現れて、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と告げました。この意味を理解したオホナムチは、その場で、思い切り足を踏み込むと、底が抜け、地中から穴が出て来ました。

そして、その穴に身を隠し、炎が通り過ぎるを待つと、オホナムチは、無事、事なきを得たのでした。しかも、ネズミは、スサノヲが放った鳴鏑まで持って来てくれたので、この第三の試練も何とか切り抜けることが出来ました。そして、さすがに今回の試練は、無理だろうと諦めて、葬式の準備を進めていたスセリビメの元に、無事、帰り着くことが出来たのでした。

[試練4]続いて、スサノヲは、今度は自分の頭の虱(しらみ)を取るように命じました。しかし、その頭からは、ムカデが這い回って、気持ち悪くて、なかなか取れません。

すると、すかさず、スセリビメは、椋(むく)の実と赤土をオホナムチに授けました。そして、オホナムチがその実を噛み砕き、赤土を口に含んでそれを吐き出すと、まるで、オホナムチが、そのムカデを噛み潰しているかのように見え、これを勘違いしたスサノヲは、かわいい奴だと思い込んで、そのまま寝入ってしまいます。

これをチャンスと感じた両神は、スサノヲを柱に縛り付け、大きな石で部屋の入口を塞ぎ、そのまま逃げ出しました。しかし、この時、スサノヲの生大刀(いくたち)と生弓(いくゆみ)をくすね、スセリビメの琴を持ち逃げした為、琴が木に触れて、大きな音が鳴り響いてしまいます。これに気付いたスサノヲは、はっと目を覚まし、追いかけようにも、身動きが取れず、体勢を整えている隙に、両神は、遠くまで逃げさってしまいました。

そして、後を追ったスサノヲは、黄泉津比良坂まで追いかけたのを最後に、追跡を断念し、遠くに逃げる両神にこう告げるのでした。「お前が持っている生大刀と生弓で従わないヤソガミたちを追い払え。そしてお前が大国主となってスセリビメを妻として立派な宮殿を建てて住め、この野郎め!」。こうして、オホナムチは、スサノヲの試練をクリアし、地上界に戻っていったのでした。

	大国主命とネズミ

全国には、大国主命(オオクニヌシ)を祀る神社というのは多数ありますが、主祭神として祀る神社はさほど多いという訳ではありません。とりわけ、出雲大社は有名な神社となりますが、それ以外にも、大国主神社(大阪市)、大豊神社の境内社となる大国社(京都市)などがありますが、実は、こちらでは、ネズミの神使像、狛鼠像が祀られていることがあります。その理由は、こちらの根の堅州国の試練で、ネズミが活躍したことが挙げられます。ですので、大国主命とネズミは、非常に深い関係があるとされ、大国主命の神使として有名です。
こうして、何度もピンチに見舞われたオホナムチは、スセリビメの献身的な助けもあって、無事脱出ができたのですが、オホナムチのリーダー像は、あまり強くは描かれておりません。どちらかというと一見、頼りないようにも見えますが、実は、その本質は、どんな状況でも、あらゆるものを味方につけるその巡り合わせの強さを意味します。それは、自身の献身的な優しさに誘因されるという、あまり他の神話では見られにくい、日本的なリーダー像の姿と言えます。これは、後の国造りでも同様、有能なパートナーを手中に収めるオホナムチの引きの良さとも言え、地上に出たオホナムチは、大国主命(オオクニヌシ)となり、散々、自身を苦しめたヤソガミたちを、その奪い取った生大刀と生弓で成敗し、これを建国の足がかりとして、オオクニヌシは、国造りに着手するのでした。
八千矛神(やちほこ)の恋
さて、ここからオオクニヌシの国づくりが・・・、と始まりたいところですが、その前に、今度は、オオクニヌシが、八千矛神(ヤチホコ)として、全国各地に、恋愛譚を残す話が続きます。その代表が、高志国の沼河比売(ヌナカワヒメ)の話となるのですが、オオクニヌシはとにかく恋多き神様としても有名です。これもご縁に強い、オオクニヌシならではとも思いますが、ひとまず、このブロックのみ、オオクニヌシは、通名、ヤチホコとして記していきます。

ヤチホコは、最初認められた女神として、ヤガミヒメがおりましたが、ヤチホコが、根の堅州国へ脱出していたこともあり、ヤガミヒメは、ヤチホコに会わない日々が続いておりました。然も、既に、お腹には子を宿し、ヤガミヒメは出産を待つばかりの状態でした。そんな時、ヤチホコは、根の堅州国から無事脱出してきます。そして、出雲の国に帰えるにあたって、今までの清算活動に入るのです。

ということで、最初に妻として迎え入れることを約束したヤガミヒメを呼び寄せて、結婚を果たしました(第一王妃)。続いて、共に、根の堅州国から脱出してきたスセリビメを正妻として迎え入れます(第二王妃)。

しかし、出雲へと戻る道中も、ヤガミヒメは、スセリビメのことが気にかかり、更に、スセリビメが非常に嫉妬深い性質であったことから、これに恐れを抱き、ついには、身ごもりながらも、その途中で、子を出産し、逃げるように、国元へ帰ってしまうのでした。そして、この時に生まれた子が、実質、ヤチホコの第一子となる木俣大神(コノマタノオオカミ)となります。そんな一悶着のあったヤチホコですが、このままスセリビメ一筋で行くかと思えば、ヤチホコの恋愛はここからがスタートとなります。

	
		御井神社(みいじんじゃ):島根県簸川郡斐川町直江帳町2518

御井神社は、ヤガミヒメが、コノマタノオオカミを出産した地と言われています。そのため、御祭神にもコノマタノオオカミとヤガミヒメが祀られています。その後、ヤガミヒメは、因幡の方へ帰って行ったとされているので、そこが、賣沼神社ということになるのでしょう。

	
	
		八上姫神社(やがみひめじんじゃ):島根県簸川郡斐川町大字学頭1329-1

八上姫神社は、湯の川温泉にあり、かつて、ヤガミヒメが、出雲の国へ向かう道中に立ち寄られ、湯に浸かり、美を増したと言われる場所であり、神社となります。という訳で、当社は、美やご縁にご利益があるとされます。

	

ヤチホコは、高志国(こうしこく:福井から山形にかけた北陸地域※一説には、八岐大蛇はこの方面からやって来たとする記述もあります)に美女の噂を聞きつけ、沼河比売(ヌナカワヒメ)のもとを訪ねます(ヌナカワヒメとは、当時、この地域の翡翠(ひすい)を支配していた巫女王とされるようです)。両神は、歌を謳い合い、翌朝、結ばれ、その夜、両神は結婚をしました(第三王妃)。そして、この両神の間には、子供も生まれました。それが、後に諏訪大社に収まる建御名方命(タケミナカタ)とも伝えられています。

そんな恋多きヤチホコに、嫉妬深いスセリビメのストレスも溜まる一方です。見る見かねたヤチホコもその様子に嫌気がさし、「わたしが出て行ったらひとり寂しく泣くだろうよ」と歌を詠んで旅立とうとしました。これを聞いて、途端に心細くなったスセリビメは、「女の私には、あなたしかいない」と歌を返します。すると、妻の愛しさを思い起こした八千矛神は、スセリビメと酒を酌み交わし、抱き合い仲直りを果たしました。

めでたしめでたし・・・、とそんな恋多きヤチホコは、その後もあいも変わらぬ恋愛を続け、宗像三女のひとつ、多紀理毘売(タキリビメ)との間に、農業関係神である阿遅志貴高日子根神(アヂスキタカヒコネ)と雷神となる高比売命(タカヒメ/別名:下照比売:シタテルヒメ)を生み(第四王妃)、家屋の防壁の神である神屋楯比売(カミヤタテヒメ)との間に、託宣の神である事代主神(コトシロヌシ)を生み(第五王妃)、鳥の神である鳥取神(トトリガミ)との間に、鳥鳴海神(トリナルミ)をそれぞれ生んでます(第六王妃)。そして、ここからいよいよ、オオクニヌシとして、国造りに励んで行きます。

	沼河比売を祀る神社

新潟県糸魚川市を中心に、この一帯には、比較的、ヌナカワヒメを祀る神社が幾つか存在します。新潟県糸魚川市にある天津神社(あまつじんじゃ)や奴奈川神社(ぬながわじんじゃ)はその代表例となります。これも地域特有の神社のひとつと言えるのではないでしょうか。

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