貞純親王

貞純親王

さだずみしんのう
別:貞観_(日本)15年(873年)? - 延喜16年5月7日 (旧暦)(916年6月10日))
父:清和天皇の皇子
母:棟貞王(むねさだおう)の娘
子:源経基(経基王)、源経生(経生王)

?-916 平安時代前期-中期。
母は棟貞王(むねさだおう)の娘。貞観(じょうがん)15年親王となる。中務(なかつかさ)卿,兵部(ひょうぶ)卿,上総(かずさ)・常陸(ひたち)・上野(こうずけ)の太守をつとめた。清和源氏の祖である源経基(つねもと)の父とされる。延喜(えんぎ)16年5月7日死去。

日本の平安時代前期の皇族。桃園親王とも。
清和天皇の第六皇子で母は棟貞王の娘。王子に経基王、源経生がいる。経基王、経生王は共に源姓を賜り臣籍降下している。清和源氏の祖とされている。ただし、これについては異説があり、清和源氏は陽成天皇(親王の兄)からつながる血筋だとする説もある。ほか、兄弟に貞保親王がいる。貞観12年(870年)3月10日生まれとも。

貞純親王

  生没年:873-916
  父:清和天皇
    四品中務卿兵部卿
    上総太守常陸太守
  妻:(父:右大臣 源能有
    921?-961 源経基?(清和源氏へ)
    越後守 源経生(子:民部丞 公節)


文徳天皇━━━清和天皇━┳
            ┣
            ┣
            ┣━貞保親王
            ┣
            ┣━貞純親王━┳━源経基?(清和源氏へ)━━━源満仲
            ┗━陽成天皇 ┗━越後守 源経生(子:民部丞 公節)


天皇家