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職業安定法改正により、固定残業代や裁量労働制も募集・求人時の明示項目に

職業安定法改正により、固定残業代や裁量労働制も募集・求人時の明示項目に。ただし求人情報には注意を。

上西充子 | 法政大学キャリアデザイン学部教授
12/12(火) 13:19

職業安定法改正を受けた厚生労働省リーフレット「求職者の皆様へ」より(部分)

新たな明示項目を示すリーフレットを厚生労働省が公開

 2017年3月に職業安定法が改正され、その後に制定された省令・指針とあわせ、求人トラブル(求人詐欺・偽装求人)に対し、一定の対策が取られることとなった。

●厚生労働省「平成29年職業安定法の改正について」(法改正の内容、リーフレットなど)

 もっとも注目されるのは、募集・求人時の労働条件の明示項目に固定残業代や裁量労働制、募集者の名称などの明示が新たに求められるようになったことだ。この明示は年明け2018年1月より必要となる。

 厚生労働省が新たな明示事項を星印で示した募集要項記載例を、下記の通りリーフレットで示している。

試用期間

 試用期間を設ける場合はその旨を明記することが必要となった(省令による)。

 なお、試用期間は有期労働契約とは異なるので、使用者はその試用期間終了時に安易に本採用を拒否することはできない。本採用の拒否は「解雇」の扱いになる。おかしいと思ったら承諾せずに、専門家に相談しよう。

裁量労働制

 裁量労働制を適用する場合には、その旨を募集・求人時に明示することが新たに必要になる(指針による)。

 裁量労働制は「みなし労働時間制」の一種で、あらかじめ決めた一定時間を働いたものと「みなす」制度だ。実際の労働時間に応じた残業代は、支払われない。そのため、「定額働かせ放題」で長時間労働になる恐れがある。裁量労働制が適用されている場合には、残業実態などを、あらかじめよく確認したい。

 なお、どんな仕事でも裁量労働制を適用できるわけではなく、一定の範囲の仕事について、一定の条件を満たしたものしか裁量労働制の適用対象とすることはできない。詳しくは下記を参照されたい。

●労働政策研究・研修機構「Q6.裁量労働制とは何ですか。

固定残業代

 「固定残業代」とは、賃金の一部として、あらかじめ一定の残業代等を含みこんでいる制度だ。見た目の給与額が高く表示されるため、残業代が含まれていることが適切に表示されないと、好条件の求人であるかのように見えてしまう。いわば「水増し給与」だ。

 そのため、対策が求められてきた。

 今回、職業安定法改正に伴う指針により、固定残業代の制度を適用する場合には、下記のように、(1)固定残業代を除く基本給、(2)時間と金額を明記した固定残業代の内訳、(3)固定残業代に含めた時間外労働を超えた時間外労働については、割増賃金(残業代)を追加で支給する旨の記載、が求められるようになった(指針による)。

 このような明示は従来、若者対象の募集・求人については求められていたが、その他の募集・求人には求められていなかった。明示が求められることになったことは評価できる。賃金の記載欄にそのような記載が含まれていないか、今後はよく注意したい。

募集者の氏名・名称

 

 募集者の氏名・名称も募集・求人時に明示することが求められることとなった(省令による)。

 たとえばコンビニのアルバイト募集といった際に、いかにもフランチャイズ本部が募集しているかのように見えるサイトが存在するが、実際の雇用主はフランチャイズ本部ではなく、ほとんどの場合はフランチャイズ契約を結ぶオーナー(フランチャイズ加盟店経営者)だ。そのことが判別できるように変わる。

派遣労働者としての雇用

 派遣労働者として雇用する場合にはその旨も明示することが求められることとなった(省令による)。

 派遣労働者であるなら、実際の勤務場所は派遣先となり、派遣先の指揮命令を受けて働くことになる。そのことがあらかじめわかっていることの意味は大きい。

ただし、当初からすべてが明示されるとは限らないことに注意!

 このように法改正によって追加された項目も含め、重要な労働条件項目がもれなく当初から求職者に明示されれば、求人トラブルはかなり改善されるだろう。その方向に進むことを期待したいが、しかし注意すべきことがある。求職者が最初に見た情報に、すべてが網羅されているとは限らないことだ。

 特に注意が必要なのが、ハローワークや転職支援会社などの「職業紹介」の仕組みを介さずに、求職活動を行う場合だ。下記を見てほしい。

 「職業紹介」の仕組みを利用して求職活動を進める場合と、求人情報サイトなどを利用して求職活動を進める場合の構造は、一見するとよく似ている。しかし職業安定法が、誰から誰に対して「労働条件の明示」を求めているか、赤の矢印に注目すると、違いがあることがわかる。

 「職業紹介」の場合には、求人申し込みを行う「求人者」(雇用主)が、ハローワークや転職支援業者等に対して、労働条件を明示することが必要であり、ハローワークや転職支援業者等は求職者に対し、労働条件を明示する必要がある。

 それに対して、求人情報サイトや求人情報誌等に掲載されているものは、求人情報(求人広告)に過ぎないとされている。それらを介した採用活動は、「職業紹介」ではなく「労働者の募集」と職業安定法において違う位置付けが与えられている。

 その「労働者の募集」において、求人情報サイトや求人情報誌は、求職者が求職活動を行う場合の重要な情報源ではあるものの、ハローワークや転職支援業者などの場合とは異なり、その運営事業者は求職者に対して労働条件明示の義務を負わない(赤の矢印が存在しない)。募集を行う雇用主も、求人情報を提供する事業を行う者に対し、労働条件明示の義務を負わない(赤の矢印が存在しない)。

「労働者の募集」の場合において、労働条件を明示する必要があるのは、雇用主(募集主)→求職者(募集に応じて労働者になろうとする者)の関係性の中において、なのである(赤の矢印)。

 そのため、先ほど裁量労働制や固定残業代の明示が新たに求められることとなると指摘したが、求人情報サイトや求人情報誌などに掲載された求人情報(求人広告)には、それらの記載がされない可能性もある。そのあとの当事者間の連絡・交渉の中で明示すれば、一応、明示したことにはなるからだ。

「原則として」、「最初に接触する時点までに」明示を、と求めた

 とはいえ、それではあまりに求職者にとって不便だ。そのため今回の法改正に伴う指針では、労働条件については、「原則として、求職者等と最初に接触する時点までに」明示することを求めている。例えば企業説明会や、初回の面接時などだ。さらに裁量労働制と固定残業代については重要な情報であることから、「特に留意」して明示することを求めている。

 中途採用の場合、求職者の経験や能力に応じて実際の給与額は募集時に提示された給与額から多少変わることはあり得るだろう。働く者の事情に応じて労働時間が変わることもあるかもしれない。

 けれども、求職者の経験や能力に応じて、ある人には固定残業代を適用し、ある人には固定残業代を適用しない、という運用はおかしい。それはその会社の給与の支払い方法の問題だからだ。

 なので、もし固定残業代の仕組みを取っているのであれば、その会社は本当は求人情報(求人広告)の段階でその旨を冒頭のリーフレットのように明示すべきだし、もしスペースの関係等によってそれができないとしても、企業説明会や初回の面接時などに、そのことは書面で明示すべきだ。

 もしそこでも明示がなされず、最終面接になって初めて固定残業代の存在が明かされるとか、労働契約締結の直前になって初めて明かされるとか、そういう「後出し」が行われるなら、そのような企業はあまりに不誠実な対応を、求職者に対して行っていると言わざるを得ない。

 そのようなことが「よくあること」ではなく、「あり得ないひどい対応」とみなされるようになり、そのような行動をとる企業には人が集まらなくなる、そういう機運を高めていく必要がある。

法改正に適切に対応する業者や企業を選ぼう

 上に見てきたように、来年1月以降も、求人情報サイトや求人情報誌などに裁量労働制や固定残業代を含む労働条件がちゃんと明示される保証は、残念ながら、ない。

 しかし私たちがより適切な労働条件の明示を求め、法に準拠した形で労働条件を明示している媒体を選んで活用していくならば、事業者もその方向での対応を進めるだろう。

 求人情報を提供する事業者にはぜひ、求職者が求めるより的確な労働条件明示を行うことによって、「選ばれる」媒体となる方向での、健全な競争をおこなっていただきたい。

 また、上の図に示したように、求人情報サイトや求人情報誌には労働条件明示の義務はないものの、募集を行う企業は求職者に対して、労働条件を明示する義務がある。

 だから応募企業を選ぶ際には、求人情報サイトや求人情報誌の情報を確認するだけでなく、その企業のホームページに掲載された採用情報も、しっかり確認したい。

 自社の採用ホームページなのだから、スペースの制約もなく、外部のフォーマットにそろえる必要もない。その採用ホームページに、改正法が求める労働条件項目が網羅的にわかりやすく明示されているか。それを確認した上で、その企業に応募するかどうかを考えたい。また、その情報はプリントアウトするなどして保管しておこう。

変更もあり得ることに注意!

 また、当初に求人情報や求人票などで明示されていた労働条件が、そのまま実際の労働条件とはならない場合がありうることにも、注意が必要だ。

 今回の法改正では、当初の明示と異なる労働条件で労働契約を締結しようとする場合(例えば「基本給30万円/月」を「基本給28万円/月」に)や、「基本給25~30万円/月」など幅を持った形で労働条件を当初明示していてそれを特定する場合などには、変更内容を労働契約の締結より前に、書面で明示することが義務化された(法改正による)。

 またその変更明示は、その条件で労働契約を締結するかどうか、「考える時間が確保されるよう、可能な限り速やかに」行うこととされた(指針による)。

 したがって、当初にどのように労働条件が明示されていたか、求人情報サイトや求人広告の記載をプリントアウトして保管しておくなどして、そこから労働条件が変更されないか、変更される場合はそれが納得のいくものであるか、気をつけて確認することが重要だ。

 さらに、先述の通り、裁量労働制や固定残業代など、働く者にとっては極めて重要な情報であり、しかも求職者の経験や能力によって変わってくるような条件ではないものが、「後出し」で出されるような企業は、「何かおかしい」と警戒すべきだろう。

新卒採用の場合、変更は「不適切」とし、内定時に書面交付を求める

 なお、新卒採用については、特に配慮が必要であるとして、労働条件を変更することは「不適切」とされている(指針による)。新卒採用の場合、一律の初任給で募集要項を提示することが一般的であり、変更は確かに不適切だろう。

 さらに新卒採用については、原則として内定までに、(職業安定法に基づく)労働条件明示を書面の交付によって行うことを求めた(指針による)。

 現状においては、内定時には「〇〇年4月の入社を認める」旨の書類しか渡されないことが多いだろう。

 しかし、最終選考でこの会社に入社するという意思確認が行われる際に、書面で改めて労働条件が相互にきちんと確認される、それが本来あるべき姿だろう。賃貸住宅の契約の際に、書面で契約を交わし、入金を済ませたあとで鍵が渡されるように。

 すぐにそういう状況になるのは困難だとしても、遅くとも10月1日以降の正式内定時には、内定の書類と共に、「4月からはこの労働条件であなたを雇います」という労働条件を明示した書面が交付される、それが交付されないような企業は「何かおかしい」と思えるような、そういう社会を、2018年度から積極的に作っていくべきだろう。

積極的な周知啓発を

 このように今回の職安法改正(省令・指針の制定を含む)は、求人トラブルの防止に極めて重要な内容を含んでいる。しかし、このような改正が行われたことは、ほとんど知られていない。厚生労働省も今のところ、積極的に広報していない。

 周知が図られなければ、「水増し給与」を提示する固定残業代をめぐっての求人トラブルなどは、横行し続ける。

 1月の施行に向けて、厚生労働省には積極的な周知を求めたい。同時に、企業や職業紹介事業者、求人情報提供事業者などにも積極的な対応を求めたい。大学などの教育機関も学生向けにわかりやすいガイダンスを実施するなど、適切な対応を行っていただきたい。労働組合も、自社の募集・求人の情報をチェックしていただきたい。

 募集・求人時の労働条件と実際の労働条件が違っているのは「当たり前」とあきらめている限り、状況は変わらない。今回の法改正は求職者の立場からすればまだ多くの課題を残しているが(注)、それでもこの法改正を契機として、的確な労働条件明示とその確認が「当たり前」である社会を、共につくっていきたい。

<注>

 本稿に記載した内容は、より詳しくは日本労働弁護団発行の『季刊・労働者の権利』2018年1月号に「職業安定法改正による求人トラブル対策と今後の課題―法改正に至る経緯を踏まえて―」という論考として発表する予定である。そこでは職業安定法の改正と省令・指針の制定だけではまだ限界があるとして、固定残業代の違法化と労働基準法15条1項の改正も必要だと指摘した。あわせてご参照いただきたい。

上西充子
法政大学キャリアデザイン学部教授

1965年生まれ。日本労働研究機構 (現:労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年から法政大学キャリアデザイン学部教員。共著に『大学のキャリア支援』『就職活動から一人前の組織人まで』など。日経カレッジカフェに「ブラック企業との向き合い方」20回連載(2016年)。2017年3月に石田眞・浅倉むつ子との共著『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)を刊行。