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Zeitの軌跡 ~JG Z'sSTAFF~

これらのキーワードがハイライトされています:フォント

Zeitの軌跡 ~JG Z'sSTAFF~
正直、こんな深いところまで突っ込むことになるとは思わなかった。

大学時代、SF研に所属し、文芸誌なんか作ってたわけだが、その版下作成に使っていたのが、ZeitのJGだった。
あのころ(1992~1995)あたりで、アウトラインフォントが抜群に綺麗なDTPソフトだったことを覚えている。
卒業するころにはPageMakerに切り替わっていたので、もうすっかり忘却の彼方だったわけだが、ふと思い出し、「そういえばどうなったんだろうな」と探ってみると、かなり大事があったようなので以下にまとめておく。
まあ当時、追いかけてて知ってる諸氏も多いかと思うが……
まずZeitだが、1997/7/31付けで2度目の不渡り手形を出し、倒産している。
ImpressWatchの記事になっているので、まずはそちらを見てもらいたい。

記事の中で不思議なキーワードが出てくる。「ガロ」だ。
「ガロ」というとコア系雑誌の極みみたいな存在で、俺自身は名前は知ってるが中身はそんなにというところ。
その「ガロ」の休刊とZeitの倒産が絡んでいるということ。

Google先生に尋ねまわり、いろいろとわかったのだが、すべて書くのは長すぎなので項目別に並べておく。

「ガロ」を発行していた青林堂は一時期Zeitの支援を受けていた
Zeit自体が危なくなってくるあたりからは支援関係は解消されていた
ただし、「ガロ」のHomePageは元ガロ編集員でZeitの方が運営されている

ZeitはJGとZ'sSTAFF(SuperKiD)という2本の大黒柱があった
だが、早期のWindows以降に失敗し、事業展開が危うくなってきた
この大黒柱の移植には金が必要であるので銀行から借りるしかない
が、それだけでは将来性がないので融資が降りない
新規開発としてインターネット接続ソフトを企画・実行した

当初インターネット接続ソフトだったはずの企画が膨らみすぎた
980円の値段設定に、スクリーンセーバーなども盛り込もうという話に
そこで関連会社である青林堂「ガロ」のコンテンツを引っ張りこむ
これが世に言う「デジタルガロ」と呼ばれるものとなった

周りの反対があったにもかかわらず、当時の両社の社長が8万本!を作った
実際に売れたのは1万5000本(それでも結構売れた方だよな)
これによりZeitはその存続の危機が決定的なものとなる

その社長はZeit、青林堂の両方の社長を降りようとする(降りるつか逃げる?)
Zeitに関しては後任人事を何とかでき、社長交代となる
が、青林堂の社員全員がその話があった直後に集団辞職
辞職した社員たちはかなり脚色したタレコミを報道各社にやったらしい
結果、編集中だった「ガロ」が完全に見捨てられる
一応、有志の協力で休刊号は何とか発行された
そしてその社長もそのまま海外逃亡……
なんだか悲惨すぎる話である。
詳細は当時Zeit社員であり、元ガロ編集部で、ガロのHomePageを運営していた白取千夏雄氏が、すべてのログ(掲示板含む)を今も公開されているので、詳細はそちらを見ていただきたい。
結果としてZeitは倒産し、青林堂も消滅、「ガロ」は休刊となった。
(青林堂を集団辞職した社員たちは別雑誌『創』を作ったが、それも休刊している模様)

Zeitの大黒柱であったJGとZ'sSTAFF(SuperKiD)だが、Z'sはアスキーサムシンググッド(現アイフォー)に引き取られた。
SuperKiDの現状までの歩みに関してはFireFoxのタグ拡張で知られているPiro氏のさよならキッドが詳しい。
一方のJGは……どうやら権利元不明の状態でさまよっているようだ。

調べた限り、
JGという名称の登録商標はない模様
JG自体のソースは倒産の時に行方不明
JGに入っていたツァイトフォントはそもそもフリー(by SSWEB.COM)
というあたりまでしか追いつけなかった。
(一応、98エミュ用にJGのディスクイメージをまんまアップしてあるところもあったりするが、そこへのリンクは控えておくことにする)

かつては絶大な信頼を得ていたZeitだったわけだが、まさか2000年にいたる前にこんなことになっていたとはまったく知らなかったわけで。
とりあえず、ツァイトフォントは大事にしよう、これはホントに良いフォントだから……

http://www.ranpub.com/~ran/diary/archives/000606.html