「レアメタル」は希少という誤解

「レアメタル」は希少という誤解

7/25(火) 17:36配信
ニューズウィーク日本版
<欧米では「マイナーメタル」と呼ばれる金属が日本では「レアメタル」と呼ばれたために今にも枯渇しそうな誤謬がはびこることになった>

中華人民共和国内モンゴル自治区のレアアース鉱山(2011年7月16日) REUTERS

10数年前にレアアースについて調べていた時、意外なことを知った。レアアースは、「レア(希少)」というその名称とは裏腹に、実に800年分以上の確認埋蔵量があるのだ。それなのに中国では「今のペースで採掘して輸出していたら20年以内に資源が枯渇する。そうなれば今の100倍の値段で輸入することになるぞ」と専門家たちが警鐘を鳴らしていた。【丸川知男(東京大学社会科学研究所教授)】

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そうした警告に突き動かされて、中国政府は1998年からレアアースの輸出数量を制限し始めた。特に2010年はレアアースの輸出数量を前年に比べて2万トン削減し、3万トンに規制した。当時中国は世界のレアアース生産量の97%を占めていたので、日本をはじめとする世界のレアアース輸入国は大慌てとなり、レアアースの国際価格が高騰した。

あの騒ぎからもう13年になるが、レアアースはどうなっただろうか。2022年の世界の年間生産量は2010年の2.3倍に増えたものの、確認埋蔵量も増加したので、世界の埋蔵量はまだ400年分以上ある。中国での生産も6割以上増えたが、埋蔵量はなお200年分以上だ。

「800年分」から「400年分」に半減したではないか、と思う人もいるかもしれないが、ざっくり言って確認埋蔵量が100年分以上だったら、もうその資源は無限にあるとみなしていいのではないかと思う。なぜなら、100年以上先の人類が果たしてどんな鉱物をどれだけ使うかなんて誰も予想できないからだ。レアアースを大量に使う技術が発展して資源枯渇に近づいているかもしれないし、まったく使わないようになるかもしれない。いずれにせよまだ存在しない技術のことなど予測不可能である。

20年で枯渇どころか無尽蔵

昨年来のウクライナでの戦争や各国で進む軍拡など、人間の愚かさを次々と見せつけられると、400年後には世界大戦と地球温暖化とによって人類があらかた滅亡しているというのが一番ありうるシナリオかもしれない。そうなればレアアース資源が残っていても意味がない。

いずれにせよ、かつて「20年以内にレアアース資源が枯渇する」と専門家たちが警告した中国においてさえレアアースはまだ無尽蔵にある。結局、専門家たちもレアアース(中国語では「稀土」)という名称に引きずられて、その資源の見通しを誤っていたのではないか? あるいは専門家たちはレアアースが実は無尽蔵にあることを重々承知のうえで意図的に危機感を煽っていたのではないかという疑いさえ生じてくる。

レアアースは「レアメタル」の一種だとされているが、レアアース以外に「レアメタル」に分類されている多数の金属も実は同様の状況にある。つまり本当は資源が豊富なのに、「レアメタル」に分類されているために、希少だと誤解されている。
「レアメタル」は日本独自の用語

中国が8月1日より輸出規制を強めると発表したガリウムとゲルマニウムがその典型である。ガリウムはレアメタルの一種だとされているが、2022年の生産量は550トンだったのに対して、その資源量はボーキサイトに付着している分が100万トン以上、亜鉛に付着している分もかなりあるという(USGC, 2023)。ボーキサイトや亜鉛についているガリウムのうち実際に回収できるのは10%以下とされているものの、それでも優に200年分であり、ほぼ無尽蔵といってよいであろう。また、ゲルマニウムも亜鉛などと一緒に採取できるほか、石炭を燃やした灰や煤からも採取でき、その資源量は特に調べるまでもないほど豊富なようだ。

貿易戦の「武器」にしたのは中国の勘違い
ところが、ガリウムでは中国が世界生産の98%を占め、ゲルマニウムでは中国が7割近くを占めている。そのため、中国政府はこれらの鉱物の輸出を制限すればアメリカなどに対抗する「武器」にできると勘違いしたのであろう。だが、しょせんどちらも無尽蔵にある資源なので、仮に中国が輸出を全面的に停止するとしても、短期的な価格上昇ぐらいはあるかもしれないが、やがて他の国での生産が拡大し、中国の世界シェアが下がるだけの結果となろう。

ただ、今回の中国の措置がアメリカや日本による半導体製造装置の輸出規制に対抗するためのものだとすれば、もしそれに効果がないとなると、中国は次の一手を繰り出してくることが予想される。そうした展開を回避するには、ガリウムとゲルマニウムが中国から輸出されなくなるととても困る、と中国に抗議しておいた方がよいかもしれない。

そもそもレアアース、ガリウム、ゲルマニウムは資源が無尽蔵なのになぜ「レアメタル」とされているのか。

実は、「レアメタル」という用語は日本独自のものであり、1984年に通産省の鉱業審議会レアメタル総合対策小委員会が31種類の鉱物を「レアメタル」に指定した(原田、2009)。いかなる基準でその31種類が指定されたかというと、「地球上の存在量が稀であるか、技術的・経済的な理由で抽出困難な金属のうち、工業需要が現に存在する(今後見込まれる)ため、安定供給の確保が政策的に重要であるもの」(経済産業省、2014)を選んだのだそうである。また、「鉱物資源が偏在している金属」が選ばれたのだ、と説明している本もある(田中、2011)。
実は「いらない金属」

地球上の存在量が稀だから「レアメタル」だというのはいいとしても、「経済的な理由で抽出困難」という要素が含まれている点がくせものだ。平たく言えば、資源はあっても、わざわざその元素を抽出するコストをかけるには及ばない、ということだ。なぜコストをかけられないかというと、需要が少なくて、抽出するコストに比べて値段が安いからである。

レアアース、ガリウム、ゲルマニウムがまさにこれに該当する。需要量が少ないから数百年分の埋蔵量が手つかずのままなのである。だから、こうした鉱物まで「レアメタル」と呼ぶのは大きな誤解を生む。それらは一般的な用語法でいうところの希少、すなわち需要に比べて供給が少ないわけではない。逆に、潜在的な供給可能性に比べて需要が極端に少ないのである。つまり、やや大げさに言えば、「いらない金属」なのだ。事実、欧米ではこれらの金属を「マイナーメタル」とか「スペシャリティーメタル」と呼ぶことが多いという(中村、2009)。

産地が偏るのは需要が少ないから
そして、需要量が少ないからこそ、特定国に生産が偏りがちになるのである。そのことは経済学における差額地代論を知っている人には理解しやすいであろう。ある種の鉱物は世界のいろいろな国で産出できるが、採掘にかかるコストは国によって異なるとしよう。その鉱物に対する需要量が小さい時は、採掘コストが最も低い国で生産するだけで世界の需要を十分に満たすことができる。2010年頃に世界のレアアース生産の97%を中国が占め、今日世界のガリウム生産の98%を中国が占めているのは、要するに中国の生産コストが最も低かったためだ。世界の需要量が拡大すれば、一国だけの生産では需要を十分に満たすことができないのでその鉱物の値段が上がり、2番目に生産コストが安い国での生産が始まる。需要量がさらに増えると今度は3番目に生産コストが安い国で生産が始まる。

こうして需要量が増えるにつれ、生産する国の数も増え、最も低コストだった国の市場シェアは下がる。これがまさに過去13年間にレアアースにおいて起きたことである。輸出量を制限して独占力を行使しようとした中国の企みは失敗し、中国の世界シェアは下がったが、それは中国の独占リスクに対処するために他国で生産が進んだというよりも、単に世界のレアアース需要が拡大したため、中国一国だけでは世界の需要を賄いきれなくなったのだ。

つまり、「鉱物資源が偏在している」のは、えてしてその資源に対する需要が少ないからである。そのことを独占力だと勘違いして輸出制限に乗り出す中国のような国も出てくるが、そうなれば必ず他国での生産が立ち上がってくるので、心配するには及ばないのである。
本当はどこに分類されるか

本当に希少が無尽蔵か 筆者作成

時々、雑誌や本などで「レアメタル争奪戦」といったタイトルが躍るが、その内実は単なる勘違いと、「レアメタル」の利害関係者による意図的な煽りであることが少なくない。だが、「レアメタル」というミスリーディングな用語が使われているため、それが単なる煽りであることを多くの読者は見抜くことができない。もしこれが「マイナーメタル争奪戦」だとか「いらない金属争奪戦」というタイトルであれば、そのタイトルに含まれる矛盾に多くの人が気づくであろう。いらない金属をめぐって争っていったいどうするんだ。

もちろん「レアメタル」に分類されている金属のなかには本当に希少なものもある。例えばプラチナ(Pt)は地殻のなかに0.005PPMしか含まれていない。プラチナと一緒の鉱石に含まれているパラジウム(Pd)も希少で、0.015PPMしかない。金(Au)や銀(Ag)は人類が昔から使ってきたという理由で、レアメタルではなく「コモンメタル」に分類されているが、それらも当然希少であり、地殻中の存在度はそれぞれ0.004PPMと0.075PPMである。一方、今回中国が輸出規制を始めたガリウムは地殻中に19PPMもある。つまり、金の5000倍もの資源量があるのだ。

それなのに、金は年に3100トン生産されているのに対してガリウムの生産量は550トンにすぎない。このまま行くと金はあと20年も経たないうちに枯渇してしまうが、ガリウムは無尽蔵だ。

このように、31種の「レアメタル」元素のなかには本当に資源が希少なものあれば、需要量が少なくて資源が無尽蔵なものも含まれている。各元素がそのどちらに属するかをみるために図を作成した。

この図では横軸で各元素が地殻のなかにどれだけ含まれているかを示しており、縦軸で各元素の年間生産量を示している。

図の中の丸い点で示されている元素が「レアメタル」であり、四角い点は「コモンメタル」、三角はそれ以外を示している。

図の中に斜めに線を引いたが、この線より上にあるのは資源の存在度に比べて生産量が相対的に多い。そうした元素としてコモンメタルのなかでも銅(Cu)、亜鉛(Zn)、鉛(Pb)、スズ(Sn)、そしてレアメタルのうちクロム(Cr)、ボロン(B)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、そして金や銀、プラチナなどがある。特に「資源が希少な金属」という楕円で囲んだものは、地殻のなかの存在度は0.2PPM以下と少ないが、生産量はわりに多く、本当に希少な金属だといえる。

一方、線より下にある元素は資源が多い割にそれほど使われていないことを意味する。こちらの領域にはレアアース(RE)、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、タリウム(Tl)、ベリリウム(Be)、イットリウム(Y)、タンタル(Ta)、バナジウム(V)、チタン(Ti)といった「レアメタル」、およびマグネシウム(Mg)、シリコン(Si)、アルミニウム(Al)などが含まれる。通産省鉱業審議会が選んだ「レアメタル」31種のうち14種がこちらの領域に属している。つまり、「レアメタル」のうち半分近くは、実は需要量が少ないわりに資源が豊富な元素なのだ。こうした資源をめぐる「争奪戦」が起きる理由はないのである。
争奪戦を煽る投機家たち

よく注意してみると、「レアメタル」の争奪戦が起きると煽っている人たちは、実は「レアメタル」の利害関係者であることがほとんどである。「レアメタル」は世界市場の規模が小さいので、投機の対象になりやすく(中村、2009)、争奪戦を演出して価格が急騰すれば、投機家が儲かる。また、争奪戦を演出できれば、専門家も社会的な注目を浴びる。だが、そうした利害関係者の煽りに踊らされて、企業が「レアメタル」を高値掴みしてしまったり、相手国との外交関係がこじれたりすれば、その代価は重い。

2010年に中国が輸出量を急に絞ったことで起きた「レアアースショック」の際にも、日本と中国の利害関係者による暗黙の連係プレーがあった。その始まりは、2009年1月に日本政府が日本の領海や排他的経済水域における海底資源の探査を進める方針を発表したことである。日本の専門家たちは南鳥島周辺の海域のコバルトリッチクラストにレアアースが含まれているので、レアアースの供給不安が高まるなかで政府主導の開発を推し進めるべきだと主張した。

すると、中国の専門家たちがこの情報を聞きつけて、「日本はレアアースが安い時に中国から大量に買い付けて海底に20年分のレアアースを備蓄している」と歪曲した。実に荒唐無稽な説であるが、権威ある専門家までがこの説を唱えたので、中国のさまざまなメディアで報じられた。そうした報道に影響されたのか、中国のレアアース輸出制限は特に日本に対して厳しかった。すると、日本では専門家たちが、海底資源の開発を推進してレアアースの供給を中国に依存しない態勢を築くべきだと声高に主張しはじめた。こうして日中の専門家たちがまるで示し合わせたかのようにレアアースに対する危機感を煽り、日中関係は確実に悪化した――。

あれから10年余り経ったが、日本の海底レアアースはアメリカ地質調査所の資料(USGC,2023)のなかでいまだに確認埋蔵量だとは認められていない。それがなくても世界のレアアース埋蔵量は400年分以上あるので、世界のレアアース需要が現在の数十倍に拡大でもしない限り、日本の海底レアアースが商業ベースで開発されることはないだろう。

空騒ぎをもうこれ以上繰り返さないようにするために、真に希少な金属以外は「レアメタル」と呼ぶのをやめ、レアアースを含めた14種については「マイナーメタル」と呼ぶようにしたらどうだろうか。


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