「日本の鉄道 = 安全」は傲慢な発想だ

「日本の鉄道 = 安全」は傲慢な発想だ 中国高速列車の衝突実験動画に見る、「相手を貶めて留飲を下げる」一部鉄道ファンの危うい反応

7/9(日) 6:11配信
Merkmal
中国「衝突実験」 ネット反応への違和感

日立製新型2階建て車両カラバッジョ(左)に設置された衝撃吸収装置およびアンチクライマー(連結器左右両脇の筋状の装置)。ヨーロッパにも厳しい衝突安全基準が設けられている(画像:橋爪智之)

 6月1日、中国の日本語ニュースサイト人民網日本語版で、中国で取り組んでいる高速列車の衝突実験の様子が動画で紹介された。解説には、先頭部分に搭載されている安全防護システムにより、万が一の衝突時には客室の変形が少なく、運転室が完全な形で残り、車両の上に乗り上げる現象がなく、客室部分の安全が保障されることが求められる、といった内容が添えられている。

【画像】えっ…! これが対衝突性バツグンな電気機関車「ヴェクトロン」です(計6枚)

 ところが、この動画に付いたコメントの多くは、否定的なものばかりだった。なかには実験に対する考察のようなコメントもあるが、ほとんどは

「1両でやっても意味がない。16両連結して300Km/hで衝突実験すれば?」
「そもそも衝突することを前提としているだけで笑止千万」
「日本なら列車は事故を起こさない」

といった、相変わらず中国を見下したような内容ばかりだった。

 筆者(橋爪智之、欧州鉄道フォトライター)は中国の肩を持つわけではなく、あくまで中立な立場として見ているが、こうした

「相手をおとしめて留飲を下げる」

という昨今の日本の風潮には、少し危機感を覚えている。
主目的のわからない実験

日立製トライブリッド車両マサッチョの衝撃吸収装置およびアンチクライマー(連結器左右両脇の筋状の装置)(画像:橋爪智之)

 実際のところ、この実験映像だけでは、何を主目的とした実験なのか、完全にはわからない。映像だけで判断をすると、連結器内部に設けられた

「アンチクライマー兼衝撃吸収装置」

の機能確認テストのように見える。

 アンチクライマーとは、爪のような複数のひだを連結面などに設置することで、万が一の衝突時に他の車両へ乗り上げることを防止するためのもので、姿形を変えつつ、昔から存在している。

 一方で車体に関しては、特に運転室部分の構体はかなりしっかりとした造りになっているようで、実験では特に変形した様子は見られなかった。

 もちろんコメント欄で指摘されていたような、編成となった状態でどの程度の効果が発揮されるのか、この映像からは判断できないが、今どきは16両すべてつなげた状態でテストをせずとも、部分的なデータを基にコンピューターで解析することも可能だ。

 この実験に意味があるかどうかは、現場の研究者たちが一番わかっていることで、詳細を知らない外野の人間は

「意見を言える立場」

にはない。
中国に限らない類似実験

前面パーツを付ける前の日立製新型2階建て車両カラバッジョ。前面パーツは繊維強化プラスチック(FRP)製だが、運転室周りはしっかりとした骨組みになっているのがわかる(画像:橋爪智之)

 こうした衝突実験は中国だけではなく、例えばヨーロッパでも行われている。

 ヨーロッパには、2008年に制定され、2012年からヨーロッパ向けに製造されるすべての新型車両に適用が義務付けられている対衝突性規格「EN 15227」が存在している。

 このなかには、36Km/hでの正面衝突や110Km/hで踏切に立ち往生したトラックと衝突などといった、複数のシナリオが設けられ、クラッシュ時に運転室や車体全体などへの影響を最小限に抑えなければならない。

 ただし、自動車と比較して鉄道車両は大変高価なため、常に完成車体での実験が行われているわけではなく、たいていは先頭部分など車体の一部だけが実験に供され、そこで得られたデータを有限要素解析によって検証するといった方法が採られている。

 動画で紹介された実験では、車体全体を使った、むしろ大掛かりなものだったことがおわかりいただけると思う。
前提が異なる衝突リスク

シーメンス製電気機関車ユーロスプリンター(ES64U4型)。欧州連合(EU)が新型車両に義務付けた対衝突性規格「EN 15227」に適合しないため生産中止となった(画像:橋爪智之)

「300Km/hで実験をしないのか」

という意見について、そもそもそのような高速度で衝突した場合、どんな頑丈な車体でも木っ端みじんになることは明白で、それよりも、より実用的な速度域での衝突安全性を高める方が理にかなっている。

 だが、

「衝突前提に車両を作っていること自体がおかしい」

のようなコメントもある。

 これについては、例えば日本の新幹線は踏切などを無くした専用線を建設し、信号システムには自動列車制御装置(ATC)を採用するなど、衝突を回避するための対策を徹底することで、開業以来衝突を伴うような事故が発生しておらず、それが

「日本人にとっての誇り」

となっている。

 一方で中国にせよ他の国にせよ、高速列車は在来線と同じ線路を共有する区間があるなど、完全に分離されているものではないため、日本の新幹線に対して衝突するリスクが少々高いのは致し方がなく、そのため国によって厳しい衝突安全基準が設けられている。
日本でも発生している衝突事故

金沢シーサイドライン(画像:写真AC)

 一方で、

「日本の鉄道は安全」
「衝突しない」

という考えは、少々おごった考えではないだろうか。

 踏切での接触のような外的な要因はさておき、頻度の差はあれども、衝突事故は日本でも発生していることは否定できない。

 過去10年で、ぱっと思い浮かぶだけでも東横線の元住吉駅での衝突事故や京浜東北線の脱線転覆事故、金沢シーサイドラインの逆走事故などが発生し、衝突を伴わない脱線も含めれば、かなりの数の事故が発生している。

 もちろん、現場で働く乗務員や駅係員など鉄道に従事する人たちは常に安全へ気を配り、事故の防止に努めていることは間違いなく、こうした安全意識はほかのどこの国と比較しても日本が圧倒的に高いことは間違いないが、人間が、いや機械であってもちょっとしたミスや誤作動が事故へつながる。

 最近の日本の車両も、衝突安全性が飛躍的に高まっているが、その取り組みは、こうした万が一の際に少しでも被害を軽減させるためのものであることを忘れてはならない。

橋爪智之(欧州鉄道フォトライター)


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