オール中国に屈した「日本の鉄道」

オール中国に屈した「日本の鉄道」 ジャカルタ・バンドン高速鉄道「350km達成」が示した埋められぬ実力差、中古車両も購入禁止で今後どうなる

6/28(水) 5:41配信
Merkmal
日本の中古車両購入禁止

連日続けられている高速鉄道の試運転、最高速度を段階的に引き上げ、350km/hに達した(画像:高木聡)

 8月17日のインドネシア独立記念日に来賓を招待し、ソフト開業を目指すジャカルタ・バンドン高速鉄道(ジャカルタ・ハリム~バンドン・テガルアール間142.3km)だが、去る6月22日、試運転列車の最高速度が356km/hに達したと発表した。

【画像】えっ…! これが中国国鉄の「レール運搬用貨車」です(計11枚)

 同日の試運転にはルフット・パンジャイタン海事投資調整大臣、ブディカルヤ・スマディ運輸大臣、リドワン・カミル西ジャワ州知事、ルー・カン駐インドネシア中国大使らが乗車し、営業最高速度の350km/h走行に対して問題のないことを確認した。

 運営会社のKCIC(Kereta Cepat Indonesia Cina、インドネシア中国高速鉄道社)は試運転の速度が100km/h、200km/hと上がるたびに、窓の縁に立てた500ルピア硬貨が倒れないことをアピールしているが、今回の試運転では、

「揺れが少なく、防音性にも優れている」
「大きな騒音に邪魔されることなく会議ができる」

と運輸大臣、海事投資調整大臣からコメントされているとおり、営業最高速度の走行時の安定性、静寂性が改めて証明された格好だ。

 折しも天皇陛下のインドネシアご訪問中のタイミングでの公式発表には、政治的揺さぶりという意図も感じる。現にルフット・パンジャイタン海事投資調整大臣は、この試運転乗車後の会見で、

「日本からの中古通勤型車両購入の禁止」

を最終決定として合わせて発表した。新車も国産以外(最初の3編成を除く)は認めないという。
独立記念日のソフト開業はほぼ確

バラスト散布用に導入された中国国鉄の中古車両(DF4B型機関車)とホッパ車(画像:高木聡)

 さて、現在、運輸省は第三者機関としてヨーロッパの複数の鉄道コンサルに委託し、営業運転開始に向けた安全性等の最終確認を行っている。運輸大臣は

「遅くとも10月1日までに運行許可を与える予定、しかし、8月に前倒しになる可能性もある」

と同時に発言している。

 ただ、これは商用営業を始めるのに必要な許認可であり、招待客に限って無料で運行を行うソフト営業期間には不要である。準備が整い次第、早ければ7月にも無料運行を始めるともKCICは発表しており、運輸大臣もこれに同意している。

「開業の再延期」

をメディアはこぞって書き立てているが、この独立記念日のソフト開業はほぼ確実といえるだろう。

 ジャカルタMRTが公約である2019年3月の開業を守るために、3月からのソフト開業、4月からの商用運転開始(= 本開業)という手順を踏んだのと全く同じ理屈である。
本格的な工事は2018年中頃から

中国国鉄の架線作業車(画像:高木聡)

 2022年11月の20か国・地域(G20)に合わせて実施された試運転列車(バンドン側で完成していた約20km区間で実施)出発式典では、

「これ以上の工事遅延は認めない、2023年6月の開業を強く求める」

と海事投資調整大臣は語気を強めたが、その時点では、6月のソフト開業、8月からの商業運転開始を想定していたと推測される。

 ただ、2022年12月にはレール敷設用の大型機材が大破するという事故に見舞われ、その遅れが工期遅延にそのまま響いているものと思われる。それでも代替機材ですぐに工事を再開し、大統領が求める8月17日の「開業」を達成するとは大したものだ。

 2015年にジャカルタ~バンドン高速鉄道が中国の支援で建設されることが決まったとき、中国は2019年の開業を約束していた。しかし、土地収用問題、そして中国方式に批判的な閣僚や軍の反対もあり、2016年1月に起工式のみ実施されたものの、本格的に本体工事が始まったのは2018年中頃だった。

 この時点で2019年開業は諦めざるを得ないということは明らかであり、当時取材したなかで、開業時期は2023年~2024年という回答を得ていた。2024年というのは、中国案による高速鉄道を推し進めた現職ジョコウィドド大統領の任期満了の年であり、タイムリミットという意味合いが強いだろう。

 当初計画は工期4年半程度であり、2018年の本格着工時点で、2023年開業というのは妥当なところといえる。そう考えると、本体着工してからは順調そのものに工事が進んできたということがわかる。
「オールチャイナ」という脅威

KCIC所有のインスペクションカー(画像:高木聡)

 そもそも、2019年開業というのはジョコウィドド大統領2期目の再選(2019年9月)を中国が支援するために設定したスケジュールである。

 結局、もくろみ通りに着工はできず、空白の3年間を経て、契約から8年の歳月をかけて完成する高速鉄道であるが、2023年開業というのは、2015年当時の日本側が提示したプロポーザル(提案)と同じである。要するにこの何も進まなかった3年間の遅れを中国は見事に挽回したといえる。

 ジャカルタ~バンドン高速鉄道は、中国、インドネシア両国の国営(国有)企業を中心とする民間プロジェクトとして進められており、日本の政府開発援助(ODA)プロジェクトに見られるような、企業の複雑な入札プロセスが存在せず、そもそも実際の事業に加わる「プレーヤー」の数が極限まで絞られている。

 MRTプロジェクトのときに見られたような、受注後の日系企業同士での足の引っ張り合いや、元請け企業から下請け、そして孫請け企業への丸投げに伴う時間やコストの浪費もない。つまり、KCICに出資する

・中国水利水電建設集団(Sinohydro)
・中国中鉄(CREC)
・中国鉄路通信信号集団(CRSC)
・中国中車(CRRC)
・中鉄国際集団(CRIC)

の5社が、土木、軌道・信号・通信、車両といった各パッケージをそれぞれ担当している。見掛け倒しの「オールジャパン」の真逆を行く、本物の

「オールチャイナ」

である。

 中国の威信をかけ、一丸となって工事を進める姿、特に、この最後の1年の追い込みには目を見張るものがあった。そのなかで、レール敷設用機材を大破させるという事故が発生したわけだが、レール敷設開始からわずか1年で東南アジア最速、356km/h到達というこの出来事は、そんなアクシデントすら、

「ちっぽけなもの」

と思わせるほどの威力がある。

 なんといっても、ジャカルタ中心部から郊外のブカシやボゴールといったベッドタウンの自宅に帰るよりも、下手をすればバンドンに到着する方が早くなるわけだ。
他国にはまねのできない中国体制

中国水利水電建設集団が保有する保線機材(画像:高木聡)

 ジャカルタ~バンドン高速鉄道の建設にあたり、特に軌道・信号・通信、車両に関しては、中国で使われているものと全く同じ製品がそのまま持ち込まれている。だからゼロから設計する必要がなく、コストダウンが図られ、納期が早い。建設用機材も中国国内の新線建設で使っているものをそのまま持ち込んでいる。

 完成後はまた本国か、第三国に移り、別のプロジェクトで使うことになる。直近では、中国の支援で建設されるハンガリー・セルビア鉄道の現場にも、インドネシアで使われているものと全く同じ、

・DF4型機関車
・連続レール敷設機材
・保線機材
・軌道検測車

などが持ち込まれているのを見ることができる。

 しかも、ジャカルタ~バンドン高速鉄道では、2023年8月の開業に間に合わせるためか、追加でも機材が続々と持ち込まれており、全て合わせると数十両規模の陣容となっていることも特筆される。

「不足すれば、いつでも本国から持ち込める」

という体制は、他国には絶対にまねのできないことである。

 レール敷設機材が大破してもなお、1週間後には既に工事を再開していたというのは、このような背景にちなむ。世界一の鉄道大国たる中国の絶対的強さを見せつけられた。

 もしも、日本が受注していた場合、このような機材も、入札、そしてゼロからの設計となる。しかも、このような機材メーカーは国内に数社しか存在せず、「一点もの」となる海外案件に対応できるほどのキャパシティーを持ち合わせているとはいいがたい。
鉄道産業を守る気概すらない日本政府

中国水利水電建設集団の保有する連続レール敷設機材、最大1日約10kmを敷設した(画像:高木聡)

 中国国内で莫大(ばくだい)な国費を投入して鉄道建設が続く限り、鉄道インフラ開発における中国の強さは決して揺らぐことはないだろう。

 17兆8900億ルピア(約12億ドル)の予算超過額についても、2023年2月にようやくインドネシア、中国両政府での合意が結ばれた。とはいえ、超過額が合意されたのみに過ぎず、中イの負担比率を従来どおりの4:6と主張する中国側と、中国負担とさせたいインドネシア側の議論はまだ決着が付いておらず、まだ融資されていない。

 つまり、

「予算超過分の補填のないまま」

開業を迎えるのが濃厚で、受注業者の誰かがこの不足分を肩代わりしていることになる。政府がバックにつく国営(国有)企業、いや国策企業だからこそできる芸当である。

 一方、わが国は、鉄道ネットワークの維持にさじを投げているといっても過言ではない。もはや

「鉄道産業を守る気概」

が日本政府にはない。そんな状況で、どうやって隣の鉄道大国と戦うというのか。

 もし、ジャカルタ~バンドン高速鉄道を日本が受注していたとして、中国案に比べて、多数の用地買収が発生し、市街地すら貫く日本提案の高速鉄道(新幹線)が果たして予算内に、そして2023年に開業できていたのかは甚だ疑問である。

高木聡(アジアン鉄道ライター)


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