中国人観光客は「怖くて」日本に戻れず

中国人観光客は「怖くて」日本に戻れず…訪日客数がコロナ前の1割未満の事情

2023/6/29(木)

ダイヤモンド・オンライン

● 中国で「海外旅行が解禁」されても 訪日中国人はコロナ前比で1割未満

 2022年12月7日、中国政府はゼロコロナ政策を180度転換した。事実上の撤廃・放棄だった。翌23年1月8日には、コロナ禍で禁止していた観光目的の海外出国を解禁し、再び中国人が海外旅行できるようになった。

 ところが、訪日中国人は戻っていない。日本政府観光局(JNTO)が5月17日に発表した訪日外客統計によると、23年1月~4月までに日本を訪れた中国人は25万1600人。これは、新型コロナウイルスの感染拡大前である19年比でマイナス91.3%だ。

 つまり、過去最多約959万人の中国人が日本を訪れた19年の1割も回復していないことがわかる。海外出国は解禁されたはずなのに、なぜ訪日中国人は増えないのだろうか。

 23年1~4月における国別訪日客は、韓国が頭一つ抜けて多く、2位は台湾、以下は香港、米国、タイ、中国、ベトナムと続く。

 ちなみに韓国は、コロナ禍前の約8割、台湾は7割ほどまで回復している。さらに、コロナ禍前よりも訪日客が増えている国もある。伸び率が高い順にベトナム、シンガポール、中東地域、米国だ。

● 「中国語っぽい言語を話す観光客」は 台湾人のケースが多い

 しかし、「インバウンドが増えて、中国語のような言葉を話す観光客をよく見かける」と思った人もいるかもしれない。実は現在、観光地で中国語っぽい言葉を話している人の多くは台湾人である。

 実際に私が5月末に熊本の温泉地を訪れた時も、台湾人のツアー一行が温泉街巡りをしていた。話しかけると、5日間の日程で九州巡りの旅なのだそうだ。家族や友人同士、カップルなども多く全体的に若い人が多い。

 観光地の日本人スタッフからは中国人と思われるケースが多いという。「(台湾人であるのに)中国人と思われるのはちょっと……」と参加していた台湾人男性は困惑した感じだった。

 今年の桜のシーズンは早かったが、3月中旬の都内では一人旅で桜をめでる台湾人とも多く出会った。

● 中国政府は「個人ビザ」を利用して 海外出国者数をコントロールしている

 6月4日現在で、日本を観光で訪れる中国人は、主に個人ビザを取得している。日本政府が中国籍を持つ人の滞在には事前の査証取得を義務付けているからだ。現在、発給されている個人ビザには年収制限が存在し、取得には10万元(約200万円)以上の年収証明が必要となる。

 5月に入って全国一律で原則の10万元に戻ったようだが、海外旅行解禁直後の1月は都市ごとに違っており、上海では50万元(約1000万円)以上の年収証明が必要だと、上海駐在の日本のテレビ局支局長が伝えている。

 著者は2月以降、訪日中国人グループを取材してきたが、仕事を確認すると「無職」という中国人も少なくない。「親や親戚が資産家など富裕層なので、働いていない」とあっけらかんと答える姿が印象に残る。

 ちなみに中国国内では、日本政府が中国人を差別していると広く認識されている。

 しかし、中国政府が個人ビザの制度を国内統制に利用している側面もある。海外渡航が内政(国内統制など)に利用するための道具となっているのだ。中国政府が海外出国者の人数をコントロールできるように、ビザ申請を代理する指定旅行会社を指導しているとされるからだ。

 また、訪日中国人が増えない要因として、団体旅行が禁止されたままになっているからとの指摘もある。

 中国政府は、2月6日から20カ国限定で団体旅行を再開させた(3月10日に40カ国追加されて6月4日現在で60カ国)。

 この20カ国とは、タイやロシア、カンボジア、ラオス、フィリピンなど習近平政権の一帯一路構想への協力国など、両国の関係が良い国や途上国が多くを占めている。いわゆる西側諸国とされる民主主義国は、ニュージーランドとスイスしか含まれていなかった。

 3月の追加でフランス、イタリア、スペイン、ブラジル、ポルトガル、ベトナム、モンゴルなどが追加されている。いわば、これらの60カ国がグループ旅行を解禁された、いわば“中国政府のお墨付き”の国で、日本や米国、韓国、英国、ドイツ、カナダ、オーストラリアなどは除外されたままになっている。

 この背景には、中国政府が中国人をできる限り、日本を含む西側諸国へ行かせたくないという思惑が働いている可能性が高い。特に米国には行かせたくないのだろう。中国共産党が長年にわたり、染み込ませるようにコツコツと築いてきた中国共産党史観が一瞬で崩れてしまう恐れもある。

 この15年ほどを振り返っても、中国政府は、特に日本を含む西側主要国への渡航を減らすために“米国は中国敵視政策を取っている”といった理由をつけて、許可人数を絞ることを繰り返してきた(原則、海外渡航は中国政府が旅行会社へ許可人数を付与する許可制)。

 だが、仮に日本への旅行に年収制限がなくなり、裾野が富裕層から中間層へぐっと広がる団体旅行が解禁されたとしても、訪日中国人は一気には増えない。なぜなら、19年の段階で全訪日中国人観光客に占める団体旅行客の割合は3~4割と半分以下になっているからだ。全体に占める団体観光客の割合はそれほど多くないのだ。

● 中国国内で渦巻く「政府への忖度」 夏前に団体旅行の再開はあるのか?

 中国人をターゲットにしていた日本のインバウンド事業者へ話を聞くと、夏前には、団体旅行が再開されるとのうわさを耳にしたそうだ。

 しかし、中国の旅行会社へ取材すると、「業界内では(日本への)団体旅行解禁の話は出ていない。今夏の再開可能性は低く期待できない」とのことだった。

 では、コロナ禍前から6~7割が個人ビザでの訪日だったにもかかわらず、実際に訪日している中国人客が1割以下にとどまっている理由は何なのであろうか。

 中国国内の声を聞くと、旅行会社や国民の中国政府へ強めの忖度が働いている現状が浮かび上がる。

 ある日系企業の中国人従業員は、「団体旅行を禁止しているということは、その国への渡航を中央政府は推奨していないことを意味します。みんなコロナ禍での強烈な統制を体験したので、政府の意向に反して日本へ行くことで自身や家族が不利益を被ることを強く警戒しています」と話す。

 それでも日本の新型コロナ対策が5類へ移行した5月以降、日本から中国への空路は増便され、高止まりしていた航空券も下がり始めている。

 「今年後半にかけて個人ビザでの中国人観光客は多少増えると予想されますが、過去最多だった19年の2~3割程度になるのではないでしょうか」(遼寧省の旅行会社)

 中国政府にとって海外旅行の是非も重要な内政手段のため、中国政府は、今後もいろいろな理由を挙げて団体旅行禁止国への解禁を先延ばしすると思われる。

 コロナ禍を経て、日本人以上に空気を読むようになったともいわれる中国国民。空気をしっかり読んで、旅行先を選んでいきそうだ。

 (筆名 筑前サンミゲル/5時から作家塾®)


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