工事車両暴走で死者「インドネシア高速鉄道」の闇

工事車両暴走で死者「インドネシア高速鉄道」の闇

早期開業圧力のしわ寄せ?線路敷設機材が大破
高木 聡 : アジアン鉄道ライター
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2022/12/22 4:30

インドネシア高速鉄道工事の事故現場
インドネシア高速鉄道の線路敷設現場で線路の終端を突破、大破した機材と機関車(写真:Ferry Setiawan、動画より)
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インドネシアの一大国家プロジェクトとして進む鉄道建設の現場で、またしても信じられないような事故が発生した。

12月18日17時前、ジャカルタ―バンドン高速鉄道の建設工事現場で、機関車の後押しにより回送中だった軌道敷設用の機材(連続軌道敷設機材、TML)が線路終端部分を突破、冒進して掘割ののり面に衝突し大破した。当時、この機材に乗車していたと思われる中国人作業員のうち2人が死亡、5人が重軽傷を負った。

インドネシアでは、2021年10月にジャカルタ首都圏で建設中の軽量高架鉄道「LRTジャボデベック」でも有人試運転中の列車が規定を大幅に上回る速度で前方の車両に衝突するという大規模な事故が発生している。
線路のない区間を100m「暴走」

高速鉄道とLRTジャボデベックは共に国費を投入しないPPP事業として着工した、ジョコ・ウィドド大統領肝いりのプロジェクトだが、どちらも2019年開業という当初目標から大幅に遅れている。予算が膨れ上がり、やむなく国費を投入、それでもなお資金が不足しているという点も両プロジェクトは共通している。大統領の任期満了も迫る中、関係者には「2023年開業厳守」という圧力が政府からかかり続けており、その歪みが再び露呈したといえる。

筆者は事故当日の昼過ぎまでバンドンに滞在し、工事現場の視察をしていた。事故発生の一報を知り、まさか数時間前まで見ていた現場のすぐ近くでこんな事故が起こるとは、いったい何があったのか理解が追い付かなかった。明らかに作業手順が従来とは異なっていたからである。
インドネシア高速鉄道工事現場で脱線したDF4D型機関車
高速鉄道の建設現場で架線柱をなぎ倒しながら「暴走」した機関車(写真:Ferry Setiawan、動画より)

事故当時、線路上を走行していたのは中国から輸入した中古のDF4B型機関車7553号機とTMLの2両で、DF4B型がTMLを推進運転(機関車が後押しして走行)していた。詳細は後述するが、これは通常では見られない運行形態であり、しかも線路の終端から約100mもバラスト(敷石)の上を「暴走」してのり面に衝突したのだ。
→次ページ中間駅から7km区間の線路敷設完了日に発生

ジャカルタ―バンドン高速鉄道の建設は、11月にバリ島で開催されたG20(金融・世界経済に関する首脳会合)で実施した公開試運転の後も着実に進んでおり、同月下旬にバンドン側の始発駅テガルアール駅から約39km地点にある1駅目のパダララン駅まで線路の敷設が進んだ。その後、同駅には仮設の分岐器が設置され、テガルアール駅との間で工事列車の複線運転が可能になった。また、そのまま下り線に当たる線路(インドネシア国鉄と同じ右側通行と仮定した場合)の敷設が進められた。

下り線の敷設はパダラランからジャカルタ方面に向かって約7km先の地点まで1日当たり1~1.5kmずつ進み、12月14日からは上り線の敷設工事に切り替わった。事故当日の朝は、ちょうどこの約7km地点までの上り線敷設が完了する日だった。
インドネシア高速鉄道事故当日の工事現場
事故当日朝のレール終端部分。橋梁区間を越え、カーブした先の掘割区間までがこの日の敷設区間だった=2022年12月18日(筆者撮影)
事故直前に作業の手順が変更に

同日の朝も、それまでの工事と同様に2両のDF4B型が38両編成のレール輸送貨車を推進運転し、テガルアール車両基地からレール敷設現場に到着した。ここで、レールの終端部分に停車しているTMLと連結し、レールと枕木の敷設を一気に行う。この日は9時半頃から作業がスタート。1km分の上り線レールを敷設し、12時過ぎに作業は終了した。
事故直前のDF4B-7553号機
「暴走機関車」となってしまったDF4B-7553号機。重連推進運転で作業現場に向かう事故当日朝の姿=2022年12月18日(筆者撮影)
レール輸送貨車が連結された状態の連続軌道敷設機材
レール輸送貨車が連結された状態の連続軌道敷設機材(TML)とレール先端部分=2022年12月17日(筆者撮影)

通常は当日の作業が終了すると、機関車とレール輸送貨車は車両基地へ戻り、翌日の朝に再び現場へやってきて作業を再開するという流れを繰り返す。ただ、この日は前述の通り、パダラランから約7km地点まで上り線の敷設が完了して上下線の敷設距離が揃ったため、翌日からは再び下り線の線路延伸を行うことになっていた。そのため、TMLを上り線から下り線へと移動させる必要があった。

この場合、従来は機関車とレール輸送貨車の編成にTMLを連結したまま車両基地へ戻り、翌朝にこの編成を下り線の敷設現場へ運んでいた。だが、パダララン駅に分岐器が設置されたことでこの手順が変わり、TMLは車両基地まで回送せずに同駅で切り離し、その日の午後に翌朝の作業地点まで移動する形となった。

事故が発生したのはこの移動の際である。当日は、12月13日に手順が変更になってから2度目の作業だった。
→次ページ事故当日は朝から「スピード出し過ぎ」

ほぼ同時期に、ほかの作業手順にも変更があった。従来は車両基地から作業現場まで重連(2両)の機関車がレール輸送貨車を推進運転していたが、12月上旬から車両基地―パダララン駅間は貨車の前後に機関車を連結するプッシュプル方式になった。この運転方式の採用で、従来は時速10km程度と極めて厳しく制限されていた運行速度が時速30~40kmほどにアップした。同駅に到着後は機関車をつなぎかえ、その先は従来と同様に重連の推進運転で作業現場までゆっくりとしたスピードで走行する。
プッシュプル方式で走行するレール輸送列車
事故当日の朝、パダララン駅(奥)に向けて走行するレール輸送列車。この区間は機関車を前後に連結したプッシュプル方式で運行する=2022年12月18日(筆者撮影)

実は、事故当日の朝はちょっとヒヤっとする事象があった。今思えば、これこそが事故の芽だったのかもしれない。

同日の列車は、車両基地からパダララン駅まで本務機(先頭の機関車)がDF4B型7553号機、後補機(貨車編成後部の機関車)が9129号機のプッシュプル方式で走行し、同駅で先頭の7553号機を最後尾につなぎかえ、重連推進運転で作業現場へと向かった。筆者は同駅で機関車をつなぎかえる作業の間に作業現場に先回りしていたが、列車が現場に近づいてくるのを見るなり、前日よりも明らかに飛ばしていることがわかった。そして、いかにも急ブレーキという乱暴な止まり方をした。
インドネシア高速鉄道工事の事故当日、作業現場に到着したレール輸送列車
事故当日、作業現場に到着したレール輸送列車。連続軌道敷設機材(TML)の先は、この時点ではまだレールを敷設していない=2022年12月18日(筆者撮影)
事故直前、砂埃を巻き上げて走る列車

列車は前述の通り、現場でTMLと連結して作業する。通常は現場に近づけば時速5kmも出ているかどうかの速度でそろりそろりとTMLに連結するが、この際は乱暴な急ブレーキにより、TMLよりもかなり手前で停車してしまった。連結位置まで進む際の運転も荒っぽく、貨車がガシャン!とものすごい音を立てて結構なスピードで走り出した。それを何度か繰り返してTMLと連結し、やっと作業が始まった。こんなやり方では貨車が脱線するのではと心配して見ていたが、この際はちょっと運転が荒い機関士なのだろうという程度にしか思っていなかった。
インドネシア高速鉄道工事現場の事故概略図

だが、その後もスピードの出し過ぎと思われる運転は続いていた。事故発生の直前、パダララン駅至近にある第10番トンネルのジャカルタ側坑口からDF4B-7553号機とTMLが出てくるところを動画で撮影していた人によると、列車は今まで見たこともないスピードで、明らかに速度超過していただろうという。確かに、敷きたてのバラストの砂埃を巻き上げて、轟音と共に進んでいく列車が映されている。

この区間は事故現場まで連続した下り勾配である。多少スピードを上げて運転していたのがどんどん加速して速度超過し、ブレーキが間に合わなくなってしまった可能性が高い。相当なスピードでなければ、レールのないバラストの上をTMLと機関車が100m以上も走り続けるとは考えづらいからだ。
→次ページ「安全意識」あるはずの中国人作業者だが…
車両基地に戻るまで機関士の交代は基本的にないため、事故時に乗務していたのは同日朝に筆者が目撃した荒っぽい運転の機関士と同じだったであろう。もちろん、車両に何らかのトラブルが発生していた可能性もあるし、下り勾配を利用して、故意に無人で機関車を暴走させたということもあり得なくもない。

一点だけ不可解なのは、機関士が中国人だったということである。おそらく中国国鉄から出向しているか、あるいはそのOBであろう。作業現場には現場監督以外にも、高速鉄道プロジェクトコンソーシアム企業の中国人作業者が従事している。車両の運行に関わる部分はほぼ中国人が担当しており、手旗による誘導も行われている。
インドネシア高速鉄道の連続軌道敷設機
事故により大破した連続軌道敷設機材(TML)の事故前日の姿。白いヘルメットは中国人作業員、黄色いヘルメットがインドネシア人作業員で、中国人現場監督は赤いヘルメットを着用=2022年12月17日(筆者撮影)

この点が前述のLRTジャボデベックの衝突事故とは大きく異なり(2021年11月14日付記事「試走で衝突、インドネシア『国産LRT』が抱える問題」参照)、少なくともインドネシア側よりも安全意識のある中で作業は行われている。TMLにも中国人作業者が乗車しており、スピードが速すぎれば、無線で注意を促すこともできただろう。なぜ減速できなかったのか原因究明が課題となる。
「開業時期厳守」で労働者にしわ寄せ?

結果的にTMLは大破し、線路敷設工事は一時的にストップせざるを得ない状況に追い込まれた。2023年6月の「ソフト開業」に向けて一気に工事が進捗した矢先、開業がまたしても遠ざかってしまった。もっとも、中国は同型の機材を国内に多数保有しているはずで、近いうちに代わりの機材が手配されるのだろうが、最低1~2カ月の作業停止は免れない。KCIC(インドネシア中国高速鉄道)は開業予定に影響はないとするものの、スケジュール通りの開業は相当に困難だ。
インドネシア高速鉄道建設工事、レールをボルトで固定する作業員
事故当日、前日に敷設した区間の枕木とレールをボルトで固定する作業員=2022年12月18日(筆者撮影)

また、これは明らかに中国側の落ち度で発生した事故である。工事遅延が発生した場合、インドネシア政府がどう責任を追及するかが今後の焦点となるだろう。今回の事故は、中国政府が推し進める「一帯一路」政策にも泥を塗ることになる。

高速鉄道の建設は、当初の約60.7億ドル(約8336億円)から約79億ドル(約1兆850億円)に膨れた総工費の穴埋め(約21.4兆ルピア=約1880億円)、さらにプロジェクトコンソーシアムのインドネシア側からの出資額不足(約4.3兆ルピア=約378億円)問題が根本的に解決されない中で着々と進み続けている。そのしわ寄せが現場の労働者に及んでいるということはなかろうか。機関士はなぜそんなにもスピードを上げたのか。単に荒い性格だったのか、車両トラブルだったのか、それとも故意にやったのか――。事故によって、高速鉄道プロジェクトの「パンドラの箱」が開かれようとしている。


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