日本を資源大国に導く?

日本を資源大国に導く? 海底に眠るコバルトリッチクラストが秘める大きな可能性

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 金属海洋資源部長 五十嵐吉昭【前編】

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)は2020年7月、日本のEEZ(排他的経済水域)内の海底におけるコバルトリッチクラストの掘削試験に世界で初めて成功したと発表。これは10年後、20年後の近い将来、日本がレアメタル産出国になれるかもしれない可能性を示唆する、極めて重大な成果だ。そこで、掘削試験を統括したJOGMEC 金属海洋資源部長の五十嵐吉昭氏に詳細を伺った。
INDEX

   鉱物資源の少ない日本にもたらされたギフト?
   世界初のクラスト掘削試験に日本が成功
   リチウムイオン電池の登場でコバルトの需要が倍増

鉱物資源の少ない日本にもたらされたギフト?

コバルトリッチクラスト(以下、クラスト)とは、希少金属であるコバルトを多く含む海底鉱物資源のこと。

水深約1000~2500mの海山(海底で山のように隆起している地形)平頂部周辺にあり、岩石を厚さ数mm~十数cmほどの層で覆うような形で存在しているという。

「百聞は一見にしかず、まずは実物をご覧いただきましょう」

そう言ってJOGMEC 金属海洋資源部の五十嵐吉昭氏が見せてくれたのは、断面が茶色と黒の2層になった岩石の塊だった。

   海底の海山平頂部で得られたクラスト片を手に解説する五十嵐氏。掘削、揚鉱、製錬まで視野に入れた本格的なクラストの掘削試験に成功したのは世界初となる

「黒い部分がクラストで、茶色い部分は掘削時に一緒に採れてしまった基盤岩です。クラストは薄くて数mm、厚いものでも十数cm程度ですから、このサンプルは5~10cm程度なので標準的な厚さと言えます」

クラストは海水中の成分が長い年月をかけて、岩石の表面に積層していったものと考えられている。

その成長速度は遅く、百万年でわずか1~6mm程度。つまり、ここまで成長するのに数百~数千万年、もしかすると数億年もの年月がかかっていることになる。

   指で指し示している黒い部分がクラスト。鉄・マンガンを主成分としているが、含有するコバルトがマンガン団塊に比べて3~5倍程度高く、白金も含有している

“コバルトリッチ”という名称のとおり、他の鉱物資源に比べてコバルトを多く含んでいることが特徴だ。

「クラストに含まれるコバルトの割合は0.5~0.9%程度で、同じ海底資源であるマンガン団塊よりも3~5倍ほど高い比率となっています。ごく少ないように思われるかもしれませんが、陸上の鉱山で採れる鉱石と比べても決して割合が低いわけではありません。掘削や製錬の技術的課題やコストの問題などはさておき、資源としては十分なポテンシャルがあると言えるでしょう」

世界初のクラスト掘削試験に日本が成功

クラストは世界中の海ならどこにでもあるわけではない。

北西太平洋域の海底に多く分布しているとされ、2020年7月にJOGMECが実施した試験では日本のEEZ内である南鳥島南方の拓洋第5海山平頂部が掘削ポイントに選ばれた。

水深約930mの海底目指してJOGMEC所有の海洋資源調査船「白嶺(はくれい)」からクレーンを使って採掘機を下ろし、649kgに及ぶクラスト片などを回収した。

   クラスト掘削試験で使用された採掘機。先端にあるカッターヘッドを海底に押しつけ、クラストを削り取る

「採掘機は元々、海底熱水鉱床(海底から噴出する熱水に含まれる金属成分が沈殿してできた銅、鉛、亜鉛などを含む鉱物)用に開発したものです。そのため、クローラーなどの部分は共通しますが、海底を削り取る先端部のカッターヘッドなどをクラスト掘削用に改造。深海で作業するため、センサー類や駆動部分などはすべて耐圧設計になっており、駆動部は油圧で動作します」

拓洋第5海山山頂は平ら(平頂)になっており、その面積はおよそ2220km2。東京都全体とほぼ同じ面積が広がっているという。

採掘機が削り取ったクラスト片はサイクロンタンクという容器に収められ、海水や砂など軽い物質を分離、排出した後に海上へと引き揚げる。一回の回収量は50〜200kg。それを何度も繰り返して最終的に649kgのクラスト片を回収したそうだ。

白嶺から採掘機を海底に下ろす様子はJOGMECのYouTube公式チャンネルで公開されている

また、掘削だけでなく、採掘機を砂地や斜面など条件の異なる場所を走らせる試験も同時に行われた。海上の気象などの条件がいいタイミングを狙って実施されたが、海流のある中で船をとどまらせ、水深1000m近い海底に採掘機を下ろして鉱石を採取し、引き揚げるには操船や採掘機の操縦など高い技術が求められる。

「実験は国際的に認められたルールにのっとり、掘削時に舞い上げた砂や岩石の破片がどの範囲まで広がるのか?といった周辺環境への影響を十分に検討した上で行いました。今、海洋資源の開発においては、たとえ実験段階でもそうした環境への綿密な配慮が求められています。カッターヘッド先端には金属ブラシが付いているのですが、それは粉塵をできるだけ舞い上げずに、しかも効率良くクラスト片を回収する役割を持っているのです」

   海底熱水鉱床は銅、鉛、亜鉛を含有する鉱物で、EEZ内に存在するもの。マンガン団塊は銅、ニッケル、コバルト、マンガンなどを含む塊で、深海底に存在する
   出典:海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(2019年2月策定)

JOGMECは現在、クラストだけでなく海底熱水鉱床、マンガン団塊の調査を同時に行っている。

海底熱水鉱床では2017年に複数の船で現場に行き、掘削した鉱石をポンプで連続的に引き揚げる「連続揚鉱」に成功しているが、クラストについてはまだその段階に達しておらず、一回ずつタンクを引き揚げる方式が採用された。

いわば本格的な資源開発に向けて、今まさに一歩目を踏み出したというところだ。

リチウムイオン電池の登場でコバルトの需要が倍増

コバルトは古くからガラスなどの着色料として、また合金として工具などにも使われてきた。近年ではリチウムイオン二次電池の正極材料として大幅に需要が拡大。酸化コバルトとリチウムの化合物であるコバルト酸リチウムは、リチウムイオン二次電池開発のごく初期に登場し、現在でもノートPCやスマホのバッテリーにおいて主流となっている。

ところが、鉱物資源としてのコバルトは現在、大きく2つの問題を抱えている。

一つは他の金属と比べても岩石中に含まれる割合が小さいため、高コストになりやすいという点。そのため、ほとんどがニッケルや銅を採掘する鉱山で副産物として得られている。コバルトの生産量はこれら主産物に左右されることになり、安定的な調達が難しい。

もう一つは産出量の過半数をアフリカのコンゴ民主共和国が担っており、紛争などの政情不安により、供給が滞るリスクがある点だ。現在、政情は落ち着きつつあるが、新たに採掘時の児童労働が問題視されるようになった。そうした背景から日本も資源エネルギー庁やJOGMECなどの政府機関、さらに民間企業を含めたオールジャパン体制でコバルト資源を確保していこうという動きがスタートしている。

   世界的なリチウムイオン電池の普及とともに、コバルトの消費量が増加。2016年時点での年間総消費量は11万t程度で、現在ではその需要はさらに増えている
   出典:JOGMEC金属資源レポート「コバルト生産技術動向」19-05-vol.49

「コバルトは今、政情不安などさまざまな問題から責任ある調達が難しい金属の一つと言われています。そのため、バッテリーメーカーはコバルトに代わる正極材料、あるいはNMC811(ニッケル:マンガン:コバルト=8:1:1)の三元系など、コバルトを使う割合が少なくてすむ正極材料の技術開発を急ぐようになりました。ただ、リチウムイオン二次電池が進化しても、コバルトが優れた材料の一つであることに変わりありません。人道的に問題なく、安定的に供給できるなら今後も需要は続くと考えられます」

そうした背景があるからこそ、コバルトに注目が集まっているというわけだ。

後編では日本のEEZ内でクラストが採れたことの意味、そして海洋資源の本格的な産業化に向けた課題をテーマにお届けする。

商業化への道筋が見えた? 日本が海底鉱物資源開発のパイオニアになる日
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 金属海洋資源部長 五十嵐吉昭【後編】

現状では、責任ある調達が難しい金属と言われているコバルト。そんな中、コバルトを多く含む海底資源・コバルトリッチクラスト(以下、クラスト)の掘削試験に、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)が世界で初めて成功。日本が資源国になれる可能性を示したことは前編で紹介した。後編ではその実現可能性、商業化に向けた課題について、JOGMECの五十嵐吉昭氏に話を聞く。
INDEX

   国内消費量88年分ものコバルトがEEZ内に期待される
   コバルト以外にもある海底鉱物資源開発の可能性

国内消費量88年分ものコバルトがEEZ内に期待される

日本で使われる鉱物資源は、銅や鉛、亜鉛、鉄などのベースメタルと、リチウムをはじめ、マグネシウムやマンガン、コバルトなどのレアメタルのいずれもほぼ全てを輸入に依存している。

もし何らかの理由で輸入ができなくなり、国内備蓄分を消費してしまえば、金属を使うあらゆる産業がストップしてしまう。

自国での鉱物資源採取を望む声が多いのは当然といえる。

「豊富なクラストが日本のEEZ(排他的経済水域)内にあるということは、1980年代からの調査である程度分かっていました。今回、それを実際に掘削し、ある程度の量を揚鉱できたことが重要なポイントです」と五十嵐氏は言う。
※【前編】の記事「日本を資源大国に導く?海底に眠るコバルトリッチクラストが秘める大きな可能性」

   今回の掘削試験は本州から約2000km離れた南鳥島沖の拓洋第5海山で行われた。平頂部の面積は約2220km2となっており、これは東京都全体の面積に相当する
   出典:International Seabed Authorityホームページに加筆

今回のクラスト掘削実験が行われたのは、南鳥島の基線(領海などの範囲の基準になる海岸線)から200海里以内にあるEEZの中。

この範囲において、日本には海洋科学調査などの管轄権があるだけでなく、天然資源の探査、開発、保存及び管理等を行う主権的権利が認められている。そのため、世界初のクラスト掘削試験に成功したと発表した際には、多くの反響があったそうだ。

ちなみにJOGMECではEEZの外にある公海の海底(法的深海底)でも、国際海底機構(ISA)と契約し探査権を得ている。しかし、そこで探査する権利を有しているのは日本だけではない。中国、ロシア、韓国も同じ権利を有しているのだ。もしも将来的にそこから資源を採掘することができたとしても、それは人類の共有財産として発展途上国などと利益を分配することになるだろう。

「もちろんEEZ内だからといって何をやってもいいわけではなく、環境に配慮したり、国際機関の決めたルールを尊重する必要はあります。ですが、そうしたルールを守りさえすれば、他国に干渉されることなく、自由に探査等を行うことができます。本格的な開発に向けたルールはまだ決まっていませんが、自国の経済水域内に鉱物資源があるということは、将来の日本にとって有利な条件となるでしょう」

   クラストは北西太平洋域の海山に分布しているとみられ、EEZ内の他、公海の海底にあることも確認されている

JOGMECがこれまでに行ってきた調査を基に試算すると、今回の試験を行った拓洋第5海山だけでも日本の年間消費量約88年分のコバルト、約12年分のニッケルを含むクラストの存在が期待されるという。

そうであれば、すぐにでも開発を始めたら良さそうに思えるが、実際のところ産業化に向けた道のりはまだまだ遠い。

   メタンハイドレートや海底熱水鉱床など、海洋エネルギーおよび鉱物資源ごとに定められている工程表。コバルトリッチクラストは2028年までに商業化の可能性を追求することが求められている
   出典:海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(2019年2月策定)

日本政府は2019年に改訂した「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」におけるコバルトリッチクラストの開発に向けた工程表で、「資源量調査」「採鉱・揚鉱」「選鉱・製錬」「環境影響評価」それぞれの研究を同時に進め、2028年までに商業化の可能性を追求するという計画を打ち出している。

つまり、本格的に開発する価値があるか否かは、それからの判断となるのだ。

「目下のところ、課題は現実的な採鉱技術を確立することです。試験的に削り取る段階までは成功していますが、商業レベルとなると、少なくとも一日で数千tは採らなければなりません。かなり広い面積を掘ることになりますが、クラストは平らな海底面に張り付いているわけではなく、岩場もあれば砂場のある海山の平頂部から斜面に広く分布しているのです。そうした状況で効率良く採掘できる専用機を開発できなければ、商業化は実現しません。仮に試験で使った採掘機の10倍効率が高い機械を作れたとしても、まだまだ十分とは言えないでしょう」

   海底で採掘、揚鉱する様子を模したJOGMECに展示されている模型。採掘機には電源や操作するためのケーブルがつながれており、別の船から作業を監視するROV(無人潜水機)も見える

コバルト以外にもある海底鉱物資源開発の可能性

製錬と呼ばれる海底から引き揚げた岩石を溶かし、原料となる金属単体を取り出す方法にも課題がある。

「以前、サンプルとして採取したクラストを試験的に製錬した結果、陸上で採れる鉱石を製錬するときと大きく変わらない方法でできることは確認しています。ただ、市場への供給には鉱石の成分に適した製錬方法を模索して、コストを下げたり、規模も大きくするなど最適化しなくてはなりません」

あくまで競争相手となるのは陸上で採れる鉱物資源。同等のコストで供給できなければ、せっかく開発しても徒労に終わってしまう可能性があるのだ。

ちなみに、同じ海底資源としてJOGMECが調査を進めているマンガン団塊にもコバルトが含まれている。こちらは文字通り、塊の状態で海底に沈んでいるため採掘は比較的容易であるが、水深4000~6000mの深い海底にあるため、さらに耐圧性の高い採掘機を新たに開発しなければならず、今回のクラストよりも商業化のハードルはさらに高い。

一方、同じくEEZ内にあり、深さも500~2000mと比較的浅い海底熱水鉱床は有望視されている。

こちらの成分はベースメタルが中心となるが、JOGMECではこれら複数の海底鉱物資源やメタンハイドレートなどの海洋エネルギーを並行して探査し、今後の開発方法を検討している。

   日本は領海とEEZの面積で世界第6位を誇る海洋国家。その海底にはクラストをはじめとするさまざまな資源が眠っているはずだ

「公的機関である私たちの仕事は、海洋資源を調査した上での資源量評価や基盤となる技術開発といった本格的な商業化への道筋を示すところまでです。そのためクラストにおいても、2028年末までの目標を『民間企業による商業化の可能性を追求する』としています」

海洋資源は、深海に潜ってみなければどれだけの量があるのか分からず、また実際に掘ってみなければ利用価値がある鉱物なのかも分からない。

これでは民間企業にとってあまりにも参入ハードルが高く、リスクも大きい。そこで、開発の見通しをつけ、民間企業が参入する基盤を作ることこそJOGMECが担う役割なのだ。

   「リスクが高いからこそ海洋鉱物資源開発に挑戦する価値がある」と語る五十嵐氏

ただ一方で、仮にクラストなどの開発が本格化したとしても、大量に掘ればいいわけではないレアメタル特有の事情も存在する。

「ベースメタルのような市場の大きい金属では、新たな鉱山が見つかったからといってマーケットが大きく揺れ動くことはありませんが、コバルトの場合は事情が異なります。たとえばニッケルは年間200万t以上もの消費量がありますが、コバルトはわずか十数万t。供給過多になると価格が安くなり、深海から引き揚げてまで生産するコストに見合わなくなってしまう可能性があるのです。開発に際しては、そのあたりも慎重に見極めなくてはなりません」

しかし、安定したサプライチェーンを構築することができれば、そうした価格の乱高下を防ぐことができるようになるかもしれない。国際社会に対して後ろめたいところのない、責任ある調達を実現できる意義も大きいだろう。

また、自国でのレアメタル産出という手段を持つことができれば、主要産出国や海外の供給企業にコバルト製品生産の生殺与奪を握られている現状から脱却することもできる。

「海洋鉱物資源開発はまだ始まったばかりの分野で、商業化に成功した例はほぼ存在しません。だからこそ挑戦する意味があります」と胸を張る五十嵐氏。

日本が海洋鉱物資源開発のフロンティアとなる日に期待したい。

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text:田端邦彦 photo:安藤康之

  • 2028年までに商業化の可能性を追求って、えらく時間が係るもんなんてせすね -- 9845 2023-08-09 (水) 18:21:09

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