日立製英国車両「亀裂発生」、その後どうなった

日立製英国車両「亀裂発生」、その後どうなった

「乗客への情報提供」当局は評価、肝心の原因は?
さかい もとみ : 在英ジャーナリスト
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2021/07/08 5:40
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亀裂トラブルの発生直後、車両基地で待機するグレート・ウェスタン鉄道のクラス800(筆者撮影)
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今年5月、イギリスの主要鉄道路線で「都市間高速列車(IET)」として使われている日立製作所製車両に亀裂が見つかった。一時は当該車両を使った全列車が運休し、その衝撃は日英の鉄道関係者の間に大きく広がった。

亀裂は「運行には問題ない」とされ、車両は通常運用に戻っているが、英国の鉄道安全規制当局は6月、徹底的な原因調査を実施すると発表した。トラブル発生から2カ月近くを経た今、亀裂問題の究明はどの程度進んでいるのだろうか。
車体を持ち上げるための部分に亀裂

金属部品の亀裂トラブルを起こしたのは、日立が英国工場などで生産した「クラス800シリーズ」だ。同シリーズは800・801・802と複数のタイプがあり、2017年から納入が始まった5両もしくは9両編成あわせて全182編成が走っている。
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これらの車両を運行しているのは現在4社。主要幹線の運行を担うグレート・ウェスタン鉄道(GWR)が計93編成と最も多く、次いでロンドン・ノースイースタン鉄道(LNER)が計65編成を運行。イングランド北部の中小都市を結ぶトランスペナイン・エクスプレスは19編成、ロンドンとイングランド北東部を結ぶハル・トレインズも5編成使用している。

問題が明るみに出るきっかけとなったのは、GWRの編成で発見された亀裂だった。日立が運営を受け持つブリストル近郊ストーク・ギフォードにある車両基地で5月8日、出場前の点検をしていたさなかに「リフティングポイント」の前面に亀裂が発見された。車両の定期点検などの際に、車体を持ち上げて台車から切り離す時に用いる部分だ。

ところが、同車両をめぐっては4月の段階で「ヨーダンパー(台車と車体をつないで揺れを抑える装置)ブラケットの取り付け部」にも亀裂が起きていたことが判明していた。
リフティングポイントの場所を示す図解。基地で車両を持ち上げる際に使い、通常の運行には使用しない部分であると説明している(画像:Hitachi Rail)

こうした背景から、鉄道安全規制当局である鉄道・道路規制庁(ORR)は6月7日、日立をはじめとする関係者と共に、「列車のジャッキプレート(リフティングポイントに当たる)とヨーダンパーブラケットの取り付け部に発生した亀裂の根本的な原因を究明する」との方針を打ち出した。

最初の亀裂発見から現在に至るまでの経緯は以下の通りだ。
【クラス800シリーズ 亀裂問題の経過】
4月11日:クラス800の定期検査でヨーダンパーの亀裂を発見
5月8日:クラス800のリフティングポイントの前面に亀裂発見、他編成にも亀裂の存在を確認
*GWRなど4社が運行のクラス800シリーズ全182編成を運用から外し検査実施
*ORRの支援を受け、列車が運行を再開しても安全であることを確認
*同日中に「ハル・トレインズ」運行車両が運用に戻る
5月10日:トランスペナイン・エクスプレス(TPE)運行車両が運用に戻る
5月13日:GWRとLNER、列車本数ほぼ正常に復帰
5月20日:日立レール、ロンドン西部にある車両基地でメディア向けに説明会実施
6月7日:ORR、亀裂トラブルのレビュー実施日程を発表
6月25日:利用者向け対応に関するレビュー結果を発表
9月中(予定):亀裂原因を含むレビューの暫定結果を発表予定
 (英鉄道専門誌Rail Journal他から筆者まとめ)
他車種でも亀裂発見、当局が経過を調査

亀裂は「クラス800シリーズ」だけでなく、2018年からスコットレール(スコットランド)で走り出した日立製の近郊電車「クラス385」にも見つかった。

そこでORRは、今回のトラブル発生から関係する全車両の運用停止、運休に伴う利用客への案内、検査後の運用復帰といった一連の動きで得た「教訓」について検討を進めることとした。

ORRはこのレビューの主な目的について「鉄道業界全体に貴重な知見を提供する」と位置付ける一方、「運行の安全性と利用客への影響」についても対象として調べを進めるとの考えを示している。

レビューでは、設計、製造、メンテナンスなどの技術分野、関係するステークホルダーによる協力、検査、メンテナンス、修理、是正措置への責任といった多方面について徹底的に調査を行い、それぞれの分野をいかに改善できるかを検討するという。

ORRのジョン・ラーキンソンCEOは今回のレビューの実施について、一義的には「再発防止に向けての重要なステップ」としたうえで、「技術、プロセス、さらに契約の問題なども含む広範な内容について、安全確保ができているかどうかにフォーカスする」「利用客に対する適切な情報の公開、補償ができていたかどうかについても検証する」と述べている。
亀裂トラブルが発見された直後のロンドン・パディントン駅の発車案内。運休(Cancelled)の列車が目立つ(筆者撮影)

トラブルが明るみに出た当初、同型車両を最も多く保有しているGWRのメインターミナルであるロンドン・パディントン駅で、鉄道関係者は「こうした運休がいったいどのくらいの期間続くことになるのか見当がつかない」と途方に暮れていた。

しかし、駅に来たところで運休を知って路頭に迷うといった旅行者の姿がまったく見られなかったことは大きな驚きだった。ロンドンから西方向に向かう長距離列車のほぼすべてが発着する同駅は、コロナ禍といえども一定数の旅客需要がある。
利用者への情報提供は「合格」

ORRは、今回の亀裂トラブルに起因するさまざまなレビューを進めており、その一環として6月25日、利用客への影響に関する調査結果を発表した。その中で、亀裂により列車運行に影響を受けた鉄道4社による旅客への情報提供については「十分にできていた」との高い評価を与えている。

評価対象となった項目は大きく分けて次の4項目からなる。
・きっぷの払い戻しに関する情報の一貫性と明確さ
・代替ルートの手配に関するアドバイスや代替経路の告知
・サードパーティの小売業者(アプリによる発券)の払い戻し
・ウェブサイトでの「混乱への注意喚起」の告知

ORRは、今回のような「予期せぬ事態が発生し、問題が広範囲に及ぶ場合は、情報を最新の状態に保つことが非常に難しい」と指摘し、「運行オペレーター各社が適切に対応、予約済みの利用客と迅速に連絡を取るなどのサポートの実施」について評価している。
イギリスではアプリを使ったオンライン経由の事前購入が安いため、駅に来てからきっぷを買う人は相対的に減ってきている。今回のケースでは、関連各線の運行情報を顧客向けにメールや携帯メッセージなどで直接流せたことが、駅頭での混乱を最小限に抑えられた大きな要因となった。ダイヤが混乱している中、各社は「利用客が直面するトラブルの回避」を念頭に、明確で一貫した情報を提供できていたわけだ。

今回発表したレビューについて、 ORRのステファニー・トービン消費者担当副取締役は、利用客への情報提供については適切だったとしながらも、「今後このような障害が発生した際、利用客への影響をさらに軽減するための対策を講じたい」と述べ、鉄道業界と手を取りながらさらなる改善を検討するとしている。
亀裂自体の原因は引き続き「調査中」

列車の運行は、亀裂トラブルの発覚5日後の5月13日までにほぼ復旧した。ところで、肝心の亀裂に関する原因究明に向けた調査の進展はどうなっているのだろうか。

6月25日の段階では、ORRはこれまで述べたように旅客サービスに関するポイントを発表するにとどまり、車両そのものの動静については一切触れていない。
快走するLNERのクラス800。日立や運行各社は亀裂は運行には支障ないとしているが、原因究明が待たれる(写真:Teamjackson/iStock)

ORRは今後の方針について6月7日に発表した文書で説明しており、車両導入の経緯、トラブル発覚後の運用停止、そして営業運転再開時の状況といった3つの項目について9月を目標に報告書をまとめるとしている。その後、長期的な「是正に向けたプログラム」が確立され次第、最終報告書を発表する流れとなっている。

日立や運行各社は「リフティングポイントの亀裂は、編成や各車両の構造には影響を与えない」と説明しているものの、原因が完全に究明されていない状態で時速200kmでの営業運転を行っているのは、利用者側から見れば心許ないのも事実だ。1日も早い具体的な状況の発表が待たれる。


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