海外で予想以上「EVシフト」日本は本当に大丈夫?

海外で予想以上「EVシフト」日本は本当に大丈夫?

今年中には世界で販売される車の1割がEVに
小林 雅一 : KDDI総合研究所リサーチフェロー

海外ではEVの普及が一気に進んでいる(写真:horyn.vd/PIXTA)
指数関数的な成長段階に入った
電気自動車(EV)が海外で爆発的な普及期に入ったもようだ。国際エネルギー機関(IEA)の調べでは、世界市場におけるEV(プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)を含む)の販売台数は2021年に約660万台。これは自動車(新車)の販売台数全体の約8.6%を占める。

2019年は同2.5%、2020年は4.2%と伸びてきたが、2021年はさらに勢いが増した格好だ。EVはその売り上げが毎年ほぼ倍増する指数関数的な成長段階に入ったと見ていいだろう。

地域別では中国と欧州がEVの2大市場で、2021年にはそれぞれ世界のEV売り上げ全体の51%と35%を占めた。これに続くのがアメリカ市場で同11%。つまり中国と欧米だけで、世界のEV市場の実に97%を占める。

●世界市場におけるEV販売台数の推移

(注)単位:100万台
(出所)Global Sales and Sales Market Share of Electric Cars, 2010-2021, IEA
(外部配信先では図や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

とくに中国と欧州でEVの導入が進んだ主な理由は、政府による手厚い支援策だ。ともに以前から日本円に換算して100万円程度の補助金を交付することで、消費者側から見てEVの実質価格を手ごろな値段に抑えてきた。これに加え、排ガス規制の強化によってメーカー側に対してもEV事業への転換を促した。

逆に、中国と欧米以外の国や地域、なかんずく日本でEV市場がほとんど育っていないのもやはり政策の問題であろう。日本で中国や欧州並みのEV購入補助金や充電インフラの整備が始まったのは事実上、今年に入ってからだ。この点について本稿ではこれ以上深入りしないが、今後はともあれ少なくともこれまでの日本政府は自動車産業のEVシフトには消極的であったと見るべきだろう。

テスラは値上げしても販売台数が増加
2022年に入り、EVを取り巻く環境は世界的に悪化した。ここ数年の新型コロナ・パンデミックによるサプライチェーンの混乱に加えて、ロシアのウクライナ侵攻に対する西側の経済制裁、それに伴う車載電池用の炭酸リチウムやニッケルなど資源価格の高騰により、テスラをはじめ主要メーカーの多くは10%以上の値上げに踏み切った。

これはEVの売り上げ急落につながる恐れもあったが、実際はそうはならなかった。テスラの2022年第1四半期のEV販売台数は31万5000台と、前年同期比で68%増。欧米の自動車メーカー各社も、ガソリン/ディーゼル車などの販売台数が減少する中、EVだけは売り上げが伸びている。

EVの市場調査を行うEV-Volumes.comの推計では、世界市場における2022年第1四半期の電気自動車の販売台数は、前年同期比で120%増を記録した。つまり倍増以上のペースである。

値上げにもかかわらず売り上げが急増した理由は、最近のガソリンなど燃料価格の高騰から従来車が敬遠され、それに代わってEVへの関心が高まったこと。また、アクセルを踏み込んだときの今までにない加速や広々とした車内空間などEVならではの快適さ。さらに比較的若い消費者や富裕層の間で気候変動や環境問題への意識の高まりが、多少値段が高くてもEV購入に踏み切る動機になっているようだ。

このペースでいけば、2022年には世界の自動車販売に占めるEVの割合は16~20%に達する見込みだ。このうちBEV(Battery Electric Vehicle:車載電池だけで動く純粋な電気自動車)の占める割合は約7割なので、今年中にはおそらく世界で販売される自動車の少なくとも10%程度、つまり10台に1台はBEVになりそうだ。

このようにEVの市場が急拡大する中、気になるのは日本メーカーの立ち位置だ。2021年、世界の電気自動車の販売台数ランキングで上位を占めたのは、ほとんどが欧米や中国、韓国などのメーカーだ。

●2021年のメーカー別のEV販売台数

(注)単位:1000台
(出所)Global EV Sales Ranking by OEM/OEM Group for 2021, EV-Volumes.com
日本勢ではルノー・日産・三菱連合(R-N-M Alliance)がかろうじて8位に食い込んだが、2020年の3位から順位を5つも落としている。

確かに日産自動車は2010年、世界初の量産電気自動車(BEV)「リーフ」を発売し、以降、約10年間で累計50万台以上を売り上げた。しかし最近順位が下落していることから見て、先行者利益をうまく生かして強力な足場を築くことができなかったようだ。

トヨタ自動車の販売の大半はPHEV
一方、トヨタ自動車は13位にランクされているが、そのEV売り上げの大半はPHEVだ。今後の主力となるべきBEVの販売台数は、現時点でほとんど無きに等しい。

トヨタは5月12日、SUBARUと共同開発した新型電気自動車「bZ4X」を個人向けサブスクリプション・サービス「KINTO」を通じて提供する予定だ。トヨタ初の量産BEVとなるが、今や世界で販売される自動車の10台に1台がBEVとなる中、正直出遅れた感は否めない。同社をはじめ日本メーカーはおそらく、ここまで急速に電気自動車、とくにBEVが海外市場で売り上げを伸ばしてくるとは予想していなかったのであろう。

EVの製造コストで最も大きな比率を占めるのは車載電池だ。それが1kWh(キロワット時)当たり100ドル(1万3000円)を切れば、電気自動車は(政府からの補助金抜きで)従来のガソリン車に対抗できる価格になり、一般消費者に広く受け入れられるようになる。業界関係者の間では、それが訪れるのは2025年ごろと見られてきた。

このころに照準を合わせて電気自動車の開発・量産化を進めれば十分間に合う―――そう日本メーカーの関係者は考えたのかもしれないが、実際にはそれよりだいぶ早くEVは本格的な普及段階に突入してしまった。

ちなみに現在の車載電池は資源価格の高騰もあって、1キロワット時当たり約160ドルと2021年の105ドルから大幅に上昇しており、これがテスラなど電気自動車の値上げにつながった。しかし、それでも欧米の消費者は「われ先に」とメーカー各社のEV購入予約リストに名を連ねている。

ただ、日本勢が出遅れた根本的な理由は、そもそも自動車の完全電動化には乗り気でなかったということだろう。

トヨタをはじめ日本メーカーは、これまで(PHEVも含め)ハイブリッド車で世界市場を席巻してきた。そこからすぐに電気自動車に移行するよりは、ハイブリッド車の時代をできる限り後ろまで引き延ばし、この分野への巨額投資を十分以上に回収したいというのが本音だった(実際、ハイブリッド車の市場は2027年ごろまでは引き続き成長すると見られている)。

逆に欧米メーカーや中国勢はハイブリッド技術の開発競争で日本勢に敗れたので、この技術に未練がない。むしろ世界的なグリーン経済化の潮流に乗って、なるべく早いうちからEVシフトを図ることのほうが中長期的には得策と考え、政府もそれを支援したのである。

とくに、ドイツのフォルクスワーゲン(VW Group)のスタンスは日本メーカーと対照的だ。同社はかなり以前から5年計画で5兆円以上を投じて、「ID(Intelligent Design)シリーズ」と呼ばれるBEVの開発・商品化を進めてきた。しかし当初は車載ソフトの不具合等から、「IDシリーズ」の売れ行きは伸びなかった。

そこでフォルクスワーゲンは、それまでのハードからソフト中心の開発体制へと移行するなど根本的な組織改革を図った。これにより2020年9月に発売された「ID.4」は2021年の「World Car of the Year」に選ばれるなど高い評価を受け、売れ行きも好調。世界のEV市場で首位を走るアメリカのテスラに十分対抗できるまでに成長した。

「EVはエコカーとは言えない」と主張し続けてきたが…
これら欧米メーカーにとって、EVシフトには「脱炭素化や環境に優しいグリーンエネルギーへの転換」という大義名分がある。これに対しトヨタなど日本メーカーは、長年「EVは決してエコカーとは言えない」と主張し続けてきた。

アメリカや中国、日本では、EVに供給される電力の少なくとも6割以上が火力発電で賄われる。いくらクルマを電動化したところで、それに電力を供給する発電施設などが化石燃料に依存し続ける限り、EVシフトは一種の偽善に過ぎない。また、電動化によって奪われる自動車業界の雇用にも配慮しなければならない、というのである。

また「車載電池に使われるリチウムやコバルトなど資源の過剰採掘が、新たな環境破壊や採掘労働者の健康被害を引き起こす」との指摘もある。

確かにEVには、そうした暗い側面が潜んでいる。しかしクルマの電動化へと向かう世界の潮流にはもはや、あらがい難い。かつて1980年代まで世界市場を席捲した日本の総合電機メーカーは、その後のインターネット・ブームに乗り遅れて存在感を失っていった。今、日本の自動車メーカーがその轍を踏まないためには、予想以上に早く訪れた世界的EVシフトへの迅速な対応が求められている。


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