福島原発、処理水の「海洋放出」へ最終段階

福島原発、処理水の「海洋放出」へ最終段階 工事は完了、IAEAも「国際基準に合致」のお墨付き だが、地元の反対、周辺国の懸念も強く...「夏」開始は実現されるか?

2023年07月17日11時45分

  東京電力福島第一原子力発電所(福島県)の汚染水を浄化した処理水の海洋放出開始に向け、事態は最終段階に差し掛かった。必要な工事の完了、国際原子力機関(IAEA)による「お墨付き」などの手順が着実に進んでいる。

  ただ、地元漁業者らの反対は根強く、岸田文雄首相はどの時点で、どのように決断するのか、予断を許さない。

  海から臨む福島第一原子力発電所

海から臨む福島第一原子力発電所
トリチウムを含む「汚染処理水」の保管タンク、24年2~6月ごろには満杯に

  J-CAST 会社ウォッチも「福島原発、処理水の『海洋放出』問題...海底トンネル工事始まるも、得られていない『地元理解』」(2022年8月15日付)などで報じてきたが、福島第一原発1~3号機では、溶け出した燃料を冷却するため、水と地下水が混じり合った高濃度の放射性物質を含む「汚染水」が日々発生している。

  東電は多核種除去設備「ALPS(アルプス)」で放射性物質の濃度を下げている。だが、ALPSで除去できない「トリチウム」という放射性物質が含まれているため、原発敷地内のタンクに保管している。これが、「汚染処理水(処理済み汚染水)」で、政府・東電は「処理水」、反原発派などは「汚染水」と呼ぶ。

  タンクはすでに1000基以上(容量は計約137万トン)がある。トリチウム以外の物質を除去していないものも含め、容量の98%(6月末時点)が埋まり、2024年2~6月ごろに満杯になる。

  これ以上のタンク増設は廃炉作業に支障が出るとして、政府は21年4月、海洋放出の方針を決定し、7月にはIAEAとの間で安全検証を実施することで合意した。

  これを受け、8月に東電が沖合1キロから海洋放出する計画を発表し、22年8月に海底トンネルなど関係施設の建設に着工した。政府は放出開始を「23年春から夏ごろ」との方針を示していた。

  除去できないトリチウムについては、放出前に処理水をさらに海水で薄め、濃度を国の基準の40分の1(1リットルあたり1500ベクレル)未満にしてから放出する。これは世界保健機関(WHO)の飲み水の基準(同1万ベクレル)の7分の1で、政府・東電は安全性に問題はないと強調する。
政府との合意に基づく報告書...人や環境への影響「無視できるほど」 政府、風評被害対策、漁業継続支援に基金

  こうして、放出に向け着々を実績が積み上げられ、東電のトンネルなどの工事がこのほど完了した。原子力規制委員会は7月7日、使用前検査を終えたことを示す「終了証」を東電に交付し、放出にゴーサインを出した。

  これより前、IAEAは政府との合意に基づく報告書をまとめ、放出計画について人や環境への影響は「無視できるほど」として、「国際基準と合致する」と結論づけ、7月4日には来日したIAEAのグロッシ事務局長が岸田首相に報告書を手渡した。

  5日、グロッシ事務局長は政府と福島県の地元関係者との協議の場にも出席した。同原発にIAEAの事務所を開設するとして、「IAEAは、処理水の最後の一滴が安全に放出し終わるまで、福島にとどまる」と述べ、政府を側面支援した。

  こうした手続きを踏まえ、政府、つまり岸田首相が、いつ放出を決断するか、という段階にさしかかっている。

  そこで問題になるのが、国内外の理解、納得だ。

  まず国内。政府と東電は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して「関係者の理解なしに、いかなる処分(海洋放出)もしない」と文書で約束している。

  福島県漁連は東電の工事完了を受け、6月30日の総会で、「(海洋放出に)反対であることはいささかも変わらない」とする特別決議を全会一致で採択した。

  全国漁業協同組合連合会(全漁連)も6月22日の総会で改めて、海洋放出反対の特別決議を全会一致で採択している。福島県に近い宮城、茨城両県のほか、海産物を輸出する北海道の漁業者の反発も根強い。

  そうしたなか、政府は海洋放出の風評被害対策として300億円、放出後の漁業継続支援として500億円の基金を設置した。東電も2022年末に、海洋放出による風評被害に対する賠償基準を公表している。

  渡辺博道復興相は7月4日の閣議後記者会見で、改めて「安全性について国民や地元の方々をはじめとして理解が進むように説明を尽くしたい」と述べた。
韓国は容認、中国は反対、太平洋の島嶼国は反応分かれる IAEAグロッシ事務局長、周辺国に報告内容の説明行脚

  他方、中国や韓国、太平洋の島嶼国など、海外の反対や懸念の声も根強い。

  韓国では7月7日、海洋放出計画について韓国政府としての報告書を公表し、「計画が守られれば、IAEAなどが示す国際基準に合致すると確認した」と言明。海洋放出による韓国海域への影響はほとんどないとの認識も示し、海洋放出を事実上、容認した。

  もっとも、この間の尹錫悦(ユンソンニョル)政権による日韓関係改善の動きに合致するものとの見方もあり、革新系野党「共に民主党」が海洋放出に強く反対しているだけでなく、世論も「放出反対」が多数を占めるなど、先行きは不透明感が払しょくできない。

  中国は、米中対立に伴う対日関係の冷え込みもあって、強く反対。外務省の汪文斌副報道局長は5日の定例会見で、放出計画には中国の庶民が強い関心を寄せているとしたうえで、「(放出に踏み切れば)中国は海産物などの輸入検疫を強化する」と述べた。

  太平洋島嶼国の反応も分かれる。

  パラオのウィップス大統領は6月の訪日時、海洋放出への理解と支持を表明にした。しかし、太平洋の18か国・地域で構成する地域協力機構「太平洋諸島フォーラム(PIF)」のプナ事務局長は6月下旬、「この問題で共通の理解に至るにはさらなる対話が必要だ」とする声明を発表し、意見が割れていることを示唆した。

  IAEAのグロッシ事務局長は離日後、韓国、クック諸島、ニュージーランドを訪問して報告内容を説明の行脚を続ける。これも、市民レベルを含めて、海洋放出への理解が十分に広がっていないがゆえのことだろう。
科学的な評価は問題なくても... 子孫の代を思い、不安感

  国内外の反応は、「安心と安全」と言われるように、科学的な議論と、不安感などが絡んでいる。

  IAEAは、国際的に原子力を推進する組織。それだけに、反原発派は今回の報告書も、日本政府と一体になって原発を動かしていく動きの一環ととらえ、「IAEAの報告書は、汚染水の海洋放出を正当化するものではなく、放出設備の性能やタンク内処理水中の放射性物質の環境影響などを評価したに過ぎない」(NPO法人原子力資料室)などと、政府がIAEAを「お墨付き」として放出に動くことをけん制している。

  ただ、IAEAの報告書が科学的な根拠を示して論じているのは確か。こうした議論では、反対論に疑問符が付くことも多い。

  たとえば、トリチウム自体は、実は、世界の原発でも完全除去できず、大量に海洋に放出されている。福島第一原発の場合は、事故前は年間2.2兆ベクレル排出しており、今回の放出計画では年間22兆ベクレルに増える。

  ただ、たとえばカナダ・ダーリントン原発は190兆ベクレル、中国広東省・陽江原発は112兆ベクレル、韓国・月城原発も71兆ベクレル(いずれも2021年)など、福島の計画をはるかに上回る量を排出している。

  「日本は世界の海洋環境や公衆の健康を顧みない」(中国共産党機関紙「人民日報」)などの批判が、多分に政治的なものだと考えられる由縁だ。

  もっとも、廃炉作業の見通しが全く立たないなか、処理水の放出は数十年、あるいはそれ以上かかると見込まれている。「海洋放出が始まってしまえば半永久的に続き、子孫の代が福島で漁を続けていけるのか心配だ」(福島の漁民)といった不安の声が出るのも、また当然だろう。

  科学的な視点でも、「海にすむ生物が体内に取り込むことによる『生物濃縮』の可能性は専門家でもわかっていない」(大手紙科学部デスク)。さらに、「過去に何度も隠蔽やデータの改ざんをしてきた東電の提供するデータを安全監視の根拠にするべきではない」(中国外務省の汪副報道局長)との指摘は、日本にとって耳の痛いところだ。
「海洋放出」開始時期、「夏」にこだわるのは選挙への思惑か 岸田首相の決断は?

  だが、海洋放出するという政府の意思が変わることはない。

  時期については、「海水浴シーズンは避けた方がいい」との山口那津男・公明党代表の「不規則発言」もあったが、政府として「夏」にこだわり続ける。8月末~11月にかけ、岩手、宮城、福島の知事選や県議選が予定され、海洋放出が争点化しないよう、早めに実施したいとの思惑が取り沙汰される。

  岸田首相は秋の解散・総選挙を視野に入れているとされる。これも、選挙に影響を及ぼさないよう、早期に放出したい理由になる。一方、世論が反発して内閣支持率に響くようだと、秋の解散が遠のくとの観測もあり、「それらの要素を総合的に判断して、首相が時期を決断することになる」(全国紙政治部編集委員)。

  いずれにせよ、「地元の理解」のハードルは高いまま。漁協が受け入れる見通しが立たないなか、どう反発を最小限にとどめて押し切るのか。シナリオはなお闇の中だ。(ジャーナリスト 岸井雄作)


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