10年後には英国で「のぞみ」が走る…

10年後には英国で「のぞみ」が走る…鉄道王国イギリスの新幹線計画を日立が落札できたワケ

「バイモード車両」という技術的革新
PRESIDENT Online

   さかい もとみ

長距離路線が「すっかり新しくなって快適」

「遠くに行く電車がすっかり新しくなって。Wi-Fiや充電プラグもあるし、これなら安心してどこへでも行けるわ」

11月のある日、筆者が住むロンドンからスコットランドへ列車で向かった折、乗り合わせた英国人女性からそう話しかけられた。英国の人々が「乗っている電車は日本がルーツ」であることをどこまで知っているか分からないが、「電車が新しくて快適」と声がかかると日本人のひとりとして少なからず誇らしい気分になってしまう。

英国の長距離鉄道路線では、旧来の古い車両から日立製作所で作られた車両に次々と置き換えが進んでいる。3大幹線のうち2路線では日立製新型車への更新がほぼ完了、残りの1路線でも来年2022年には置き換えが始まる。

そして昨年12月、2029~33年の開通を目指す次世代高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」向け車両の発注先が英国運輸省から発表された。過去10年余りにわたって、英国の鉄道界で実績を積んできた日立がこれを落札した。米中の後塵を拝すようになったと言われる日本のモノづくりで新たな第一歩を記す、大きなトピックではないか。
2029~33年の開業を目指す次世代高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」の完成予想図
提供=日立製作所
2029~33年の開業を目指す次世代高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」車両の完成予想図
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「鉄道発祥の国・英国」に日本製の車両がどんどん導入納入されている実態を改めて紹介したい。
「この臭さはなに?」排気ガスが充満する駅

「この臭さは何なの? 今でもガソリン燃やして電車を動かしているわけ? イギリスって鉄道の故郷なのに、期待外れだわ」

5年ほど前のこと、日本から仕事でやってきたM子さんは、ロンドンの空の玄関・ヒースロー空港から市内のターミナルとなっているパディントン駅に着くなり、迎えに出向いた筆者にこう叫んだ。

確かに当時のパディントン駅では、出入りする長距離列車はもとより、ヒースロー空港行きのシャトル列車以外はすべてディーゼルカー(気動車)で埋め尽くされていた。つまり、燃料を燃やして走る古い車両が行き交う、排気ガスの臭いが充満するひどい場所だった。

すっかり気分を害したM子さんに「燃料を燃やして走る列車は、そもそも電車とは言わないんだけど……」と説明してもむなしい。同駅の片隅に置かれている英国発祥の絵本『くまのパディントン』の銅像を見せたら、「ああ、ここで映画を撮ったのね」といくらか機嫌が戻ったが……。

さて、英国の鉄道インフラは、欧州大陸の主要国と比べたら格段に古くて、ひどい。フランスでは、世界で1、2を争う速さの「TGV」が30年も前から走っているし、ドイツやイタリア、スペインなどの各国では、新幹線のような専用の線路を走る高速列車のネットワークが広がっている。

れんが造りの駅舎や手旗式信号もまだまだ健在

一方の英国ではどうだろうか。40年ほど前から、時速200キロを超える列車が在来線をかっ飛ばしているが、主要都市間を結ぶ新幹線のような高速鉄道専用線はいまだに存在しない。かろうじて、欧州大陸との直通列車「ユーロスター」が走るロンドン―英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)間が「ハイスピード・ワン(HS1)」という高速専用線として整備されている程度だ。
HS2の完成予想図。白地に青い線の塗装が東海道新幹線の「のぞみ」を感じさせる
提供=日立製作所
HS2車両の完成予想図。白地に青い線の塗装が東海道新幹線の風情を感じさせる

訪英する日本人観光客は「ハリー・ポッターに出てくる駅が実際に使われているとは!」と喜んでくれるが、多くの駅舎が19世紀にできたれんが造りだったり、線路のインフラが見るからに古かったりと、「新しいものが良いもの」と考える若い世代にはあまり自慢できるものではない。

なぜこうしたことが起きているのだろうか。英国では、19世紀初期に蒸気機関車(SL)が発明されてから100年ほどの間に、基本的な鉄道ネットワークが完成した。保守点検の基準は19世紀から大きく変わっておらず、「使えるものは使い続ける」という考え方だ。結果、物持ちの良い鉄道マンたちのおかげで“歴史ある鉄道インフラ”を使い続けることができた。

地方路線に行くと、特急の運転士が手旗式の信号を確認しながら、時速160キロを超えるスピードで走り抜けたり、ローカル線では係員の目視でレールのポイント交換が行われたりしている。

車両についても同じようなことが言える。近距離路線では新しい技術を搭載した車両更新が行われる一方、車齢40年を超える車両が「イギリス最速の列車」としてつい数年前まで最前線で働いていた。パディントン駅にやってきたM子さんは、この古い車両の排気ガスを思いっきり吸わされてしまったわけだ。
日本の新幹線を作った日立が請け負う

英国政府もこうした前近代的な鉄道インフラや車両をどう更新していくか、頭を悩ませていた。そこで、主要幹線の長距離列車で使われている老朽化が激しい車両を置き換えるべく、「インターシティ・エクスプレス・プログラム(=IEP、都市間高速鉄道計画)」と銘打ち、実現に向けて政府内で調整、メーカー各社に入札を求めた。

それに手を挙げたのが日立製作所だ。日本の新幹線車両を過去50年以上にわたって製造してきた実績を引っ提げ、2012年7月、IEPに使われる車両「クラス800シリーズ(以下、シリーズを略す)」(122編成、計866両)を英国政府から受注した。


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