コンゴ民主共和国

(~) コンゴ民主共和国

コンゴ民主共和国

通貨コンゴ・フラン

国情報

コンゴ民主共和国

英語による名称Democratic Republic of the Congo
首都キンシャサ
独立年月1960年6月
主要言語仏語、キコンゴ語、リンガラ語
面積(1,000平方キロ)2345
人口(100万人)※30
通貨コンゴ・フラン

1 面積
234.5万平方キロメートル

2 人口
9,901万人(2022年、世銀)

3 首都
キンシャサ

4 民族
部族の数は200以上、大部分がバントゥー系

5 言語
フランス語(公用語)、リンガラ語、スワヒリ語、チルバ語、キコンゴ語等

6 宗教
キリスト教(80%)、イスラム教(10%)、その他伝統宗教(10%)

7 略史
年月 略史
1908年 ベルギー
1960年 ベルギーより独立(コンゴ共和国)、コンゴ動乱
1965年 モブツ政権成立(クーデター)
1971年 ザイール共和国に国名変更
1990年 複数政党制導入
1996-97年 第一次コンゴ内戦
1997年 ローラン・デジレ・カビラ大統領就任、
モブツ大統領国外逃亡、
国名変更(コンゴ民主共和国
1998年 第二次コンゴ内戦発生
2001年 ローラン・デジレ・カビラ大統領暗殺、
息子のジョゼフ・カビラが大統領職を後継
2002年 プレトリア包括和平合意
2003年 暫定政権成立(内戦終結)
2005年12月 憲法草案に対する国民投票
2006年2月 新憲法公布
2006年 大統領選挙、国民議会選挙実施、ジョゼフ・カビラ大統領就任
2011年12月 大統領選挙、国民議会選挙実施、ジョゼフ・カビラ大統領再選
2018年12月 大統領選挙、国民議会選挙、州議会議員選挙実施
2019年1月 チセケディ大統領就任
2023年12月 大統領選挙、チセケディ大統領再選

コンゴ民主共和国
ベルギー領コンゴからルムンバらの指導で1960年に独立。初めコンゴ共和国として独立したが、内紛にベルギーアメリカなどが介入し、コンゴ動乱となった。65年にモブツ独裁政権となり、71年にザイールに国号変更、1997年に現行の国号となったが、豊かな地下資源を巡り、紛争が続いた。

コンゴ民主共和国 GoogleMap

・旧ベルギー領コンゴで、広大なコンゴ川(ザイール川)の左岸流域、コンゴ盆地を含む大国。首都はキンシャサ(旧レオポルドビル)。公用語はフランス語。
 14~19世紀にコンゴ王国が繁栄していた。まず15世紀からポルトガル人が進出、ついで19世紀後半にベルギーのレオポルド2世がスタンリーにコンゴ川流域を探検させて、現地の首長と貿易独占条約を締結して植民地化した。レオポルド2世はついでコンゴ国際協会の管理という形とし、1884~5年のアフリカ分割に関するベルリン会議において領有が認められると1885年4月にコンゴ自由国とした。その実態はベルギー国王レオポルド2世の私有地であり、そのもとで過酷な現地人への収奪が行われ、国際的な非難が起こり、1908年8月にはベルギー政府が直轄するベルギー領コンゴとした。
独立と内戦

 第二次世界大戦のアジアアフリカにおける民族運動の高まりの中で、1958年からルムンバらに指導された独立運動が始まり、1960年のアフリカ諸国の一斉独立とともに、1960年6月30日にコンゴ共和国として独立を達成した。しかし、ベルギーは南部カタンガ州の分離運動を煽動し、それに乗じて南部で反乱が始まり、1960年7月、コンゴ動乱に突入した。ルムンバは国際連合に支援を要請したが、国連はベルギーアメリカと共に分離勢力を支持したため消極的であった。そのためルムンバはソ連に急接近し、それを警戒するアメリカは、軍のモブツ将軍を動かしてクーデタを起こさせ、モブツはルムンバを逮捕、殺害した。内戦は背後の米ソの支援もあって長期化し、5年も続いた。
モブツ政権、ザイールに国号変更

 1965年にモブツ将軍は軍事クーデターで実権を握り、アメリカの支援を受けて独裁的な政権を打ち立て、1971年には国名をザイールに変更した。ザイールはコンゴ川のことで、1482年にポルトガル人がギニア湾を航海して初めてこの地に来たとき、大きな川の河口にであい、現地人に川の名前を聞いたところ、「ンゼレ」とか「ウザディ」と答えたのを聞いた。そこから「ザイレ」と名づけられ、それがザイールとなったという、古い由緒のある地名だった。モブツはさまざまな改革に取り組み、国号を改称しただけでなく、通貨の名称も変えたが、この時川の名前も「ザイール川」に変えられた。
再度の国号変更

コンゴ民主共和国国旗
コンゴ民主共和国国旗 ザイール共和国のモブツ政権は長期政権となる中で腐敗が進行し、人権抑圧も続いた。30年以上にわたって続いたモブツ独裁政権は、1997年5月、軍事クーデタによって突然倒され、ローラン=カビラが大統領となった。カビラ大統領は就任すると同時にまず国号を改め、コンゴ民主共和国とした。コンゴ川(ザイール川)を挟んだ隣にはフランス植民地から独立したコンゴ共和国(1969年にコンゴ人民共和国と改称し、1991年に戻った)からは、無用の混乱を招きかねない国名変更であると苦情がでたが、国号変更は強行された。これによって、コンゴ民主共和国(旧ベルギー領コンゴ、首都はキンシャサ)とコンゴ共和国(旧フランス領コンゴ、首都はブラザビル)が併存するという現在の状況となった。
 コンゴ民主共和国ではその後も東北部でのルワンダウガンダからの軍事干渉が続き、カビラ大統領が2001年に暗殺され、その子ジョゼフが大統領となるなど、混乱が続いている。