守貞親王

守貞親王

もりさだしんのう
 1179-1223
父:高倉天皇の子

[1179~1223]鎌倉時代の皇子。安徳天皇の異母弟。平家に育てられたが、平家滅亡後は出家し、持明院宮と称した。承久の乱の後、子の茂仁(ゆたひと)が後堀河天皇として即位したため、自らは天皇として即位しなかったが、太上法皇として院政を行った。

守貞親王

  生没年:1179-1223
  父:高倉天皇
    後高倉院
  妻:北白河院 藤原陳子(父:権中納言 持明院基家)
    1194-1239 二品天台座主 尊性法親王
    1197-1251 式乾門院 利子内親王(斎宮)
    本子内親王
    1200-1245 押小路宮 能子内親王(斎宮)
    1206-1249 二品権大僧都 道深法親王
    1209-1283 安嘉門院 邦子内親王
    1212-1234 茂仁親王
  女:
    有子内親王


高倉天皇━━━守貞親王━┳━二品天台座主 尊性法親王
            ┣━式乾門院 利子内親王(斎宮)
            ┣━本子内親王
            ┣━押小路宮 能子内親王(斎宮)
            ┣━二品権大僧都 道深法親王
            ┣━安嘉門院 邦子内親王
            ┣━茂仁親王
            ┗━有子内親王


天皇家