中国に負けた日本の鉄道 同国受注「インドネシア高速鉄道」試運転成功に見る・・・

中国に負けた日本の鉄道 同国受注「インドネシア高速鉄道」試運転成功に見る、痛々しいまでの昭和的反応

「危ない」論拠は10年以上前の事故

およそ1週間の間、本番に備えた試運転は毎日繰り返された(画像:高木聡)

 読んでいて歯が浮くような気持ちになる――というのは、何かとつけて報じられる「中国の高速鉄道は危ない」という安直なメディアの論調と、それに追従する「ネトウヨ(ネット右翼)」たちによって書き込まれる大量のコメントである。

【画像】「えっ…すごい!」高速鉄道の試運転を行う「テガルアール駅」を見る(8枚)

 その論調の根拠は、東南沿海に位置する浙江省温州市で2011年7月に発生した高速鉄道の追突、脱線事故に至るわけだが、10年以上も前に発生した事故をさも昨日起きたように語っている。もちろん、事故の処理方法や当局の隠ぺい体質など、問題があったのは事実だ。しかし、肝心なのは

「事故の教訓がその後に生かされたかどうか」

である。

 事故は起きる。ましてや、短期間に急速な拡大を続ける中国の高速鉄道だ。特に2011年の事故は、落雷という予期せぬトラブルが引き金になっている。ただ、その後、これと同様の事故は発生していない。第一、中国の高速鉄道をさかのぼれば、

「日本の新幹線」

なのだ。

 その後、中国の高速鉄道は“雨後のたけのこ”の如く伸び続け、世界最長のネットワークを築き上げている。中国が世界一の鉄道大国であることは、いやが応でも認めざるを得ない。もし、中国の高速鉄道がそんなに危険ならば、少なくとも外国人は利用しないだろう。しかし、実際には在留邦人はもちろん、出張者に観光客、それに外交官など、政府関係者だって利用している。ここに「危ない理論」を持ち込むのは、無理筋というものだ。

 さて、2022年11月16日、20か国・地域首脳会合(G20)がインドネシア、バリで閉幕した。これにあわせ、インドネシアが現在中国とともに建設中のジャカルタ~バンドン高速鉄道の試運転を公開した。

 この公開試運転は、当初、習近平国家主席を招待し、実際に乗車してもらう予定だった。しかしながら、バリの会場からオンラインでつないで実施する、ライブ配信形式に変わった。すると、ここにも「中国の高速鉄道は危ない」論者が案の定現れたのだ。「安全性への危惧」から、習近平国家主席が乗車しなかったと言うのだ。

 習近平にとって、いわば自国の鉄道も同然である。まして、距離にしてわずかバンドン側の車両基地から約20km、最高時速80kmの試運転に対して、もし本当に危険性を感じているとしたら、自ら中国の鉄道技術が優れていないことを認めるようなものだ。これこそ笑止千万である。

試運転はなぜオンラインになったのか
バンドン側の始発駅であるテガルアール駅。周囲は田んぼだが、すでに民間デベロッパーに売却されている。さすがに当日の駅の周囲は警備が厳しく、カメラは出さない方が良いと案内してくれた住民に言われた(画像:高木聡)

 では、どうして試運転はオンライン方式になってしまったのか。それは、まず物理的に習近平がバンドン入りするのが難しかったからだ。今回、中国は政府専用機(B747)でバリ入りしており、滑走路距離約2200mのバンドン、フセイン・サストラネガラ空港で着陸はできても離陸が厳しかった。

 ちなみに、この空港は高速鉄道開業後、民間空港としての供用をやめ、同じく西ジャワ州にあるクルタジャティ国際空港に統合するという計画もあるくらい手狭な空港である。翌17日には、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に先行して、習近平はタイ、バンコク入りし、岸田首相と会談していることからも、いったんジャカルタを経由してから、陸路でバンドン入りというのも現実的ではない。

 試運転を11月16日の16時半頃から開始するのは、実地か、オンライン方式かが決定するだいぶ前に政府筋から漏れ聞こえてきていた。対して、G20の閉幕時間は15時30分。1時間でバリからバンドンに移動するには、そもそも無理がある。最悪、別の小型機材を用意し、試運転時間をやや繰り下げて対応という選択肢もないわけでもないが、日のある時間帯に走らせなければ意味がない。高速鉄道の成功は、国内向けにも格好のアピール材料である。日没後の試運転では、政府関係者の自己満足に終わってしまう。16時台での設定は、どうしても譲れなかったのではないか。

 次に、警備上の問題である。実は本番のおよそ1か月前の10月13日、ジョコウィ大統領は、試運転出発式典会場となるテガルアール駅を視察しており、試運転の模擬列車を走行させた。沿線住民を中心に多くのギャラリーが集まったが、その際、異様な光景が広がっていたという。庶民派として知られるジョコウィ大統領は、「会いに行ける大統領」の如く、遊説やイベントの際、人々の手が届くほどに接近することができるし、記念撮影にも応じてくれる。筆者(高木聡、アジアン鉄道ライター)も以前、ジャカルタでMRT(都市高速鉄道)開業式典に向かうジョコウィ大統領を真正面から堂々と撮影できたのには驚いた。

 ただ、今回はどうやら様子が違った。駅周辺はもちろん、沿線、跨線橋の上に至るまで、狙撃銃を構えた陸軍兵士、国家警察の治安部隊が張り付いたのだ。もはや、カメラを取り出せる状況ではなかったと住民は言う。

 実際、ネットやSNS上にも、政府の公式広報の写真以外、このときの試運転の様子は全くと言っていいほど見当たらない。これは明らかに習近平国家主席警備のための訓練である。しかし、沿線全域を完全に警備するのは無理がある上、予想外のギャラリーの多さに、警備には限界があると判断された可能性が高い。あるいは試運転列車をギャラリーに撮影させ、拡散させた方が良いと考えたか、である。

平穏無事に終了したイベント
試運転に合わせ集まったギャラリーたち。中にはジョコウィや習近平が乗っていると勘違いしている人も(画像:高木聡)

 ともあれ、公開試運転はオンラインでの実施になった。もちろん、オンラインとは言え、実際に試運転列車は走った。沿線各所、高速鉄道が見渡せるポイントは、黒山の人だかりである。習近平の乗車が無くなったことで、当日、沿線の警備はゼロとなり、撮影し放題になった。

 関係者からもらった式次第には、試運転列車は16時50分発車とあった。17時を過ぎれば、山がちの地形と言うこともあり、雲も湧いてだいぶ暗くなる。なんとか撮影に支障がないギリギリの時間設定である。ジョコウィ大統領と習近平国家主席らのオンライン参加は16時40分からで、それよりも先にテガルアール駅側では、リドワン・カミル西ジャワ州知事や、ディディック・ハルタンヨトKAI(インドネシア鉄道)社長ほか、関係者臨席のもと式典が執り行われ、彼らは事前に乗車して16時50分の発車を待っていた。

 16時40分過ぎ、バリの会場とテガルアール駅をつないだ中継は、YouTubeでもライブ配信が始まった。中国側からは国家開発委員会、ホー・リーフォン主任、インドネシア側からはルフット・パンジャイタン海事投資調整相がバリの会場から訓示を与え、それを受けて運転士ふたり(中国人とインドネシア人)が車内に乗り込み、16時50分過ぎ、試運転列車は滑るようにホームを出発した。

 ただし、出発後の映像は、事前に録画したものを編集して流しており、生中継ではなかった。時間帯も時間帯で、明るい映像にするには日中撮っておくしかなく、さまざまな角度から映し出したものを組み合わせるためにも、こればかりは仕方のないことだろう。それによりも、実際に走らせる必要のないものを、しっかりと走らせたことを評価すべきであろう。

 沿線のギャラリーたちは、本当に列車が走ったことを示す証人である。試運転列車は、テガルアール駅から約10km地点まで走って、すぐに折り返して戻って来た。1本目の試運転に乗りきらなかった関係者は、2往復目に乗車し、オンラインで習近平国家主席を招待し、試運転を走らせるという中国、インドネシア両国の威信をかけたイベントは平穏無事のうちに終了した。

 このライブ配信は11月下旬現在で再生数は30万回ほど。「バズり動画」とは言えないのかもしれないが、さらに、沿線住民が撮影した個人の動画もYouTubeやInstagramで大きく拡散されている。主要メディアが今回、バリ側、バンドン側ともに、式典会場に入っていないという点も留意しておきたい。

 また、ライブ配信動画は加工、編集されて中国メディアの報道でも大きく使われている。こうしてみると、「危ないから乗らない」どころの話ではない。習近平がわざわざ乗るまでもなく、オンラインで実施した方がよほどうまみがあったと言わざるを得ないのではないか。

今こそ「コペルニクス的転回」を
橋の上からテガルアール駅を望む。シーサスポイントを使わない不思議な配線をしている(画像:高木聡)

 何でも実地にこだわり、閉鎖的空間で身内の自己満足の如く執り行われる日本式セレモニーとは正反対であるし、そういう

「昭和脳」

があるからこそ、オンライン試運転を針小棒大に攻撃し、同調するやからが出てくるのだろう。残念ながら、SNS活用という面で、日本はインドネシアや中国に圧倒的に引き離されている。仮にそれが、プロパガンダ的に使われているとしても、だ。

 過去の栄光にしがみつき、「日本の技術は最高だ」と声高に叫び、あわや東南アジアの盟主ですらあると勘違いしてる昭和的な自称「愛国者」たちが、皮肉にも国力をそいでいる。

 今回の事例で言えば、

・安全な新幹線
・危険な高速鉄道

という、二項対立的な思考停止である。安かろう悪かろうのメイド・イン・チャイナの時代など、とうに終わっているし、そもそも中国産品抜きに日本の生活など成り立たないにも関わらずである。

 そして、それに勝つべく新たな戦略が全く生まれてこない。壊れたテープレコーダーの如く、安心・安全・高品質と繰り返すだけ。結果、中国に負けたのである。中国側は政府による債務保証を求めず、それから何より高速鉄道の技術移転をインドネシア側に認めたのだ。日本には絶対にできない提案をしてきた。同額か、より高くとも中国案の方が魅力的に映るのも無理はない。

 そもそも、国家プロジェクトにも組み込まれず、時期尚早としてインドネシア側が全く乗り気でないなかで、日本はかたくなに新幹線を押し売りしていた。客は“穴子ちらし”を食べたいのに“うな重”を売りつけていたも同然だ。そこに突如、“ジャワうなぎ”を扱う業者Xが現れて、そちらが売れてしまった。そして、困ったことに思考停止したうなぎ屋の頑固オヤジは、うな重がどうして売れなかったのか、いまだに気づいていない。その間に、業者Xはどんどん売り上げを拡大していく。

 もはやコペルニクス的転回なしに、このうなぎ屋の生き残る術はない。安直な中国、インドネシア批判はそういった危険性をはらんでいるのである。

高木聡(アジアン鉄道ライター)

  • 中国が建設するインドネシア高速鉄道で脱線事故 事故車両にカバーかけ証拠隠滅? 12/21(水) 19:26配信 371 コメント371件 ニューズウィーク日本版 日本との競争入札で中国が受注した高速鉄道。半年後の完工目指す工事に新たなトラブルが...... 事故を起こした車両にはカバーがかけられ、証拠隠滅との声も…… インドネシア政府が鳴り物入りで建設中の高速鉄道の工事現場で12月18日、工事車両が脱線転覆。作業中の中国人労働者7人が死傷する事故が起きた。【大塚智彦】 【動画】中国が工事するインドネシア高速鉄道の事故現場 首都ジャカルタと西ジャワ州州都バンドンの間143キロ間を45分で結ぶ高速鉄道は、中国が落札してインドネシア・中国のコンソーシアム(KCIC)による建設が進んでいる。今回の事故は西バンドン工区で起きたが運輸省は原因解明までの間全ての工事を中断するようにKCICに求めた。 地元マスコミの報道などによると、12月18日午後、線路敷設用の工事車両がすでに敷設された線路上を走行中に何らかの理由で未敷設区間に乗り出して脱線、転覆したとみられている。 この事故で工事車両に乗車して作業中だった2人が死亡、5人が負傷して近くの病院に搬送され手当を受けている。全員が中国人労働者だったという。 <習近平がオンライン視察> この高速鉄道は2015年の入札時に安全性を前面に出した日本と低コスト、短期工事を打ち出した中国の競争となったが、インドネシア側が入札条件を突然変更するなど紆余曲折を経て中国が落札した経緯がある。 その際日本が提出した「実現可能性調査(フィージビリティスタディ)」が中国側に漏れ、中国側が若干の手直しをしてインドネシア側に提出したとの疑惑が指摘された。 インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は安全性を強調した日本より「インドネシア側に国庫負担を求めない」「短期間での工事完成」「中国を強力に推す閣僚の存在」などから中国受注を決めた。 しかし実際に建設工事が始まると用地買収が難航したほか、騒音や洪水、地滑りなどのトラブルが噴出して2019年の完工時期は遅れに遅れ、現段階では2023年6月の完工予定となっている。 KCICは今回の脱線事故による完工時期の遅れはない、としている。 11月にバリ島で開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20首脳会議)に出席した中国の習近平国家主席をインドネシア側はジョコ・ウィドド大統領と一緒に高速鉄道の完成した区間を試乗する計画を抱いていたものの中国側から断られ、バリ島からの両首脳によるオンライン視察が11月16日に行われたばかりだった。 <膨らむ安全性への懸念> 中国側は自ら受注したものの、高速鉄道の安全性には疑問を抱いているとされ、2023年6月の完工時に再びジョコ・ウィドド大統領は習近平国家主席を招待して、共に試乗して開業を祝うことを計画しているとされるが、今回の事故の影響が懸念されている。 事故原因は現在解明中だが、脱線転覆事故で死傷者まで出していることから、高速鉄道そのものへの安全性にインドネシア国民が不安を抱くことは間違いないだろう。 中国は当初「インドネシアの国庫負担を求めない」としていたが、工事の遅延やコロナ禍による工事一時中断などから建設費用が膨れ上がり、2021年11月にはついにインドネシアが約4.3兆ルピア(約357億円)の国庫投入に踏み切らざるを得なくなり、工期は遅れるわ環境問題が浮上するわ国庫を投入するわなど「踏んだり蹴ったり」の状況にあるといわれている。 証拠隠滅の懸念 さらにインドネシア政府は高速鉄道の終点でもあるバンドンから北部沿岸部を走る在来線(高速化に日本が協力)について、日本に対して「バンドンからさらに延伸して北部沿岸の在来線と結ぶ計画への参入」を示唆。日本は技術的に困難(狭軌と広軌の違い、中国建設区間とでは安全基準が異なる)であるとの理由で拒絶する姿勢をみせている。 日本側には「何をいまさら」との思いがあることにインドネシア側は思い至らないのだろうとの見方が有力だ。 <事故原因捜査で証拠隠滅への懸念> 12月19日、インドネシア警察は死傷した中国人労働者の全員の身元を明らかにするとともにすでに18人の事故目撃者を確保しており、目撃証言なども参考にして事故原因の調査に着手したことを発表した。 インドネシア運輸省は国家運輸安全委員会とも協力して「なぜ線路が完成していない区間に作業車両が進入する事態になったのかを中心に事故原因の究明にあたる」としたうえで当面の間全ての工事の中止をKCICに求めた。 警察は場合によってはKCICなどの関係者を呼んで直接事情聴取をする必要性も出てくるとして、事故原因調査には一定の時間がかかるとの見方を示している。 公開された脱線転覆事故の現場では事故車両にカバーをかける作業が行われており、中国人労働者による事故だけに「証拠隠滅」の可能性も指摘されている。 中国は2011年7月に浙江省温州市で起きた高速鉄道の高架上での追突脱線事故で高架下に落下した車両を事故後24時間が経過する前に穴に埋めてしまい「事故原因の調査が始まる前に証拠隠滅を図った」と批判されたことがある。 さらに2019年12月には広東省広州市の地下鉄建設工事現場で道路が突如陥没、通行車両2台が落下した。計3人が車両と共に埋まってしまったが、安否確認も行わずに当局はコンクリートを流し込んで陥没を塞いでしまった。これも「事故原因の隠蔽」とされた。 こうした「実例」が過去にあるだけに、中国側による今回の高速鉄道事故の「隠蔽工作」への懸念が出ているのだ。 この高速鉄道計画は中国の習近平国家主席が進める「一帯一路」構想の一環とされ、インドネシア政府は中国の思惑に乗せられた形となっているが、一連の問題続出によって「中国への受注を最終的に決断」したジョコ・ウィドド大統領への風当たりが強くなっている。 -- 中国が建設するインドネシア高速鉄道で脱線事故 2022-12-23 (金) 14:15:01

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