【スマホ4社戦争に新局面】「無制限プラン」で3メガより圧倒的に安い「楽天モバイル」はなぜ契約者数を伸ばせなかったのか

8/31(木) 16:16配信
マネーポストWEB

楽天モバイルが苦戦した理由とは?(楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史氏/時事通信フォト)

 2020年に「第4の携帯キャリア」として参入した楽天の苦境が連日報じられている。8月10日に発表された楽天グループの2023年12月期の第2四半期決算は1399億円の赤字となったからだ。だが、楽天は本当に“経営危機”に瀕しているのか。楽天グループと三木谷浩史社長の内情に迫った新著『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』を上梓したジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。【前後編の前編。後編を読む】

【写真】「携帯ネットワークの完全仮想化」というイノベーションにも挑戦する楽天モバイル

 * * *

3メガが楽天モバイル潰しに

 8月28日午後3時過ぎ、楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史はSNSの「X(旧ツイッター)」でこう呟いた。

〈楽天モバイル。昨日、契約者数が『500万回線』に到達致しました〉

 様々なメディアで苦戦が報じられている楽天モバイルの加入者数が増勢に転じた。楽天モバイルは「3メガキャリア」と呼ばれるNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクに挑戦すべく、自前の通信回線を持つ「第4のキャリア」として2020年春にサービスを開始した。

 サービス開始当初、「最初の1年間は無料」「月のデータ使用量1ギガ未満なら無料」など各種キャンペーンで一気に490万回線近くまで伸ばしたが、キャンペーンをやめた途端、解約が相次いだ。楽天モバイルが苦戦したもう一つの理由は、3メガが「楽天モバイル潰し」を狙った新プランを相次いで導入したからだ。

 ドコモが「ahamo(アハモ)」、auが「povp(ポヴォ)」、ソフトバンクが「LINEMO(ラインモ)」といった新ブランド、新プランで応戦した。携帯電話の料金プランはただでさえ複雑で、一般のユーザーにはどこが安いのか分かりにくかったが、そこに新プランが加わったことで、分かりにくさが増した。一体どこが安いのか。

 携帯の料金は月々に使うデータの量によって変わってくる。動画やゲームで大量のデータを使う人は「無制限プラン」を選ぶが、3メガの「無制限プラン」は、ドコモが7315円、auが7238円、ソフトバンクが7238円。3278円の楽天モバイルが圧倒的に安い。

「ユーチューブで動画を、通勤・通学の電車でドラマを見る」ような使い方だと「月20ギガまで」のプランが経済的だ。ドコモのアハモが2970円、auのポヴォが2700円、ソフトバンクのラインモが2728円。楽天モバイルが2178円なので、ここでも楽天モバイルが最安値である。

「LINEやメールが中心でたまにユーチューブを見るくらい」だと「月3ギガ」で収まる。ここではアハモが2970円、ポヴォとラインモが990円。楽天モバイルは1078円である。整理すると3ギガ以下ならポヴォ、ラインモ、楽天モバイルがほぼ横一線。それを超えるデータ量なら楽天モバイルが圧倒的に安い。スマホのデータ使用量は毎年、確実に上がっている。そう考えると多くの人が楽天モバイルに乗り換えそうだが、まだその現象は起こっていない。

名ばかりの「無制限」を打破

 乗り換えを躊躇うのは、「楽天モバイルはつながりにくい」という情報が溢れているからだ。単なる風評ではない。筆者も2020年から楽天モバイルを利用しているが、都心のビルの奥や地下鉄での移動中、回線や映像が途切れた経験を幾度となくしている。

 楽天モバイルは世界の携帯電話会社がまだどこもやったことのない「携帯ネットワークの完全仮想化(高価な専用機器を使わずに通信する)」というイノベーションに挑戦している。それ自体は見事に成功し、世界初の商用化を成し遂げたのだが、いかんせん3メガに比べると基地局、アンテナの数が足りていない。

 しかも楽天モバイルが総務省から割り当てられた電波の帯域は1.7ギガヘルツ。3メガは遮蔽物を回り込み、つながりやすい「プラチナバンド」を持つが、楽天にはない。

 この弱点を補うため、2020年のサービス開始に合わせ、KDDIと「ローミング(回線の相互乗り入れ)契約」を結んだ。楽天側が数百億円単位の莫大な接続料金を支払い、楽天モバイルの電波が届かない場所ではKDDIのプラチナバンドを使わせてもらう、という契約だ。

 しかしこの契約には「東京23区、名古屋市、大阪市および局所的なトラヒック混雑エリアは除く」という制約があった。おまけに「データ使用量無制限」が売り物だったのに、KDDIの回線を使う場合、月のデータ使用量が「ギガ」を超えると通信速度が極端に落ちる仕組みになっていた。「無制限」は名ばかりだ。

 利用者はこうした状況を冷静に把握しており、「安いには安いけど、つながりやすさでは3メガに敵わない」という評価が定着した。これが楽天モバイルの契約数が伸び悩んだ最大の要因である。

 だが、冒頭で触れたように契約者が再び増え始めた。利用者は状況の変化に敏感に反応している。なぜ、一度離れたユーザーは「楽天モバイル」に戻ってきたのか──。

【スマホ4社戦争に新局面】楽天モバイルが「新ローミング契約」と「プラチナバンド」で反転攻勢 ついに「つながりにくい問題」解消へ
今年の秋以降、楽天モバイルに2つの追い風(時事通信フォト)

今年の秋以降、楽天モバイルに2つの追い風(楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史氏/時事通信フォト)
写真2枚

 2020年に「第4の携帯キャリア」として新規参入した楽天グループ。最近は連日のように苦境が報じられているが、楽天と三木谷浩史社長は本当に“経営危機”に陥っているのか。実は今、楽天モバイルは再び「契約者増」に転じている。反転攻勢に出られた理由とは――。『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』を上梓したジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。【前後編の後編、前編から読む】

 * * *

KDDIとの有利な「交渉」

 楽天モバイルにとって最大の変化は、6月にKDDIと結んだ「新ローミング契約」だ。新たな契約では前回の制約が外され、KDDI回線も「データ量無制限」になった。並行して楽天モバイルは利用者から「つながりにくい」と指摘される場所で基地局の建設を急いでいる。新ローミング契約と基地局の増加により、「この秋からは、つながりにくさがかなり解消されるはず」(楽天関係者)。

 敵に塩を送る契約になぜKDDIが応じたのか。それはKDDIにとってローミング収入が貴重な財源だからだ。当初の計画では契約打ち切りで、2024年3月期のKDDIの決算は600億円の減収になるところだった。

 楽天モバイルによる「価格破壊」で通信料の収入が減るなか、ローミング収入まで激減したのでは厳しい決算になる。このため楽天モバイルに有利な条件で新ローミング契約を結ばざるを得なかったと見られている。

 楽天モバイルにはもう一つ、追い風がある。9月以降に総務省が楽天モバイルにもプラチナバンドの割り当てを決めることが確定的なのだ。

「プラチナと言っても与えられる帯域が狭いので、3メガ(キャリア)ほど使い勝手は良くない」との指摘もあるが、楽天モバイル側は「帯域が狭くても契約者数1000万件程度までなら余裕で捌ける。プラチナバンドの獲得でサービスの質は大幅に向上する」と説明している。

 新ローミング契約とプラチナバンド獲得により、この秋以降、楽天モバイルの「つながりにくい問題」は大幅に改善される可能性が高い。「つながらない問題」があったため、楽天モバイルはここしばらく、派手な販促キャンペーンを控えてきた。

 だが、「つながる体制」が整えば、「楽天市場や楽天ポイントと連動したキャンペーンを大々的に打てるようになる」(楽天モバイル関係者)という。

迫る「8000億円」の償還期限

 ただ楽天グループにはもう一つの不安がある。資金繰りだ。参入当初、6000億円と見積もっていた設備投資は、すでに1兆円を超え、さらに膨らむ見通しだ。莫大な投資資金を捻出するため、楽天は凄まじいペースで社債を発行した。来年からはその償還期限が絶え間なく訪れる。その額は2024年、2025年で総額8000億円に上る。

 KDDIとの新契約も、同社のプラチナバンド回線を引き続き使うことで、自社ネットワークの設備投資をペースダウンしたい、という思惑がある。

 償還のピークを後ろ倒しにするため、社債の「借り換え」も検討しているが、そのためにはさらに契約者数を増やして金融市場の信頼を勝ち取る必要がある。株価も携帯事業に本格参入する前の半分以下に低迷しており、新株を発行する上でも投資家からの評価を高めなくてはならない。

 楽天グループの試算ではモバイル事業を単月黒字にするためには800万件程度の契約者が必要になる。今のペースで増え続ければ「年内には600万件が見えてくる」(楽天関係者)というが、800万件はまだ遠い。

 モバイル事業単独での黒字化が遅れれば、虎の子の「楽天カード」を上場して資金調達する必要に迫られるかもしれない。楽天モバイルの参入後、日本のスマホ料金は平均6400円から総務省の調査によると約2000円下がった。楽天モバイルユーザーだけでなく、多くの国民がその恩恵に浴したはずだが、1兆円のリスクを取った楽天・三木谷浩史の功績を認める声は多くない。

 三木谷は何を考えて無謀とも思える携帯事業への参入を決断したのか。その先にどんな未来を思い描いているのか。その三木谷がなぜ日本では嫌われるのか――。詳しくは拙著『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』を読んでいただきたい。

【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。ジャーナリスト。1988年早大法卒、日本経済新聞入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『流山がすごい』(新潮新書)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)など著書多数。最新刊『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)が8月31日に発売された。

※週刊ポスト2023年9月15・22日号

(出典等)

2024-04-09 (火) 10:18:32
&deco(gray,12){a:5 t:2 y:0};

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2024-04-09 (火) 10:18:32