そもそもトリチウムって何? ネット上のデマに惑わされないための「今さら聞けない原発処理水」Q&A

/31(木) 16:15配信
NEWSポストセブン

処理水の放出が始まった福島第一原発。敷地内には処理水を溜めたタンクが所狭しと並ぶ(時事通信フォト)

 8月24日、東京電力が原発処理水の海洋放出を開始すると、中国政府は日本産水産物を禁輸にし、福島の飲食店などには中国から嫌がらせの電話が殺到。さらにネット上では処理水に関する不確かな情報が飛び交い始めている。そこで、これまで議論されてきたことではあるが、改めて、トリチウムを含むALPS処理水(*)の海洋放出について、生物物理学や統計物理学などが専門の菊池誠・大阪大学サイバーメディアセンター教授にQ&A形式で訊いた。

【写真】海洋放出開始を受け「断固として反対し、強く非難する」と述べた中国外務省の報道官

【*注/福島第一原発の事故処理で生じる放射性物質が含まれる汚染水について、多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System=ALPS)などを使用し、トリチウムを除く63種類の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化した水のこと】
処理水中のトリチウムはもともと自然界にもある

【Q1】そもそも処理水に含まれる「トリチウム」って何?
【A1】水素の放射性同位体「三重水素」で、自然界にも存在する。

 トリチウム(三重水素)は水素の放射性同位体で、酸素と結合して水の分子として存在する。普通の水素は陽子1個と電子1個から成るのに対し、トリチウムは陽子1個と中性子2個、電子1個から成る。トリチウムの中性子は時間経過により崩壊し、このとき放射線(β線)を出して、放射能(放射線を出す能力)を失う。トリチウムの半減期は約12.3年で、これは約12.3年たつと半量が崩壊して放射線を出さなくなるということ。化学的な性質は、基本的に水素と同じである。

「処理水に含まれるトリチウムが問題になっていますが、トリチウムは自然界にも存在します。宇宙から降り注ぐ宇宙線(放射線)が大気中の酸素や窒素と衝突するときに生成され、地球上では年間7京ベクレルのトリチウムが生まれています。それが雨となって降るので、水道水にも1リットル当たり1ベクレル弱が含まれている。ですから、人の体のなかにもトリチウムは存在しています」(菊池教授、以下同)

 人間の体の水分量は60%くらいとされる。仮に体重が70キログラムの人なら水分は42キログラム(リットル)となり、体内に存在するトリチウムは40ベクレルほどになるはずだ。

 そもそも成人の体の中には、放射性カリウムや放射性炭素などがおおよそ7000ベクレルあるとされ、それらに比べればトリチウムははるかに少ない。また、空気中にはラドンやトロン(ラドンの放射性同位体)などの放射性物質が存在し、環境や食物などから人が受ける自然由来の被ばく線量は年に約2.1ミリシーベルト(日本の平均)とされる。トリチウムから出る放射線(β線)は非常に弱く、水中では10マイクロメートルほどで止まってしまうため、体への影響は極めて小さい。
処理水にはほかの放射性物質も含まれている?

【Q2】トリチウムは生物濃縮されるのではないか?
【A2】トリチウムは水の形で存在するので、生物濃縮はされない。

 放射性物質のストロンチウム90は、骨に集まりやすく、体内に長く残る。では、トリチウムは人体の中で生物濃縮するのか。

「トリチウムは単独で存在するのではなく、水(H2O)のHと置き換わる形で存在し、水と同じように振る舞います。人や動物の体の中で水は循環しているので、特定の部位に偏在することなく、均一に分散し、いずれ排出されます。ですから、生物濃縮は起きません」

 もし生物濃縮するなら、そのしくみを応用してトリチウムを除去できるはず。普通の水と同じように振る舞い、生物濃縮もしないせいで、除去が困難なのだと言える。

【Q3】トリチウム以外の放射性物質はすべて測定されているわけではない。だから、処理水には残っているのではないか?
【A3】ゼロではないが、ALPSによって海洋放出の規制基準を下回るまで除去されている。

 処理水に含まれる放射性物質については、64種類を測定しているが、すべて測定しているわけではない。それをもって、測定されていない放射性物質が処理水には残っているから放出はダメだと主張する人がいる。では、なぜすべて測らないのか。

「ものすごく微量なものは測っていないというだけのことです。個別には測っていませんが、トリチウムを除くすべての放射性物質を含めた総和で、処理水を毎日2リットル飲み続けてもそれによる年間の内部被ばく量が1ミリシーベルトに達しないくらいにまでALPSで放射性物質を除去しています。そのうえで、トリチウムは除去できないので、100倍以上に水で薄めて海洋放出する。海水でさらに希釈されることになります。ですから、完全にゼロとは言えないが、無視できるレベルと言っていいと思います」

 重要なのは濃度で、十分に薄めれば安全と言えるはずなのだが、すると今度は「濃度ではなく、総量が問題だ」との反論が出てくる。

 しかし、「総量が問題」なら、自然界では毎年7京ベクレルものトリチウムが生成されていて海に降り注ぎ、海水中に約40億トンのウランが溶けている事実をどう捉えるのか。海で泳いでも、釣った魚を食べても放射線被ばくによる健康被害が起きないのは、それら放射性物質の濃度が薄いからである。
世界中の原発から海洋放出されている

【Q4】核燃料に触れた“汚染水”を放出するのは日本(福島第一原発)だけだ。
【A4】世界中の原発関連施設で放出されている。

 福島第一原発の処理水に含まれるトリチウムは、年間22兆ベクレルと想定されているが、日本政府が作成した資料によると、中国・浙江省の秦山第三原発は約143兆ベクレル(2020年)、広東省の陽江原発は約112兆ベクレル(2021年)、福建省の寧徳原発は約102兆ベクレル(同)と、それぞれ年間排出量が100兆ベクレルを超えている。こうした事実を前にしても、「福島第一の処理水は核燃料に触れた水だからダメで、そんな“汚染水”を排出するのは日本だけ」だと主張する人もいる。

 しかし、使用済み核燃料の再処理工場から出る排水も、核燃料に触れた水だ。

「フランスのラ・アーグ再処理施設では年間1京ベクレル(2021年)、イギリスのセラフィールド再処理施設では186兆ベクレル(2020年)ものトリチウム水が排出されています」

【Q5】処理水が安全というなら、なぜ貯め続けていたのか?
【A5】最適な処理法を議論する時間が必要だったから。

 貯め続けた理由には2つあるという。

「最適な処理方法を決めるための議論が必要だったからです。その後も貯め続けたのは、人々の不安を解消する必要があったから。しかし、タンクの置き場がなくなりつつあり、また古いタンクの安全性も懸念されることから、放出せざるをえない時期になった」

 技術的な問題ではなく、政治的な問題になってしまったことも大きいと言える。
中国の支離滅裂な主張

【Q6】処理水の放出には世界中が反対している。
【A6】反対しているのは中国、北朝鮮、ロシアだけ。

 世界中が処理水の放出に反対しているというが本当か。

「多くの国がIAEAの報告に基づいて処理水放出を支持しています。反対しているのは中国、北朝鮮、ロシアくらいですが、中でも強硬なのは中国です。韓国野党の反対が話題になりますが、尹錫悦政権は科学的に見て問題はなく、処理水放出を支持するという立場です。国際社会では支持が圧倒的で、中国の強行姿勢は異常とも言えます」

 国を挙げて反対しているのは、実質的に中国だけだ。中国政府の外交部は、8月22日の記者会見で、「(処理水が)安全ならば放出の必要はなく、安全でないならばなおさら放出すべきでない」として撤回を求めている。

「論理的におかしい。安全なら、貯めても放出してもどちらでもいいじゃないですか」

 中国の主張は支離滅裂だが、日本にも中国政府に同調する人が多数いるのが現実のようだ。

【Q7】福島の水産物を食べたら、被ばくして健康を害する危険があるのか?
【A7】まったくない。

 環境省では福島県沖を含む全国の海域で、海域モニタリングを実施している。処理水の放出開始後の8月25日に採取した海水を分析したところ、トリチウムの濃度は11か所全てで検出下限値未満(7~8ベクレル/リットル未満)で、人や環境への影響がないことを確認したという。

「IAEA(国際原子力機関)の試算によると、日本で近海の魚を比較的多めに食べる人で、追加被ばくは1年間で0.00003ミリシーベルトとしています。この被ばく量はどれくらいかというと、たとえば、バナナには放射性カリウムが含まれていて、1本の半分を食べただけで、同じくらいの被ばく量になります。毎日1本ずつ食べ続ければ1年で約730倍ですね。バナナを食べるのが怖くなるかもしれませんが、体内でカリウムの量は一定に保たれており、バナナを食べなくても他の食物からカリウムが入ってくるので、被ばく量は結局、変わりません」

「つまり、人は生きていくうえでさまざまな被ばくをしていて、カリウム40を含め自然界に存在するさまざまな放射線による日常的な被ばくを合わせると年間2.1ミリシーベルト(日本の平均)です。魚を食べることによって処理水由来の放射性物質で被ばくする量は、こういった日常的な被ばく量に比べれば誤差にもならないほど微量で、影響はゼロと言ってしまってかまいません」

 海外での風評被害に対しては、日本政府が丹念に説明を尽くし続ける必要があるだろう。処理水に対するデマや不確かな情報に惑わされないだけの知識を得たら、気にする必要のないはずの微量の放射線に振り回されるのではなく、美味しい物を安心して食べればいいだけだ。

◆取材・文/清水典之(フリーライター)

(出典等)

2024-04-09 (火) 10:18:36
&deco(gray,12){a:5 t:1 y:2};

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2024-04-09 (火) 10:18:36