「トリチウムは生物濃縮しない」 処理水の疑問 専門家の見解は 2023年9月9日 6時21分 東京電力福島第一原子力発電所にたまる処理水の放出が進められています。国は安全だとしていますが、SNSではさまざまな声が出ています。 その中で、多くの投稿があるのが「処理水に含まれるトリチウムが生物の体内で濃縮される、生物濃縮が起きるのではないか」という疑問です。 生物濃縮はしないとされていますが、どういう理由でしないのか。 トリチウムの取り扱いを研究してきた専門家や放射線の影響に詳しい専門家などに取材してまとめました。 そもそも「生物濃縮」ってどのようなことなのか? 「環境中の特定の物質が生体内に濃縮・蓄積されること。食物連鎖を経て、濃縮率が数十万倍以上に達することもある」(「広辞苑」より) 海の生物の場合、プランクトンを小さな魚が食べ、その魚をさらに大きな魚が食べるという食物連鎖を経て、ある物質がより大きな魚にたまっていくという現象です。 Q.そもそもトリチウムって? トリチウムが生物濃縮するかどうか考える前提として、まず、トリチウムってどんな物質なのでしょうか? トリチウムは放射線を出す放射性物質です。日本語では「三重水素(T)」と呼ばれ、水素の仲間(同位体)です。 水の一部として自然界にも広く存在していて、私たちの体内にも微量のトリチウムが含まれています。 通常の水は、「H2O」。酸素(O)原子に、水素(H)原子が2つ結合しています。 一方で、トリチウム水は「HTO」。水素が2つではなく、通常の水素が1つと、トリチウムが1つ結合しています。 このように、トリチウムは水の一部として存在するため、水から取り除くのは難しいのが特徴です。 トリチウムは放射線の一種、ベータ線を出しますが、エネルギーは弱く、紙一枚でも通り抜けることができません。 では、このトリチウム、生物の中で濃縮が起きるのでしょうか? 先ほども述べましたが、トリチウムはほとんどが水の一部として存在しています。水は生物の体の中に取り込まれても、体内で循環し、尿や便などと一緒に体の外に排出されます。トリチウムもほとんどが水の状態なので同じです。 人や魚介類などの生物に取り込まれたとしても、比較的速やかに排出されるため、生物の中に蓄積・濃縮していくことはないとされています。 トリチウムの性質に詳しい、茨城大学大学院理工学研究科の鳥養祐二教授は「これまでの研究では、水の状態のトリチウムが生物濃縮を起こすことは確認されていません」としています。 鳥養教授によりますと、トリチウムを含む水は体に取り込まれるものの、ヒトの場合、24時間以内に体液中にほぼ均等に広がるということです。 およそ10日間で50%のトリチウムが尿や便などを通じて排出され、100日後には1000分の1以下になるとしています。 たとえ継続的にとり続けたとしても、排出も行われ続けるため、取り込んだ水に含まれるトリチウムの濃度より高くなることはありません。 茨城大学大学院 鳥養祐二教授 トリチウムの中には、生物の体内でたんぱく質などの有機物と結合するものがあります。 「有機結合型トリチウム」と呼ばれていて、通常のトリチウムに比べると、体の外に排出されるのが遅くなることが知られています。 復興庁のウェブサイトによりますと、有機結合型のトリチウムは体に取り込まれたトリチウムのうちの5%から6%だとしています。 復興庁や経済産業省のウェブサイトによりますと、多くは40日で半分となり、長く残るものでは半減するのに1年ほどかかりますが、最終的にはすべてが排出されるとしています。 鳥養教授によりますと、有機結合型のトリチウムは通常のトリチウムよりは時間がかかるものの、やがては排出されるということです。 茨城大学大学院 鳥養祐二教授 また、放射線の影響に詳しく、国際放射線防護委員会の委員も務める日本文理大学保健医療学部の甲斐倫明教授は、有機結合型のトリチウムが実際に魚などにどれくらい含まれるのかモニタリングすることが重要だとしています。 日本文理大学 甲斐倫明教授 放射性物質の健康に対する影響をみる際に大事なことは、放射線でどれだけ被ばくするか、その線量をもとに考えることです。 線量が高い場合は遺伝子が傷つき、将来のがんのリスクにつながります。 東日本大震災・原子力災害伝承館の館長も務め、放射線の健康への影響に詳しい長崎大学原爆後障害医療研究所の高村昇教授によりますと、現在、トリチウムを含む処理水を放出している基準では遺伝子を傷つけるレベルの線量の被ばくはしないとしています。 一般の人の1年間の被ばく限度量は1ミリシーベルトですが、高村教授によりますと、海洋放出をしている1リットル当たり1500ベクレルの濃度であれば、仮に毎日2リットル飲んだとしても1年間で被ばくする線量は0.1ミリシーベルトに満たないとしています。 長崎大学原爆後障害医療研究所 高村昇教授 放出される処理水と同じ濃度で魚を飼育した試験では、魚の体内のトリチウムの濃度は、その処理水の濃度以上には高まっていなかったということです。 福島第一原発から出た汚染水に含まれる放射性物質は大半がALPS(多核種除去設備)と呼ばれる設備で除去されますが、トリチウムは取り除くことが難しいのが現状です。このトリチウムやごく微量のほかの放射性物質を含んだ水を、さらに海水で薄めて海洋に放出しています。 処理水について、東京電力は魚などにどう影響するのかを調べるため、去年から海洋生物の飼育試験を行っています。 トリチウムの濃度が放出される処理水と同じ1リットル当たり1500ベクレル未満の環境でヒラメを育てた試験を行うと、ヒラメの体内のトリチウム濃度はその環境の濃度、1リットル当たり1500ベクレル以上にはならなかったとしています。 そしてヒラメを通常の海水に戻すと、トリチウムの濃度は下がったということです。 水産庁は原発周辺の海域で捕れた魚を連日分析していて、処理水の放出が始まって以降もトリチウムの濃度は検出できる下限の濃度を下回っています。 放出される「処理水」の中には、トリチウム以外にも基準を下回る量のほかの放射性物質が、ごく微量含まれています。 これについて、東京電力はトリチウム以外の放射性物質について、海水で薄める前の時点で濃度が基準値未満になっていることを確認しているとしています。 「告示濃度比の総和が1未満」とされる基準で、放射性物質が含まれる水をたとえ毎日2リットル飲み続けた場合でも、1年間で1ミリシーベルト被ばくしない濃度ということです。 処理水には、ヨウ素129や炭素14などさまざまな放射性物質がごく微量含まれていますが、毎日飲んだとしても、すべての放射性物質による影響を考慮しても1年間で1ミリシーベルトには達しません。 放出されるときには、海水でさらに濃度が薄められます。 東京電力が国際的なガイドラインに沿って評価したところ、処理水の放出による影響は海産物を食べる量などに応じて、1ミリシーベルトのおよそ50万分の1から3万分の1になったということです。 茨城大学の鳥養教授は、体内にたまりやすい放射性物質もありますが、極めて少ない量なので影響があるとは考えにくいとしています。 茨城大学大学院 鳥養祐二教授 長崎大学原爆後障害医療研究所 高村昇教授 茨城大学大学院 鳥養祐二教授 日本文理大学 甲斐倫明教授 一方で、原子力委員会の元委員長代理で、原子力政策に詳しい長崎大学の鈴木達治郎教授は、処理水に含まれるトリチウム以外の放射性物資についても長期にわたる影響を評価していく必要があるとしています。 さらに、日本政府が科学的根拠を持って安全だと主張するという姿勢は大切だとしながらも、信頼されるようになるためには主張するだけでは足りないとも指摘します。 長崎大学 鈴木達治郎教授 2024-04-09 (火) 10:18:50
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