世界各地で、今年の夏は特に厳しい暑さが観測された。それなのに米国中央部では、ここ何十年も涼しい夏が続いているのだという。なぜなのだろうか。
irrigation system in Nebraska
Photograph: Getty Images

2023年8月、米国中央部上空の広い範囲に珍しい大気現象が発生した。酷暑をもたらしながら居座り続ける「ヒートドーム」だ。上空から吹き付ける熱気に土壌と植物の水分を奪われ、この一帯の地表温度はみるみるうちに上昇した。シカゴでは8月23日、気温と湿度を加味して算出されるヒートインデックス(熱指数)が116°F(46.7°C)を記録した。
気候変動を実感しにくいほどの涼しさ

何より不可解なのは、これが米国中央部にはまったく似つかわしくない出来事だということだ。西部や東部とは異なり、20世紀半ば以降、この一帯の夏の日中の気温が大きく上昇したことはなかった。科学者たちはこうした状況を「ウォーミングホール(地球温暖化の穴)」と呼んでいる。米国全土で進む温暖化の波が、この一帯ではぴたりと動きを止めていたのだ。ただし、何らかの理由で米国中央部だけが地球温暖化の影響を免れていたわけではない。不可解な話だが、こうした「穴」が生まれた一因は気候変動にあるかもしれないという。

「この地域に暮らし、働く人々のなかには、『気候変動って、そんなに大騒ぎするようなことなのかね』と、困惑気味に語る人がたくさんいます」と、米海洋大気庁(NOAA)の気候科学者であるマーティン・ホアリングは言う。「これは直観的にかなり理解しにくい現象です。地球温暖化は加速しているのに、この地域にはウォーミングホールが存在し続けているのですから」
一部地域だけが涼しい“地球温暖化の穴”が出現した理由
Illustration: American Meteorological Society; https://doi.org/10.1175/JCLI-D-22-0716.1

上の図の最上段のマップがウォーミングホールの存在を示している。このマップは01年から20年のそれぞれ5月から8月までの最高気温が、1957年から2000年までの同時期に比べてどれだけ変化したかを示している。白く見える部分は変化がなかった地域だ。イリノイ州、ミズーリ州、アーカンソー州は真っ白だ。南北ダコタ州、ミネソタ州、アイオワ州の一部には、むしろ気温が下がったことを示す青い斑点がいくつも見える。一方、気温が上がったことを示す赤色は、米国西部のほぼ全域を覆っている
これからの温暖化対策において、大気中のエアロゾルが「不確実要素」になる
これからの温暖化対策において、大気中のエアロゾルが「不確実要素」になる

By Matt Simon

ウォーミングホールがいつまでも消えない理由については、科学者たちの間でも意見が分かれている。この一帯の大気に含まれるエアロゾル(空気中を漂う微細な粒子)が、太陽の熱を宇宙に跳ね返しているのかもしれない。農地やそれに付随するかんがい施設で使われる水が、この地域を冷やしている可能性もある。あるいは、その土地が人間の体とよく似た“発汗”機能を備えているのかもしれない。
降雨量が増え、空気が冷えた?

最新の論文のなかで、ホアリングらの研究チームはこの“発汗説”に似た考え方を主張している。過去20年間における米国中央部全体の夏季降雨量は、1957年から2000年までに比べて劇的に増加した。結果的に土壌に含まれる水の量が増え、この土地全体が気化熱を利用して空気を冷やす「冷風扇」の役割を果たすようになったというのだ。上の3つのうち最下段のマップの米国中央部全体に広がるグリーンは、1957年から2000年までに比べて降雨量が過去20年間で最大30%増加した地域を示している。

「農地の存在が影響している可能性も捨てきれませんが、このウォーミングホールは農地の面積の変化に比べて規模が大きすぎることが確認されています」と、この論文の共同執筆者で、プリンストン大学とNOAAに所属する気候科学者のザカリー・レイブは言う。「大気の状態と関連している可能性の方が高いと考えられます」

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地球の気温は産業革命以前に比べすでに1.1℃上昇している。しかし、これが“平均値”であることを決して忘れてはいけない。ほかよりずっと速く温暖化が進んでいる地域はいくつもあるのだ。例えば、北極圏の温暖化は地球のほかの場所の4倍の速さで進んでいる。これらはいずれも、地球の気候システムにおける自然な変動を超えたところで起きている。例年より暑い年もあれば涼しい年もあり、雨の多い年もあれば日照りが続く年もある。

「1日ごとに暑さが増しているわけではないのだと、多くの人に理解してもらうことが大切だと思います」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)の大気科学者であるアーリーン・フィオーレは言う。彼女はホアリングらの論文には関与していない。

レイブとホアリングの新たな研究からわかるのは、こうした自然な気候変化とそれを超える気候変動の両方が背景となって、ウォーミングホールが同じ場所にとどまり続けているのかもしれないということだ。米国中央部は気圧が下がりやすい。「気圧の低い地域は天気が荒れがちで、雨や雲の量が多くなります」とレイブは言う。「暑い日の午後に急に気温が下がることがありますが、それと同じ現象とも考えられます」

例えば、雲はその一帯に陰をつくり、太陽の熱を多少なりとも遮ってくれる。雨もまた、その土地を暑さから守る緩衝材の役割を果たす。嵐の後に現れる太陽は、地面を温めるよりもまず、降ったばかりの雨を蒸発させるはずだ。
冷涼な気候は一時的なものか

かなり興味深いことだが、ウォーミングホール出現の原因となる気象条件は、実際にはそこから数千マイルも西に離れた熱帯太平洋で生まれている。「地球温暖化と自然発生的な気候変動に起因する海面水温の変化が、巡り巡って米国上空の大気の流れに変化を及ぼしているのです」と、米国大気研究センター(NCAR)のシニアサイエンティストであるジェラード・ミールは説明する。彼はレイブらの研究には参加していない。「この研究論文は、大気の循環に起きるさまざまな変化が米国東部の一部地域に雨の多い冷涼な気候をもたらしているという、過去の研究結果を裏付けるものです」

ただし、ウォーミングホールがこの先もずっと存在し続けると期待してはいけない。レイブとホアリングの研究チームが行ったモデル実験によると、ほかの地域より多少緩やかなペースではあっても、いずれは米国中央部も激しい夏の暑さに頻繁に見舞われるようになるという。「未来の気象について精査したところ、このままでは2040年あるいは2050年までに『ダストボウル(30年代に米中西部の平原地帯で断続的に発生した砂嵐)』のような異常気象が頻発する可能性が非常に高いことがわかりました」とレイブは言う。

「これがこの論文の発する警告のひとつです」とホアリングは続ける。「この地域の現在の涼しさは、おそらく一時的なものに過ぎないでしょう」

ウォーミングホールの存在は不気味だが、理由を説明できなくもない。温暖化の例に当てはまらない事象が、その法則を立証する鍵なのかもしれない。

(WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Mamiko Nakano)

2024-04-09 (火) 10:19:02
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Last-modified: 2024-04-09 (火) 10:19:02