中国が嫌だ”という感情が韓国で一気に広がった納得の理由「いまは親日より、親中だと思われたらアウトですよ」

菅野 朋子
2023/09/09

「今は国民に親日と思われることよりも、親中派だと思われる方がアウトですよ」

 韓国のある保守系国会議員がこう言って肩をすくめた。しかも「アウト」というのは議員生命どころか「韓国人として」だというから驚いた。

 韓国において「親日」はかつて日本の植民地時代に日本に協力した者を指し、売国奴のニュアンスを持つ。しかし現在は中国寄りのスタンスをとることが何よりも嫌われるようになったというのだ。保守陣営と進歩陣営、男性と女性、世代間など国内に多くの葛藤を抱える韓国だが、「反中」だけは国内がほぼ一致しているという。

 福島原発処理水の海洋放出に関しても、強硬に反発する中国とは一線を引いた立場を取っている。
東アジアの緊張感は高まっている ©AFLO
東アジアの緊張感は高まっている ©AFLO
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 中道系の新聞記者は、中国が日本の水産物輸入を全面的に停止すると発表したことについてこう憤る。

「日本の処理水排出に反対するのはあまりにも政治的で、日米韓の足並みを崩そうという意図が見え見えです。そもそも中国は自国のPM2.5や原発汚染水の処理が不透明なことを棚に上げている。大国然とするのもいい加減にしてほしい」

 とはいえ韓国政府も、福島を含めた8県の水産物を輸入禁止にしており、その措置が解除される見通しは立っていない。それでも「科学を一切無視して韓国や日本を小国扱いする中国とはまったく違う」と語気を強める。
日本と韓国の距離も急速に縮まっている ©時事通信社
日本と韓国の距離も急速に縮まっている ©時事通信社
「中国の好感度が日本を下回って最下位」

 韓国で中国に対する好感度が急速に落ち込んだのはここ数年のことだ。

 なかでも2021年6月に時事雑誌「時事in」が発表した「中国の好感度が日本を下回って最下位」という世論調査は衝撃が大きかった。韓国で広がる「中国が嫌だ」という“時代の雰囲気”の背景の深層を探る内容だった。

 調査会社「韓国リサーチ」と共同で大規模な世論調査を行い、「韓国周辺の5カ国(日本、米国、中国、ロシア、北朝鮮)の好感度」で、2018年以来はじめて中国が日本を下回ったのだ。韓国国内の反応は、驚きと当惑が入り混じったものだった。

 かつて中国は、韓国にとって恐れの対象だった。2000年に起きた「ニンニク紛争」(韓国が国産ニンニク保護のために中国産冷凍ニンニクの関税率を高めると、中国が報復で韓国の携帯電話などの輸入を禁止。韓国はわずか1カ月で関税率を下げるはめになった)から「恐中症」という言葉も生まれた。

 その「恐中症」が「反中感情」に転じる大きなきっかけは、2017年4月の米THAAD(高高度防衛ミサイル)配備といわれている。北朝鮮のミサイルから国を守るために韓国に配備された米THAADに、中国はミサイル軍の動きが監視されるとして猛反発していた。

 実際にTHAADが配備されると、中国政府は駐韓米軍に土地を提供した財閥のロッテグループに対して、法令違反を理由に中国での営業を停止させた。さらに市民の韓国製品不買運動を煽り、中国にあったロッテマートを撤退に追い込んでいる。
韓国に強硬な姿勢を取る中国の習近平主席 ©時事通信社
韓国に強硬な姿勢を取る中国の習近平主席 ©時事通信社

 さらに報復として中国人の団体観光客の渡韓を禁止し、K-POPなどのエンタメ公演やファンミーティングも禁止した。韓国製ゲームの輸入も禁止された。これらの一連の報復措置は「限韓令」と呼ばれている。
「現在の韓国が小国扱いされるいわれはありません」

 当初は慌てふためいた韓国だが、中国外相が言い放った「小国(韓国)が大国(中国)に楯突いてもよいのか」という発言が報じられると雰囲気が一変した。

「限韓令の中身以上に、中国外相のこの言葉が韓国人の感情を揺さぶりました。たしかに韓国には中国の属国だった時代がありますが、それも昔のこと。産業も文化もグローバルに大きく発展した現在の韓国が小国扱いされるいわれはありません」(前出・中道系新聞の記者)

 前出の『時事in』によると、韓国内の「反中感情」は広がっているが、中でも嫌悪感が強いのが20代の若者だという。2020年にアメリカの「ピュー研究所」が行った意識調査でも、他の国では高齢者の「反中感情」が強い傾向があったが、韓国だけ唯一Z世代の「反中気分」が際立っていたのだ。
大統領夫人のキム・ゴンヒ氏がアメリカのバイデン大統領と腕を組んで写真に収まったことも 朝鮮日報より
大統領夫人のキム・ゴンヒ氏がアメリカのバイデン大統領と腕を組んで写真に収まったことも 朝鮮日報より

 韓国の20代がもっとも強く拒絶している対象は中国共産党(81.1%)だ。

 実際に20代の若者たちに話を聞くと、「コロナ禍での中国政府の対応をみると、国民を刑務所に閉じ込めているような印象を受けました。人権を重んじない国なんだなあと思いました」「コロナも中国政府が最初に処置を適切に行っていれば広がり方も違ったのではないかと思ってしまう。米国で起きているアジアン・ヘイトも中国が原因だと思う」などの声が聞かれた。

 民主化後の韓国で育った若い世代にとっては特に、中国政府の強権的な対応への違和感が強いようだ。

 さらに韓国で反中感情が広がった背景には、社会的な雰囲気もあっただろう。THAAD配備の翌月に就任した文在寅前大統領は、悲願の北朝鮮との関係改善のために中国との関係改善に力を入れた。そのため中国から突きつけられた「追加のTHAADを配備しない」などの3つの条件を呑み、韓国が得るもののない「3無」と非難を浴びた。

 また、韓中首脳会談では文大統領(当時)が「ひとり飯」の屈辱的な扱いを受けたと大々的に報じられたこともある。保守系の新聞記者は、「中国に対して弱腰な韓国政府の態度も、積もり積もって反中につながったのかもしれません」と分析する。

 2022年5月に誕生した尹錫悦政権では、大統領直属の情報機関である国家情報院の中で対中国チームが拡大したといわれ、中国に対する警戒感が窺える。さらに最近は、中国語や中国文化を広げる「孔子学院」や中国の「秘密警察」にも厳しい目が向けられている。
尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と金建希(キムゴンヒ)夫人
尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と金建希(キムゴンヒ)夫人

 そんな中、中国は8月10日に「限韓令」の一部を解除して、6年ぶりに団体旅行客の渡韓を認めた。メディアには「中国人団体客 免税ショッピングへ 国内免税店に活気」(聯合ニュース、2023年8月27日)、「帰ってきた中国人観光客 仁川に3年間で4万人がやってく…限韓令以来最大」(朝鮮Biz、同8月29日)などの見出しがおどったが、手放しで喜んでいる雰囲気は感じられない。
「どこまで行っても“小国”扱いなんですよ」

「日本と韓国を『アメリカと中国のどちらに付くのか』と試しているのだと思います。韓米日が結束を強めることは中国にとっては厄介。アメリカに面と向かって喧嘩を売ることはできないので、今は日本を原発問題で叩き、韓国には飴を差し出して懐柔しようとしているのでしょう。どこまで行っても“小国”扱いなんですよ」(前出・保守系新聞記者)

 韓国が中国に対して強気に出られるようになってきた背景には、貿易相手国としての中国の比重が下がってきた事実もある。今年1~7月の輸出内訳をみると1位の中国(19.6%)と2位のアメリカ(18%)はわずか1.6ポイント差で、中国経済の停滞も伝えられている。最近では、「安保も経済もアメリカとともに」と書くメディアさえ現れている。

「反日」の時のようなデモによる抗議や声明は今のところ少なく、「反中」の具体的なアクションは見えづらい。もやもやと広がっているだけだ。ただ韓国は、政治と安保面では確実に「アメリカや日本とともに中国と対峙する」方向へ傾いている。

2024-04-09 (火) 10:19:03
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Last-modified: 2024-04-09 (火) 10:19:03