「韓国側の批判は筋違い」、ハーバード大教授「慰安婦論文」批判の悪質な点を指摘する

米大学教授の慰安婦論文に対する批判 ストローマン論法で攻撃か

2021年3月17日 5時58分
ざっくり言うと

   慰安婦問題を巡る、ハーバード大学教授の論文についてデイリー新潮が報じた
   韓国側はストローマン論法などで論文の信用を落とす戦略を取っているという
   ストローマン論法とは、相手の主張をゆがめた上で批判する論法のこと

「韓国側の批判は筋違い」、ハーバード大教授「慰安婦論文」批判の悪質な点を指摘する
2021年3月17日 5時58分

デイリー新潮
韓国側がたきつけ続ける慰安婦問題

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早大・有馬教授の特別寄稿

 いわゆる「従軍慰安婦」問題は、いまだにあらゆる形で「問題化」し続けている。もちろんこの場合、「問題化」を試みているのは韓国側である。直近では、ハーバード大学教授が発表した論文に、官民揃って批判の声を挙げているのだ。しかし、本当にこの論文はそんなに批判されるべきものなのか。公文書研究の第一人者である有馬哲夫・早稲田大学教授は、客観的に見て、ハーバード大学教授の論文には問題がなく、むしろ批判する側に問題が多々ある、と語る。以下、有馬教授の特別寄稿である。

【写真】ハーバード大のマーク・ラムザイヤー教授

 ハーバード大学のJ.マーク・ラムザイヤー教授が発表した論文「太平洋戦争における性契約Contracting for sex in the Pacific War」がマスコミを賑わせている。
韓国側がたきつけ続ける慰安婦問題

 ここでラムザイヤー教授が指摘しているのは、韓国のいわゆる「従軍慰安婦」は、日本人の慰安婦と同様に、当時の制度に基づいた公認の売春婦であり、韓国側が主張するような軍が拉致して「性奴隷」とされたというような事実はない、ということである。

 この見解は、決して新奇なものではなく、公平に客観的事実を見ればこの結論に至るものである。

 しかし、当然、こうした見方を韓国側は許容しない。彼らはいまでも朝鮮人慰安婦は日本軍によって罪のない女性が拉致されて、性奴隷とされたものだ、という「ストーリー」を主張しているからだ。

 そのため韓国ではさまざまな形でのラムザイヤー教授への批判、非難が沸き起こっている。政治家、市民団体、メディアが一斉攻撃を加えている状態だ。

 しかし、ラムザイヤー教授の示した「ファクト」を正面から否定することは不可能である。そもそも日本でも、韓国側の見方に乗っていた朝日新聞が、そうした報道を誤報だったと総括せざるを得なかったのである。

 そこで韓国メディアが現在展開しているのは、ストローマン論法や印象操作でラムザイヤー氏、論文の信用を失墜させるという戦略だ(※ストローマン論法とは、相手の主張を切り取りなどでゆがめた上で批判する論法のこと)。
悪質な誹謗中傷

 なかでも私が悪質だと思うのは、「ラムザイヤー論文は韓国人女性の契約書を提示していない」とする次の記事だ。目には目を、ハーバード大教授にはハーバード大教授を、ということで、韓国系のハーバード大学教授を味方につけて批判を展開している。

《(前略)しかし学界では、韓国の慰安婦被害者が作成した契約書を提示できなかったという指摘が提起されてきた。ソク(・ジヨン)教授は「ラムザイヤー教授の論文の脚注を調べた結果、戦時慰安所の韓国女性に関する契約内容がなかったうえ、該当契約を記述した2次出処もなかった」と指摘した。これに対しラムザイヤー教授は「韓国人女性の契約書を確保すればよいと考えたが探せなかった」と認めた後、「あなたも探せないのは確実だ」とソク教授に話したという。また、ラムザイヤー教授は論文に10歳の日本の少女の事例を挙げながら、契約が自発的であり合法的に行われたと主張したが、ソク教授にメールを送って引用の誤りがあったことを認めたりもした》(韓国系ハーバード大教授「ラムザイヤー氏、慰安婦主張のミス認めた」中央日報2月27日付)

 この記事だけを読むと、ラムザイヤー教授が、重要な証拠(契約書)を見つけ出せなかったうえに、出処不明のものを根拠としていて、引用に「誤りがあったこと」を認めた、と取れる。

 結果として、ラムザイヤー論文は信用できないものだ、という印象を与えることになる記事だと言っていいだろう。

 しかし、これはラムザイヤー教授、および論文に対する悪質な誹謗中傷である。

 そのことをこれから明らかにしていこう(以下、上の引用記事は「記事」とする)。
誤表記、公・私文書の混同、嘘

(1)「記事」の根本的な誤表記

 まず、誤表記がある。そもそも「韓国人女性の契約書」は存在しない。

 なぜなら、韓国は1948年に建国しているので、慰安婦がいた戦前・戦中期に「韓国人」はいなかった。いたのは、日本国籍の朝鮮人だ。「朝鮮人女性の契約書」ないしは「朝鮮系日本人の契約書」なら存在する。

(2)公文書と私文書の区別もついていない

 次に「朝鮮人女性の契約書」を探せということだが、ソク教授はこのような契約書は公文書ではなく私文書だということを知らないのだろうか。

 公文書なら公文書館へいけば、見つかるだろうが、私文書はみつからない。だいたいこのような高度のプライバシーを含む文書が公文書館で公開されるはずもない。

 日本、韓国、北朝鮮、および慰安婦のいたアジアの国々の個人宅を一軒一軒回って家探しして見つけろとでもいうのだろうか。ラムザイヤー教授が「あなたも探せないのは確実だ」といった意味がソク教授にはわかっただろうか。できないと知っていてこんなことを言っているのだとすると、これはアカハラ(アカデミック・ハラスメント)に等しい。

 もちろんそうした契約書があるに越したことはないのだが、ないことはまったく論文の主張とは関係ない。なぜなら、別の公文書が重要なことを示しているからだ。それに関連するのが(3)である。

(3)「2次出処もなかった」というのは嘘

 最大の問題は、「該当契約を記述した2次出処もなかった」がまったくの嘘だということだ。

 ラムザイヤー論文の注釈には「U.S. Office of War Information, 1944. Interrogation Report No. 49, Oct. 1, 1944, in Josei (1997: 5-203)」という文書が載っている。長くなるが、重要な点なので、引用しよう。この資料にはこうある。
日本と戦争していた米軍作成の資料

「米国戦争情報局(United States Office of War Information)心理戦作戦班日本人捕虜尋問報告書(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号、一九四四年一〇月一日
【序文】慰安婦(comfort girls)とは日本軍に特有の語で、軍人のために軍に所属させられた売春婦のことをいう。ここでの記述はビルマの朝鮮人従軍慰安婦に関するものである。日本軍は一九四二年にこのような朝鮮人慰安婦を七〇三人ほどビルマに向けて出航させたといわれている。

【募集】一九四二年五月、日本の業者が朝鮮半島に赴き、東南アジアにおける「軍慰安業務」のためとして女性を募集した。高収入、家族の借金返済のための好機、軽労働等の宣伝に応じて多くの女子が勤務に応募し、二~三〇〇円の前払報酬を受領した。彼女たちの大半は無知、無学の者であった。自ら署名した契約により、前借り金の額に応じ半年から一年の仕事に従事させられた。このような方法で約八〇〇名の女子が募集された。(後略)

【慰安婦の特性】慰安婦の平均年齢は二五歳ほどであり、無学で子供っぽく、気まぐれでわがままであった。彼女らは自分の職業は嫌いだと主張し、その職業や家族について語ることを好まなかった。(後略)

【生活及び労働条件】ミッチーナー(日本軍の占領地)においては、通常二階建ての大きな建物に住んでおり、一人一部屋を与えられていた。そこで彼女らは生活し、眠り、仕事をしていた。食事は経営者が用意したものであった。食事や生活用品はそれほど切り詰められていたわけではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことが出来た。兵士からの贈り物に加えて、衣服、靴、煙草、化粧品を買うことが出来た。
 ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツをして楽しんだりピクニックや演芸会、夕食会に参加したりした。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物にでることを許されていた。

【料金】彼女らが業務を行う条件は陸軍によって規制されていた。軍は、その場所に展開している様々な部隊のために、料金、優先順位、日割りを設定することが必要であると考えていた。(階級別に利用時間、料金を表示)将校は二〇円で宿泊が許されていた。
【収入及び生活条件】慰安所経営者は、契約時の負債額に応じて、慰安婦の売り上げの五〇乃至六〇パーセントを受け取っていた。多くの経営者は、食糧その他の品物に高価格を課すことによって、慰安婦の生活を困窮させていた。一九四三年後半、陸軍は、負債の弁済を終えた慰安婦は帰国して良い旨の命令を出した。これにより帰国を許された慰安婦が数人いた。
 慰安婦の健康状態は良好であった。彼女らは避妊具が充分に与えられており、兵隊たちもしばしば軍支給の避妊具を自ら持参した。日本人の軍医が週に一度慰安所を訪れ、罹病した慰安婦は治療、隔離し、入院させることもあった。(P.113-116)
(なおこの文書は以下のサイトで読むことができる。https://www.awf.or.jp/pdf/0051_5.pdf
 また、吉見義明元中央大学教授編纂の『従軍慰安婦資料集』(大月書店、1992年)にも440~450頁にかけて収録されている)」
「性奴隷」ではないことはあきらか

 この文書には朝鮮人慰安婦の契約条件がはっきり示されている。つまり、前払い金、契約期間、料金、食費や宿泊費などの負担、経営者と女性の取り分などだ。

 これを見ると「性奴隷」ではないことはあきらかである。

 そして、彼女たちは、契約書に同意して署名しているとも明記されている。ソク教授がきわめて悪質な嘘をついていることは明らかだ。

 ソク教授の発言を踏まえて、韓国の鄭英愛(チョン・ヨンエ)韓国家族相は「研究者の基本がそろっていない内容」と決めつけたという。しかしそのような失礼な発言は撤回しなければならない。

 ところでこの「米国戦争情報局文書」の信ぴょう性だが、極めて高いと考えていい。

 これは当時日本と戦争していたアメリカ軍が作成したものだ。軍の報告書というものは正確さが求められるので、誇張や嘘は基本的にない。それにアメリカ軍はのちの極東国際軍事裁判のための証拠も集めていたのだから、日本軍に甘い報告書にはならない。したがって信ぴょう性は極めて高いといえる。

 韓国メディアはラムザイヤー教授を親日的だから信用できないと言っているが、この公文書は反日的である可能性はあっても親日的ではありえない。したがって、論文も親日的にはなりえない。

 そもそも、私娼はもちろん公娼の場合でも、たいていは口約束と前払い金の受取書くらいしか交わさなかった。契約書らしきものを交わしたとして、保険証書の裏に書いてあるようなこまごまとした約款が書いてあるものではなかった。

 にもかかわらず、前に引用した文書からも慰安婦の収入や生活・労働条件が保障されていたことがわかる。日本軍が慰安所運営規則によってそう決めていて、それは厳密に守られたからだ。
日本人女性と朝鮮人女性は同等に扱われ

 これは、私娼でもなく公娼でもなく慰安婦を研究対象に選んだラムザイヤー論文の強みでもある。

 私娼や公娼の場合、前払い金、契約期間、料金、食費・宿泊費などの負担、経営者と女性の取り分などは、ケースバイケースでばらつきが大きいが、慰安婦の場合は軍がそれらについてきちんと決めているために平準化しているのだ。

 つまり、一つのケースを見れば、他のケースがどうだったかもだいたいわかる。さらにいえば、軍が規則上、原則として朝鮮人女性と日本人女性を同等に扱っていたので、差はなかった。

 ちなみに米軍が調査したミッチーナーの慰安所の慰安婦の平均月収は300~1500円だった。当時一・二等兵の給料は5円50銭で、慰安所の料金は1円50銭だった。それでも兵士はなけなしのお金をはたいて会いに行き、慰安婦に贈り物をしていた。

 ソク教授は、軍の慰安所運営規則など知らないので、「朝鮮人女性の契約書」が出てくれば、日本人女性の契約との違いが大きいことがわかってラムザイヤー論文の根幹がゆるぐと思っているのかもしれないが、それはない。

「朝鮮人女性の契約書」の提示がないことが、ラムザイヤー論文の瑕疵にはならない。軍の規則上、原則として日本人女性と朝鮮人女性は同等に扱われていたし、料金もラバウル慰安所の一例を除いて、同額だったからだ。

 私はアメリカ第二公文書館でほかの多くの文書にもあたってこれを確かめている。
「論文で書いていない」こと

(4)「10歳の少女」の契約を合法的なものだと主張している

 これもソク教授の悪質なストローマン論法である。

 ラムザイヤー教授は論文で「10歳の日本の少女」の事例を挙げて、契約が自発的であり合法的に行われたと主張した――こうソク教授は述べている。

 つまり、そんな酷い児童買春をラムザイヤー教授は肯定している、許せないことだ、というのがソク教授(や「記事」を書いた側)の言いたいことなのである。

 しかし、ラムザイヤー教授はそんなことは論文で書いていない。

 ここで取り上げられている「10歳の日本の少女」は、ラムザイヤー論文で言及されている慰安婦と同年代の「おさき」という天草出身の「からゆきさん」だ。

 論文によれば、彼女は10歳のとき周旋業者に外国にいかないかと持ち掛けられる。そして、兄弟と相談したうえで300円の前払い金を受け取ってマレーシアにわたった(最初から売春婦になることにはなっていなかったことに注意)。

 13歳になって売春婦として働き始めた。渡航費や居住費で借金が2000円になっていたからだ。彼女は月100円のペースで返し始めるのだが、払い終わる前に売春宿の主が死んだのでシンガポールに移る。

 だが、そこの売春宿の主がひどい扱いをするので逃げ出してマレーシアに戻り、そこでいい雇主を見つけ落ち着く。そのあとイギリス人の現地妻になったりしたあと、最後には天草に帰る。

 ラムザイヤー教授は、「おさき」が契約に自発的に同意したとか、その契約が合法だったなどとは書いていない。契約書を提示され、意思確認が行われたあとで「おさき」が署名したわけではないからだ。

 だが、「おさき」は兄弟に相談したうえでマレーシアに行くことを決意している。兄弟が「因果を含めた」のかどうかはわからない。

 売春婦になったのも、自分の置かれた立場を考えて、あるいは成り行き上、そうなってしまったのだろう。

 このようなケースで、「契約に自発的に同意したか」、「契約は合法か」と問われても答えようがない。ただそのような契約があったのは紛れもない事実である。

 ラムザイヤー教授が言いたかったのはまさしくこのことだ。すなわち当時の「性契約」の実態とはこのようなものだったということである。

 にもかかわらず「性契約」は、彼女たちの働き方、生き方を決めてしまっていた。
慰安婦のことで日本を非難する常套手段

 もちろん現代では、10歳の少女の「自発的同意」は、法的には無効だ。それはラムザイヤー教授もよく知っている。だが、「おさき」は現代ではなく戦前の女性で、日本ではなくマレーシアやシンガポールにいた。

 本人も周囲の人も現代的法観念を持っていなかったし、現代的人権法で護られていなかった。過去のことを現在の基準で判断するのは誤りである。

 ソク教授はラムザイヤー論文を非難するのに、韓国が慰安婦のことで日本を非難するときの常套手段を使っている。

 つまり、当時は違法でも問題でもなかったことに現代の基準をあてはめて問題化し、違法だと非難するやり方だ。これは時際法の原則、つまりその時のことはその時の法で裁く、という原則に反し、国際法上も誤りだし、不当だ。

 さらにいうと、韓国は慰安婦問題を女性の人権問題だというが、それは現在の基準である。当時の日本に対して不公平だった極東国際軍事裁判でも、慰安婦制度も個々の慰安所も、違法とはされず、起訴もされていない。

 ここまでに見た通り、ソク教授を含め韓国メディア報道はストローマン論法を使って攻撃している。つまり、ラムザイヤー教授が論文に書いていないことで、彼と論文をバッシングしているのだ。

 彼は児童買春を肯定してなどいない。実際にあったケースを分析しているだけだ。「慰安婦被害者」を愚弄もしていない。ただ一次資料に基づいて「性契約」の実態を明らかにしているだけだ。

 もちろん反論は自由だが、それにはストローマン論法に逃げることなく、正々堂々と一次資料にもとづいた反証を示さなければならない。

 したがって、批判者であるソク教授は、アジア中の個人宅を家探しして、ラムザイヤー論文を根底から覆すような「朝鮮人女性の契約書」を提示する義務を負っている。彼女が義務を果たすかどうか見守ろう。

有馬哲夫
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など

デイリー新潮取材班編集

https://news.livedoor.com/article/detail/19861158/