伏見宮家

伏見宮家

ふしみのみや
 1456-1947 皇籍離脱
別:*世襲親王家

伏見宮家                 1016石
江戸時代及びそれ以降を通じて最も古い宮家。
家祖は北朝3代崇光天皇の第一皇子栄仁親王。北朝の天皇は歴代の天皇に数えられないが、栄仁親王の子貞成(さだふさ)親王の子は102代後花園であり、貞成親王は太上天皇を尊号宣下され、院号後崇光院を謚(おくりな)されている。

注目すべきは、子宝に恵まれた19代邦家親王、新設された宮家の家祖のほとんどは、彼の子どもなのである。


伏見宮家(1456-1947皇籍離脱)
 

幕末以降の家督相続は以下の通り。

1841年 邦家親王、伏見宮を相続。
1842年 邦家親王、前年に長男・済範親王(山階宮・晃親王)が起こした不祥事(年下の叔母・幾佐宮隆子女王と共に出奔)により、出家・隱居を命じられ、貞教親王が家督を継ぐ。 
1862年 貞教親王死去、貞愛親王が家督を継ぐ。
1864年 邦家親王、還俗し伏見宮を再相続。貞愛親王は「伏見敦宮」と称される。
1872年 邦家親王死去、貞愛親王が伏見宮を再相続。


伏見宮(世襲親王家、1368年創設、1947年皇籍離脱)

北朝第3代崇光天皇の皇子・栄仁親王を初代とする。

栄仁親王王子の貞成親王(3代伏見宮、1372年~1456年)が現皇室と旧皇族家(旧宮家11家)の共通の先祖であり、現皇室は貞成親王第一王子の後花園天皇の血統、旧皇族家は第二王子の伏見宮貞常親王の血統に当たる。(系図)

また、16代・邦忠親王までは父子・兄弟による相続であり、天皇の皇子を当主に迎えていない。17代は桃園天皇の皇子・貞行親王だったが、その後、僧籍にあった16代の弟・寛宝法親王が還俗して邦頼親王となり伏見宮家を継承した。他の世襲親王家が多くの皇子を当主に迎えていることを考慮すると、伏見宮家天皇家との血縁が薄い宮家であるといえる。


9代・邦房(くにのぶ)
正親町天皇猶子(7代伏見宮邦輔親王の王子)
母は万里小路惟房の娘
生没・永禄9年(1566)~元和7年(1621)
天正3年(1575)親王宣下、二品中務卿
正室・不詳
子女・10代貞清

10代・貞清(さだきよ)
後陽成天皇猶子(邦房の子) 母は某氏
生没・慶長2年(1597)~承応3年(1654)
慶長10年(1605)親王宣下、二品兵部卿
正室・豊臣秀吉の養女(三宅秀家の娘)
子女・邦尚 11代邦道
梅子→久我広通室 照子→紀伊藩徳川光貞室
貞致(邦道親王養子)
顕子→将軍徳川家綱室

11代・邦道(くにみち)
光明天皇猶子(貞清の子) 母は某氏
生没・寛永18年(1641)~承応3年(1654)
慶安2年(1649)親王宣下、無品大宰師
正室・不詳
子女・養子貞致(12代)

12代・貞致(さだゆき)
後水尾天皇猶子(10代貞清の子) 母は安藤氏
生没・寛永9年(1632)~元禄7年(1694)
万治3年(1660)親王宣下、二品弾正尹
正室・近衛尚嗣の娘
子女・13代邦永 理子→将軍徳川吉宗室

13代・邦永(くになが)
霊元天皇猶子(貞致の子) 母は近衛尚嗣の娘 
生没・延宝4年(1676)~享保11年(1726)
元禄8年(1695)親王宣下、一品中務卿
正室・霊元天皇の皇女(福子内親王)
子女・14代貞建 充子→松江藩松平宣維室
輔子→今出川公詮室 培子→将軍徳川家重室

14代・貞建(さだたけ)
東山天皇猶子(邦永の子) 
母は霊元天皇の皇女
生没・元禄13年(1700)~宝暦4年(1754)
宝永6年(1709)親王宣下、一品兵部卿
正室・東山天皇の皇女(秋子内親王)
子女・15代邦忠 邦頼(16代貞行親王養子)
養女徳子(今出川公詮の娘)→紀伊藩徳川宗将室 賢子→広幡前豊室 
貞子→清水家徳川重好室

15代・邦忠(くにただ)
桜町天皇猶子(貞建の子) 
母は庭田重?猶子(岡本氏)
生没・享保16年(1731)~宝暦9年(1759)
寛保3年(1743)親王宣下、一品上野太守
正室・不詳
子女・養子貞行(16代)

16代・貞行(さだゆき)
桃園天皇第二皇子 母は一条兼香の娘 
生没・宝暦10年(1760)~明和9年(1772)
宝暦13年(1763)親王宣下、二品
正室・不詳
子女・養子邦頼(17代)

17代・邦頼(くにより)
桜町天皇猶子(14代貞建の子) 
母は庭田重?猶子(岡本氏)
生没・享保18年(1733)~享和2年(1802)
延享3年(1746)親王宣下、得度して勧修寺門跡尊孝入道親王付弟、東大寺別当
安永3年(1774)還俗し親王宣下、一品兵部卿
正室・鷹司輔平の娘
子女・18代貞敬

18代・貞敬(さだよし)
後桃園天皇猶子(邦頼の子) 母は中御門氏 
生没・安永4年(1775)~天保12年(1841)
寛政9年(1797)親王宣下、一品上野太守
正室・一条輝良の娘
子女・19代邦家 女子→忍藩松平忠堯室
女子→清水家徳川斉明室
守修(梨本宮家家祖) 
直子→一橋家徳川慶寿室 女子→近衛基前養女

19代・邦家(くにいえ)
光格天皇猶子(貞敬の子) 
母は庭田重能猶子(入江氏) 
生没・享和2年(1802)~明治5年(1872)
文化14年(1817)親王宣下、三品上野太守
天保13年(1842)落飾する
正室・鷹司政?の娘
子女・20代貞教 晃(山階宮家家祖) 
嘉言(北白川宮家家祖)
譲仁(閑院宮孝仁親王養子)
朝彦(久邇宮家家祖) 女子→二条斉敬室
女子→一条忠香室 彰仁(小松宮家家祖)
能久(北白川宮家を相続) 
女子→紀伊藩徳川茂承室 
博経(華頂宮家家祖) 
女子→松江藩松平斉斎の子直応室、離縁後に忍藩松平忠敬室
敦宮(後に貞愛と改名) 家教清棲家家祖) 
載仁(閑院宮家を相続) 依仁(東伏見宮家家祖)

20代・貞教(さだのり)
仁孝天皇猶子(邦家の子) 母は鷹司政?の娘 
生没・天保7年(1836)~文久2年(1862)
嘉永元年(1848)親王宣下、二品兵部卿
正室・鷹司政通の娘
継室・鷹司輔?の娘
子女・養子敦宮(21代)

21代・敦宮(たつみや)
孝明天皇養子(19代邦家の子) 
母は鷹司政?の娘 
生没・安政5年(1858)~大正12年(1923)
安政7年(1860)妙法院門跡を相続するも、文久2年(1862)還俗して当家を相続する
文久4年(1864)父の邦家が還俗したため、家督を返上する
正室・不詳
子女・養子邦家(22代)

22代・邦家(くにいえ)
文久4年(1864)19代邦家が還俗して、家督を再相続する 一品式部卿
子女・養子貞愛(23代、21代敦宮が名を貞愛と改め、明治4年親王宣下、同5年家督を再相続、二品陸軍元帥)

大名


伏見宮家(1456-1947皇籍離脱)
 
 
初代 榮仁親王 (伏見殿、萩原殿/法名:通智/法号:大通院)(崇光天皇第一皇子)(観応2(1351)年 - 応永23(1416)年11月20日)
室 陽照院 藤原治子 (三條實治女)(? - 応永5/1398) 西御方 治仁王 (? - 応永24/1417) 一宮、竹園、葆光院
第二代伏見宮
貞成親王 (応安5/1372 - 康正2/1456) 後崇光院
第三代伏見宮
室 三條實音女 (観応元/1350 - ?) 廊御方
寶珠庵 周乾 (永和2/1376 - 永享3/1431) 用健周乾
天龍寺蔵主
室 某氏 近衞局
廊御方 椎野 (? - 応永30/1423) 淨金剛院住持
室 三條實繼女 (貞治2/1363 - 嘉吉元/1441) 對御方
東御方 惠舜 (? - 応永24/1417)
王子某
王子某
王子某
室 某氏 (? - 応永31/1424)
※のち五辻朝仲室となり、稱光天皇掌侍新内侍を生む 典侍禅尼  
母未詳   洪蔭 松崖洪蔭
浄金剛院住持
二代 治仁王 (法号:葆光院)(? - 応永24(1417)年2月12日)
室 本證院 藤原氏 今上臈
上臈 第一王女 智觀 (応永19/1412 - ?) 十地院宮、鳴滝殿
仁和寺十地院住持
第二王女 眞榮 (応永21/1414 - ?) 岡殿
大慈光院入室
第三王女 智久 (応永24/1417 - ?) 智恩寺殿、幼名はい
坂本智恩寺入室
三代 貞成親王 (後崇光院/法名:道欽)(応安5(1372)年3月25日 - 康正2(1456)年8月29日)
室 源幸子(初名經子) (庭田經有女)(明徳元/1390 - 文安5/1448) 敷政門院
今参局
二條殿
南御方
准三宮 第一王女 性惠 (応永23/1416 - 嘉吉元/1441) 幼名あごご(阿五々)、入江殿
三時知恩寺入室
第一王子 彦仁王 (応永26/1419 - 文明2/1470) 後花園天皇
第二王女 某 (応永28/1421 - ?) 幼名めここ、妙厳院御喝食
天王寺妙厳院入室
第三王女 理延 (応永30/1423 - ?) 幼名かかこ(賀々古)、眞乘寺殿
眞乘寺入室
第二王子 貞常親王 (応永32/1425 - 文明6/1474) 後大通院
二品 (贈一品)、第四代伏見宮
第五王女 某 (永享2/1430 - ?) 幼名ちよちよ、岡殿
大慈光院入室
第六王女 聖朝 (永享6/1434 - 文明14/1482) 雲岳聖朝、通玄寺殿、曇華院殿
通玄寺曇華院住持
母未詳   第四王女 某 (正長元/1428 - 永享2/1430)
四代 貞常親王 (法号:後大通院/二品式部卿(贈一品))(応永32(1425)年12月19日 - 文明6(1474)年7月3日)
室 禅照院 源盈子 (庭田重有女)(永享4/1432 - 延徳3/1491) 大納言局
一對
三位局
南御方 第一王子 邦高親王 (康正2/1456 - 享禄5/1532) 若宮、安養院
二品、第五代伏見宮
第二王子 堯胤親王 (長禄元/1457 - 永正16/1519) 後壽量院
二品、梶井門跡、天台座主
第三王子 道什親王(初名道永、俗諱高平) 下河原殿
上乘院門跡、蓮華光院門跡
第四王子 常信親王(常弘、覺圓) (寛正2/1461 - 永正10/1513) 染王院
二品、勧修寺門跡
第五王子 永崇 (寛正3/1462 - 永正5/1508) 就山永崇、聊輝軒
相国寺住持
第六王子 等貴 (寛正5/1464 - 大永6/1526) 宗山等貴、萬松軒、佛眼天祐禅師
相国寺住持
第七王子 覺胤親王 (寛正6/1465 - 天文10/1541) 即身院
二品、妙法院門跡、天台座主
第八王子 慈運(初名良源) (文正元/1466 - 天文6/1537) 長壽院、竹内宮
二品、曼殊院門跡、法性寺座主
第九王子 道應親王(初名興譽) (応仁元/1467 - 永正7/1510) 大吉祥院
聖護院門跡、園城寺長吏
五代 若宮邦高親王 (法号:安養院/二品式部卿)(康正2(1456)年2月2日 - 享禄5(1532)年3月19日)
室 今出川教季女 (? - 天文3/1534) 南御方 第一王女 某 (文明12/1480 - ?)
第一王子 某 (文明14/1482 - 文明18/1486) 若宮
第二王子 貞敦親王 (長享2/1488 - 元亀3/1572) 幼名桂香丸、妙荘嚴院
二品、第六代伏見宮
第三王子 海覺親王 (明応8/1499 - 享禄4/1531) 勧長院
勧修寺門跡 (*大永5(1525)年心疾により里に戻される)
母未詳   第二王女 某 (延徳3/1491 - 明応7/1498) 安禅寺宮
安禅寺入室
等勝 文山等勝、萬松軒
相国寺住持
日承 (文亀元/1501 - 天正7/1579) 本能寺貫主(12世)
第三王女 某 (永正8/1511 - ?) 玉姫宮
土佐一條房冬室
六代 貞敦親王 (幼名:桂香丸/法号:妙荘嚴院/二品中務卿)(長享2(1488)年 - 元亀3(1572)年7月25日)
室 藤原香子 (三條實香女)(明応2/1493 - 天文13/1544) 西御方 邦輔親王 (永正10/1513 - 永禄6/1563) 若宮、後安養院
二品、第七代伏見宮
寛欽親王 (永正11/1514 - 永禄6/1563) 後染王院
勧修寺門跡
堯尊親王 (? - 永禄2/1559) 即往院
妙法院門跡、天台座主
應胤親王(俗諱貞齊) (大永元/1521 - 慶長3/1598) 後龍禅院
二品、梶井門跡、天台座主
※天正7(1579)年還俗、号蜻庵尊悟
任助親王(初名覺法、俗諱煕明) (大永5/1525 - 天正12/1584) 厳島御室、後北院
一品、仁和寺御室
母未詳   王女某 (永正17/1520 - ?) 實蓮寺入室
王女某 (? - 天文6/1537) 曇華院入室
尊智 (大永7/1527 - 慶長7/1602) 高祐尊智、慈覺院
中宮寺相続
位子女王 (享禄2/1529 - ?) 二條晴良室
王子某 (享禄4/1531 - ?)
周恭 (? - 天正12/1584) 崇山周恭
總持院住持
七代 若宮邦輔親王 (法号:後安養院/二品式部卿)(永正10(1513)年3月20日 - 永禄6(1563)年3月26日)
妃 壽福寺殿 西園寺實宣女
※實宣の子公朝の娘という説もある   第四王子 貞康親王 (天文16/1547 - 永禄11/1568) 後葆光院
二品、第八代伏見宮
室 圓光院 安藤宗實女 (? - 天文18/1549)   第一王子 安藤惟實(邦茂王) (享禄3/1530 - 永禄13/1570) 幼名喜多麻呂、惠日光院
称安藤姓
室 某氏 (? - 慶長11/1606)   第五王子 常胤親王(初名性胤) (天文17/1548 - 元和7/1621) 雲龍院
二品、妙法院門跡、天台座主
最胤親王(俗諱惟常) (永禄6/1563 - 寛永16/1639) 圓明院
二品、梶井門跡、天台座主
母未詳   第二王子 某 (天文6/1537 - ?)
第三王子 某 (天文13/1544 - 天文24/1555) 月淸院
青蓮院尊鎮親王附弟
第六王子 尊朝親王 (天文21/1552 - 慶長2/1597) 龍池院
二品、青蓮院門跡、天台座主
第七王子 守理親王(俗諱師秀) (永禄元/1558 - ?) 仁和寺任助親王附弟
※天正20(1592)年乱行を理由に退出
のち還俗、一老と称す
惠彭 (永禄3/1560 - 天正18/1590) 安禅寺殿
安禅寺相続、三時智恩寺兼帯
智曉 阿闍梨
大原に隠遁
聖玉 (? - 慶長16/1611) 龍溪聖玉
禅智院住持
八代 貞康親王 (法号:後葆光院/二品式部卿)(天文16(1547)年1月21日 - 永禄11(1568)年4月15日)
室 萬里小路惟房女   第一王子 邦房親王(初名邦良) (永禄9/1566 - 元和7/1621) 桂昌院
二品、第九代伏見宮
九代 邦房親王 (初名邦良/法号:桂昌院/二品中務卿)(永禄9(1566)年4月4日 - 元和7(1621)年12月25日)
室 某氏   貞淸親王 (文禄4/1595 - 承応3/1654) 後妙荘嚴院
二品、第十代伏見宮
母未詳   聖久 (慶長5/1600 - 寛永8/1631) 曇華院殿、良岳聖久
通玄寺住持
王子某 (? - 慶長15/1610)
聖榮 (慶長16/1611頃 - 寛永6/1629) 禅智院宮、圓珠聖榮
禅智院入室
尊覺 (元和2/1616 - 元禄7/1694) 佐智宮、高秀尊覺、慈照院
中宮寺相続
十代 貞淸親王 (法号:後妙荘嚴院/二品兵部卿)(文禄4(1595)年 - 承応3(1654)年7月4日)
妃 壽星院 おなぐの方 (宇喜多秀家女、前田利長養女)(? - 元和2/1616)   邦尚親王 (慶長18/1613 - 承応2/1653) 乾徳院
第十一代伏見宮
室 松齢院 (? - 慶安元/1648)   顯子女王 (寛永16/1639 - 延宝4/1676) 淺宮、高厳院
将軍徳川家綱室
室 某氏   邦道親王 (寛永18/1641 - 承応3/1654) 後桂昌院
三品、第十二代伏見宮
母未詳   松榮 (慶長14/1609 - 寛文2/1662) 秀山松榮、蓮池院
三時智恩寺相続
聖慶 (? - 寛永19/1642) 禅智院宮、雲嶺聖慶
禅智院住職
聖崇 (? - 寛文9/1669) 曇華院比丘尼御所、泰岳聖崇
通玄寺住持
梅子女王 (寛永2/1625 - 延宝8/1680) 七宮、本光院
久我廣通室
照子女王 (寛永2/1625 - 宝永4/1707) 安宮、天眞院
紀伊和歌山藩主徳川光貞室
王女某 (寛永7/1630 - 寛永16/1639) 春光院
聖竺 (寛永11/1634 - 寛文10/1670) 禅智院宮、豐安聖隆、仙岳聖竺
禅智院住持のち通玄寺住持
王子某 (? - 寛永17/1640) 天祥院
十一代 邦尚親王 (法号:乾徳院)(慶長18(1613)年 - 承応2(1653)年11月29日)
室 慈眼院 安藤定子 (安藤定吉女)(慶長8/1603 - 寛文4/1664) 少納言局
仙壽院 第一王子 貞致親王 (寛永9/1632 - 元禄7/1694) 幼名峯松君・長九郎、圓實照院
二品、第十三代伏見宮
十二代 邦道親王 (法号:後桂昌院/三品太宰帥)(寛永18(1641)年 - 承応3(1654)年7月20日)
十三代 貞致親王 (幼名:峯松君・長九郎/法号:圓實照院/二品式部卿)(寛永9(1632)年5月27日 - 元禄7(1694)年5月18日)
妃 微妙廣院 近衛尚嗣女 (寛永18/1641 - 延宝4/1676) 好君  
室 某氏   第一王子 某 (寛文6/1666 - 寛文8/1668) 美嚴院
室 本理院 某氏 (? - 宝永元/1704) 生野 第一王女 致子女王(初名常子) (寛文11/1671 - 享保13/1728) 繁宮のち茂宮、常照院
室 岡本氏   第二王子 邦永親王 (延宝4/1676 - 享保11/1726) 幼名茶々丸、得解脱院
一品、第十四代伏見宮
※父の正室微妙廣院を養母と称するにあたり、誕生日を微妙廣院薨去前の3月28日にあらためる
室 淸光院 某氏 (? - 享保19/1734) 按察使局 第二王女 某 (貞享3/1686 - 元禄2/1689) 正宮、正受院
第三王子 道仁親王(俗諱盛永) (元禄2/1689 - 享保18/1733) 冨宮(はじめ房宮)、悉智心院
一品、梶井門跡、天台座主
第三王女 理子女王 (元禄4/1691 - 宝永7/1710) 眞宮、寛徳院
将軍徳川吉宗室
第四王子 某 (元禄5/1692 - 元禄11/1698) 英宮、智冥院
青蓮院法嗣
第五王子 圓猷 (元禄7/1694 - 宝暦3/1753) 勝宮、歓喜心院
専修寺門跡
十四代 若宮邦永親王 (幼名:茶々丸/法号:得解脱院/一品中務卿)(延宝4(1676)年10月28日 - 享保11(1726)年10月21日)
妃 淸淨光院 福子内親王 (霊元天皇皇女)(延宝4/1676 - 宝永4/1707) 英宮
綾宮 第二王女 光子女王 (元禄12/1699 - 元文3/1738) 岩宮、天岳院
出雲松江藩主松平宣澄(宣維)室
第三王子 貞建親王 (元禄13/1700 - 宝暦4/1754) 若宮、幼名茶賀丸、後乾徳院
一品、第十五代伏見宮
室 某氏   第一王子 道承親王(俗諱貞良) (元禄9/1696 - 正徳4/1714) 俊宮(はじめ猶宮・直宮)、深妙光寺
二品、聖護院門跡、園城寺長吏
室 某氏   第一王女 某 (元禄10/1697 - 元禄12/1699) 治宮(はじめ明宮)、明眞院
室 某氏   第二王子 尊祐親王(俗諱庶康) (元禄10/1697 - 延享4/1747) 寛宮、蓮華壽院
一品、青蓮院門跡、天台座主
室 薗氏   第四王子 尊孝親王(俗諱榮懐) (元禄14/1701 - 延享5/1748) 數宮(はじめ靜宮)、光明心院
二品、勧修寺門跡、東大寺別当
室 臺登院のち泰登院 近藤氏 (滋野井公澄養女) 志賀
藤江
左京
小宰相局 第三王女 輔子女王 (宝永7/1710 - 宝暦9/1759) 基宮、寶樹院
今出川公詮室
第四王女 培子女王 (正徳元/1711 - 享保18/1733) 比宮(はじめ満宮)、證明院
将軍徳川家重室
第五王女 宗眞(俗諱薫子) (正徳5/1715 - 宝暦13/1763) 興宮、祥山宗眞、轉輪院
禅智院相続、霊鑑寺門跡兼帯
室 某氏 やよ
讃岐 第五王子 義周親王(俗諱邦光) (正徳3/1713 - 元文5/1740) 受宮、得不退院
実相院門跡、園城寺長吏
十五代 若宮貞建親王 (幼名:茶賀丸/法号:後乾徳院/一品兵部卿)(元禄13(1700)年12月21日 - 宝暦4(1754)年7月21日)
妃 光顯院 秋子内親王(東山天皇皇女) (元禄13/1700 - 宝暦6/1756) 姫宮 第一王女 猷子女王 (享保5/1720 - 享保20/1735) 五百宮、眞猷院
第二王女 豐子女王 (享保7/1722 - 享保12/1727) 宴宮(はじめ康宮)、淨明鏡院
室 心解院 賀茂先子 (岡本清先女)(正徳3/1713 - 天明4/1784) 里代・里世
良枝
仲小路
下総
大和
三浦 第三王女 祺子女王 (享保14/1729 - 享保18/1733) 章宮、圓眞院
第一王子 邦忠親王 (享保16/1731 - 宝暦9/1759) 阿古宮、圓定明院
一品、第十六代伏見宮
第二王子 邦頼親王(初名徳明) (享保18/1733 - 享和2/1802) 堯宮(はじめ孝宮)、究竟覺院
法諱:寛寶親王 (のち伏見宮継承のため還俗)
一品、勧修寺門跡、東大寺別当
第十八代伏見宮
第三王子 尊英親王(俗諱庶盛) (元文2/1737 - 宝暦2/1752) 修宮、廣修院
青蓮院門跡
室 通泉院 賀茂應子 (岡本清先女)(正徳5/1715 - 寛政8/1796)
※心解院の妹 八代・屋代
玉野井
陸奥 第四王女 壽子女王 (寛保2/1742 - 寛政2/1790) 千代宮、頓乘院
東本願寺乘如光遍室
第四王子 尊眞親王(俗諱成輔) (寛保4/1744 - 文政7/1824) 喜久宮、施無畏王院
一品准三宮、一乘院門跡、青蓮院門跡、天台座主
第五王子 某 (寛保4/1744) 雄香宮、慧香院
※尊眞親王と双子
第五王女 賢子女王 (延享2/1745 - 寛政元/1789) 安津宮、解脱香院
廣幡前豐室
第六王子 某 (延享5/1748 - 寛延4/1751) 萬數宮、覺圓院
第六王女 貞子女王 (寛延3/1750 - 文政3/1820) 田鶴宮、貞章院
清水徳川重好室
第七王女 益子女王 (宝暦3/1753) 幸宮、觀照院
十六代 阿古宮邦忠親王 (法号:圓定明院/一品兵部卿)(享保16(1731)年12月23日 - 宝暦9(1759)年5月21日)
縁約 靈光院 源壽子 (紀伊徳川宗直女)(寛保3/1743 - 寛政元/1789) 戴姫
相姫
相君  
十七代 二宮貞行親王 (籌宮/法号:眞淨明院/二品)(桃園天皇第二皇子)(宝暦10(1760)年2月23日 - 明和9(1772)年6月17日)
十八代 堯宮邦頼親王 (法号:究竟覺院/一品兵部卿)(享保18(1733)年10月28日 - 享和2(1802)年9月8日)
縁約 源氏 (水戸徳川宗翰女)(宝暦4/1754 - 天明6/1786) 時姫  
妃 蓮華心院 藤原昌子 (鷹司輔平女)(宝暦10/1760 - 文政12/1829) 伴君
達君 第七王女 某 (寛政4/1792) 百宮、淨珠光院
第八王女 某 (寛政5/1793 - 寛政7/1795) 繁宮、最正覺院
室 清珠院 藤原美子 (松木宗美女)(宝暦9/1759 - 文政7/1824) お茶地 第一王子 貞敬親王 (安永4/1775 - 天保12/1841) 嘉禰宮、勝光明院
一品、第十九代伏見宮
第二王子 公澄親王(俗諱弘道) (安永5/1776 - 文政11/1828) 佳宮、歡喜心院
一品、輪王寺門跡、天台座主
室 勝山(本姓安倍)氏
利宮出産後御暇 まつ
李勢・里勢 第一王女 某 (安永6/1777 - 安永8/1779) 利宮、妙觀院
室 長澤氏
※鉉宮出産後御暇 縫
花岸 第二王女 某 (安永6/1777 - 安永7/1778) 鉉宮、心鏡院
室 妙境院 金子(本姓新庄)氏 (? - 文政3/1820) つる
衣江・絹江
三浦
亀井 第三王女 某 (安永7/1778 - 天明3/1783) 艶宮、蓮華光院
第五王女 薫子女王(員子) (天明4/1784 - 天保11/1840) 多哉宮、無量光院
錦織寺門主木邊宅慈室
室 唯稱院 並河尚友女 (? - 文政4/1821) るゑ(留衛)
この
常盤
初瀬 第四王女 某 (天明3/1783 - 天明8/1788) 章宮、無量智院
室 中路氏 もゑ(毛衛)
ひさ(久) 第三王子 某 (天明6/1786 - 天明7/1787) 佐保宮、最照明院
室 藤原敬子 (堤敬長女)(安永5/1776 - 寛政5/1793)
※はじめ妃達君の上臈 信
お千尾 第六王女 某 (寛政3/1791 - 寛政4/1792) 好宮、信敬院
十九代 嘉禰宮貞敬親王 (法号:勝光明院/一品兵部卿)(安永4(1775)年12月9日 - 天保12(1841)年1月18日)
妃 新淨安院 藤原輝子 (一條輝良女)(寛政7/1795 - 文政11/1828) 先君
壽美君 第六王子 某 (文化11/1814 - 文化12/1815) 千嘉宮、光明照院
第八王女 増子女王 (文化12/1815 - 安政6/1859) 舎宮→幾世宮→壽賀宮、眞心院
東本願寺光淨寶如室
第九王女 宗諄女王 (文化13/1816 - 明治24/1891) 萬志宮、法山宗諄
靈鑑寺門跡、禅智院兼帯
第八王子 尊常親王(俗諱守貴) (文政元/1818 - 天保7/1836) 能布宮(はじめ欽宮)、成智心院
一乘院門跡
※一乘院相続にあたり文化13(1816)年生まれと称する
第十二王女 某 (文政2/1819) 和宮、和光心院
第十一王子 某 (文政4/1821) 煥宮、大智徳院
第十四王女 某 (文政6/1823) 正宮、無礙心院
第十五王女 某 (文政7/1824) 泰宮、智勝院
第十八王女 某 (文政11/1828) 盧遮那院
室 妙淨院 藤原誠子 (入江則徳女)(天明2/1782 - 文政13/1830) 久
八重崎
玉城
小左近
仲小路 第一王子 邦家親王 (享和2/1802 - 明治5/1872) 睦宮
一品、第二十代・二十三代伏見宮
第二王子 尊寶親王(俗諱有道) (文化元/1804 - 天保3/1832) 聰宮、後蓮華壽院
二品、青蓮院門跡、天台座主

故あって享和2(1802)年生まれと称する

第四王子 尊誠親王(俗諱忠道) (文化3/1806 - 文政5/1822) 潔宮、平等心院
勧修寺門跡、一乘院門跡
第四王女 英子女王 (文化5/1808 - 安政4/1857) 敎宮、恭眞院
清水徳川齊明室
※表向き文化6(1809)年生まれと称する
室 靜心院 山科氏 なを
三笠 第一王女 師子女王 (文化元/1804 - 天保4/1833) 美目宮→幸宮→充宮、覺眞照院
紀伊徳川齊順縁約(内々のうちに流縁となる)
※入江氏の子として披露
室 眞珠院 某氏 (? - 安政2/1855) とき
三保崎
中川 第二王女 韶子女王 (文化2/1805 - 天保12/1841) 順宮→富宮→幸宮、寶雲院
武蔵忍藩主奥平松平忠堯室
第三王子 某 (文化3/1806) 普照院
第五王子 某 (文化5/1808) 淸觀院
室 不染院 村井氏 (? - 文政元/1818) いよ
芳崎
清瀧 第三王女 日尊 (文化4/1807 - 明治元/1868) 為宮、瑞正文院日尊
瑞龍寺門跡
室 大塚氏 ひさ
染井
瀧川 第五王女 某 (文化7/1810 - 文化8/1811) 喜之宮、普明院
第十三王女 某 (文政5/1822) 戒珠院
室 関根氏 (? - 天保5/1834) みの
花浦 第六王女 種子女王 (文化7/1810 - 文久3/1863) 潤屋宮、正覺院(のち等正覺院)
錦織寺門主木邊観慈室
第七王女 某 (文化8/1811 - 文化10/1813) 陳宮、妙解院
室 梅操院 越智愛子 (合田弘道女)(寛政8/1796 - 嘉永元/1848)
※天保13(1842)年、隆子女王の出奔騒ぎにより監督不行き届きを咎められ、剃髪蟄居(卒去後宥免) 千枝
梅崎
松代 第七王子 某 (文化13/1816) 苞宮、定香院
第十王女 政子女王 (文化14/1817 - 明治27/1894) 鏞宮、最勝院
瑞泉寺澤惠室
第十一王女 隆子女王 (文化15/1818 - 万延元/1860) 幾佐宮、省心院
※天保12(1841)年10月、甥の勧修寺宮済範親王と出奔騒ぎを起こし、12月霊鑑寺(のち瑞龍寺)に預けられ、翌年伏見宮より除籍される (薨去後宥免され伏見宮復籍)
第九王子 守脩親王 (文政2/1819 - 明治14/1881) 法諱:覺諄親王(のち昌仁親王)
萬代宮
明治維新後、還俗して梨本宮家を創設

入道時> 二品、円満院門跡のち梶井門跡、天台座主

復飾後> 二品、上野太守
第十王子 某 (文政3/1820 - 天保2/1831) 萬壽宮(はじめ懐宮)、淸淨嚴院
聖護院門跡附弟
第十二王子 某 (文政5/1822 - 文政6/1823) 佐那宮、妙功徳院
第十三王子 某 (文政7/1824) 證妙樂院
第十六王女 某 (文政8/1825 - 文政9/1826) 福宮、顯孝院
第十七王女 某 (文政11/1828) 登久宮、瑞光院
第十四王子 某 (文政12/1829) 漸學院
第十九王女 直子女王 (文政13/1830 - 明治26/1893) 東明宮、徳信院
一橋徳川慶壽室
第二十王女 某 (天保2/1831) 芳宮、格誠心院
第二十一王女 成淳(俗諱善子) (天保5/1834 - 元治2/1865) 有慶宮、尊澄成淳、慈明院
中宮寺門跡
二十代 睦宮邦家親王 (一品式部卿)(享和2(1802)年10月24日 - 明治5(1872)年8月5日)
妃 景曜光院 藤原景子 (鷹司政煕女)(文化10/1813 - 明治25/1892) 織君 第六王子 貞教親王 (天保7/1836 - 文久2/1862) 睦宮、眞實相院
二品、第二十一代伏見宮
第五王女 碌子女王 (天保10/1839 - 嘉永6/1853) 光宮、微妙光院
第七王子 某 (天保13/1842 - 嘉永4/1851) 喜久宮(はじめ壽天宮)、無著心院のち無量光院
青蓮院門跡相続治定
※父の厄年生まれのため、表向き天保11(1840)年生まれと称する
第八王女 則子女王 (嘉永3/1850 - 明治7/1874) 倫宮、貞淑夫人
錦織寺門主木邊賢慈縁約
紀伊和歌山藩主徳川茂承室
第九王女 某 (嘉永5/1852 - 嘉永6/1853) 嘉世宮、無上心院
第十一王女 某 (安政3/1856 - 安政5/1858) 利宮、無垢光院
第十四王子 貞愛親王 (安政5/1858 - 大正12/1923) 敦宮
はじめ妙法院相続
二品、第二十二・二十四代伏見宮
室 淸淨心院 賀茂壽子 (藤木辨顯女)(寛政10/1798 - 明治5/1872)
※のち北大路張顯に嫁す 金彌 第一王子 晃親王(初名清保) (文化13/1816 - 明治31/1898) 法諱:濟範親王
志津宮(はじめ静宮)
明治維新後、還俗して山階宮家創設

入道時> 二品、勧修寺門跡

復飾後> 二品、常陸太守
室 上野壽野   第二王子 嘉言親王 (文政4/1821 - 慶応4/1868) 法諱:雄仁親王
多嘉宮(はじめ巍宮)、普賢心寺
明治維新後、還俗して聖護院宮を称す

入道時> 一品、聖護院門跡

復飾後> 二品、上野太守
第三王子 譲仁親王(俗諱持勝) (文政7/1824 - 天保13/1842) 慥宮(はじめ彦宮)、遠壽成院
二品、曼殊院門跡
第一王女 恒子女王 (文政9/1826 - 大正5/1916) 岡宮、淸岡院
二條齊敬室
室 鳥居小路信子 (鳥居小路經親女)(? - 安政元/1854) 唐琴 第四王子 朝彦親王(初名成憲) (文政7/1824 - 明治24/1891) 法諱:尊融親王(初名尊應)
富宮、中川宮、獅子王院宮
明治維新後、還俗して久邇宮家創設

入道時> 二品、一乘院門跡のち青蓮院門跡、天台座主

復飾後> 二品、弾正尹
室 中村杣子 (中村市郎兵衛女)(? - 明治29/1896) そま 第二王女 順子女王 (文政10/1827 - 明治41/1908) 萬津宮、松壽院
一條忠香室
第三王女 久我誓圓 (文政11/1828 - 明治43/1910) 萬喜宮、得淨明院
善光寺住職
※明治8(1875)年久我通明養子として久我家に入籍
室 古山千恵 しん 第四王女 和子女王 (文政12/1829 - 明治17/1884) 嘉枝宮、妙寶院
大谷光勝(東本願寺厳如)室
室 近藤氏 加壽尾
千歳 第五王子 某 (天保6/1835) 微妙院
室 源信子 (堀内嗣善女)(? - 文久2/1862) 幾尾
五百重
磐瀬 第六王女 某 (天保14/1843) 菩提院
第八王子 彰仁親王(初名嘉彰) (弘化3/1846 - 明治36/1903) 法諱:純仁親王
豐宮、楞厳定院御室
明治維新後、還俗して小松宮家創設

入道時> 一品、仁和寺御室

復飾後> 二品、陸軍大将
第九王子 能久親王 (弘化4/1847 - 明治28/1895) 法諱:公現親王
満宮、鎮護王院宮
明治維新後、還俗して北白川宮家継承

入道時> 一品、輪王寺門跡

復飾後> 二品、陸軍大将
第十王子 某 (弘化5/1848 - 嘉永6/1853) 誠宮(はじめ威宮)、平等心院
梶井門跡相続治定
※表向き弘化4(1847)年生まれと称し、織君を実母とする
第十一王子 某 (嘉永2/1849 - 嘉永4/1851) 愛宮(はじめ慶宮)、紫雲光院
知恩院門跡尊超親王附弟内約
第十二王子 博經親王 (嘉永4/1851 - 明治9/1876) 法諱:尊秀親王
隆宮
明治維新後、還俗して華頂宮家創設

入道時> 二品、知恩院門跡

復飾後> 三品、弾正尹
室 木村世牟 (木村徳右衛門女) せん 第七王女 文秀女王 (天保15/1844 - 大正15/1926) 福喜宮、大知文秀、最勝心院
円照寺門跡
※表向き天保13(1842)年生まれと称し、織君を実母とする
室 藤原吉子 (伊丹保禄女)(天保8/1837 - 大正4/1915) 百枝・百々重
もよ
八重崎 第十王女 日榮 (安政2/1855 - 大正9/1920) 萬佐宮、村雲日榮
瑞龍寺門跡
※明治8(1875)年九條家入籍
第十三王子 智成親王 (安政3/1856 - 明治5/1872) 法諱:信仁親王
泰宮、照高院宮
明治維新後、還俗して北白川宮家創設

入道時> 聖護院門跡

復飾後> 三品
第十二王女 貴子女王 (安政4/1857 - 大正8/1919) 節宮
伯爵久松松平直應室/子爵奥平松平忠敬室
第十三王女 某 (安政6/1859) 歓樂院
第十四王女 某 (万延元/1860 - 元治元/1864) 多明宮、心淨院
第十五王子 清棲家教 (文久2/1862 - 大正12/1923) 六十宮、得淸淨院
仏光寺門跡
明治維新後、還俗して清棲姓を称す、伯爵
第十六王子 戴仁親王 (慶応元/1865 - 昭和20/1945) 易宮
三品、閑院宮家継承
第十七王子 依仁親王 (慶応3/1867 - 大正11/1922) 定宮、定麿王
三品、東伏見宮家創設
第十五王女 某 (明治2/1869 - 明治5/1872) 萬千宮
二十一代 睦宮貞教親王 (法号:眞實相院/二品兵部卿)(天保7(1836)年9月17日 - 文久2(1862)年10月14日)
妃 寶荘嚴院 藤原積子 (鷹司政通女)(天保9/1838 - 万延元/1860) 積君
五十君 第一王女 見喜宮 (安政3/1856 - 安政5/1858) 浄明珠院
第一王子 徳宮 (安政5/1858) 集功徳院
第二王女 理宮 (安政7/1860 - 文久元/1861) 法界性院
妃 妙榮徳院 藤原明子 (鷹司輔煕女)(弘化2/1845 - 明治11/1878) 榮君  
二十二代 敦宮貞愛親王 (二品)(安政5(1858)年4月28日 - 大正12(1923)年2月4日)
妃 穗宮利子女王 (有栖川宮幟仁親王女)(安政5/1858 - 昭和2/1927)   第二王子 邦芳王 (明治13/1880 - 昭和8/1933) 病身により廃嫡
第三王子 昭徳王 (明治14/1881 - 明治16/1883)
室 河野千代子   第一王子 博恭王(初名愛賢) (明治8/1875 - 昭和21/1946) 第二十五代伏見宮
室 増山奈越子   第一王女 禎子女王 (明治18/1885 - 昭和41/1966) 侯爵山内豐景室
二十三代 睦宮邦家親王(再襲)
二十四代 敦宮貞愛親王(再襲)
二十五代 博恭王(初名愛賢) (明治8(1875)年10月16日 - 昭和21(1946)年8月16日)
妃 徳川經子 (徳川慶喜女)(明治15/1882 - 昭和14/1939)   第一王子 博義王 (明治30/1897 - 昭和13/1938) 二十六代博明王の父
第一王女 恭子女王(寧子) (明治31/1898 - 大正8/1919) 侯爵淺野長武夫人
第二王子 博忠王 (明治35/1902 - 大正13/1924) 華頂宮家継承
第三王子 博信王 (明治38/1905 - 昭和45/1970) 称華頂姓、侯爵
第二王女 敦子女王 (明治40/1907 - 昭和11/1936) 侯爵清棲幸保夫人
第三王女 知子女王 (明治40/1907 - 昭和22/1947) 久邇宮朝融親王妃
第四王子 博英王 (大正元/1912 - 昭和18/1943) 称伏見姓、伯爵
二十六代 博明王 (昭和7(1932)年1月26日 - )
夫人 吉川和子 (吉川武女)(昭和8/1933 - 平成9/1997)   長女 朗子 (昭和34/1959 - )
次女 宣子 (昭和36/1961 - )
三女 雅子 (昭和39/1964 - )
 
 
  博義王
 
博義王 (明治30(1897)年12月8日 - 昭和13(1938)年10月19日)
妃 一條朝子 (一條實輝女)(明治35/1902 - 昭和46/1971)
  第一王女 光子女王 (昭和4/1929 - 昭和62/1987) 尾崎行良夫人
  第一王子 博明王 (昭和7/1932 - ) 第二十六代伏見宮
  第二王女 令子女王 (昭和8/1933 - 昭和12/1937)
  第三王女 章子女王 (昭和9/1934 - ) 草刈広夫人
 
 
  華頂侯爵家
 
侯爵 華頂博信 (明治38(1905)年5月22日 - 昭和45(1970)年10月25日)
夫人 華子女王 (閑院宮戴仁親王女)(明治42/1909 - 平成15/2003)*離縁
  長男 博道 (昭和5/1930 - )
  次男 博孝 (昭和7/1932 - 平成3/1991) 伏見伯爵家養子 (*昭和26(1951)年離籍)
  長女 治子 (昭和9/1934 - ) 松岡震三夫人
夫人 早川壽美子 (早川又市女)(大正8/1919 - )    
母追跡中
  次女 幸子 (昭和30/1955 - )

  伏見伯爵家
 
伯爵 伏見博英 (大正元(1912)年10月4日 - 昭和18(1943)年8月21日)
夫人 柳澤豐子 (柳澤保承女)(大正6/1917 - 昭和14/1939)
  長女 元子 (昭和12/1937 - ) 堂本泰三夫人
  次女 和子(誓寛) (昭和13/1938 - ) 得淨明院住職
夫人 黒田定子 (黒田長和女)(大正4/1915 - )
  三女 順子 (昭和16/1941 - 昭和20/1945)
  四女 佳子 (昭和18/1943 - ) 猪野和夫夫人


伏見宮家

貞常親王

  生没年:1425-1474
  父:伏見宮 後崇光院
    伏見宮
    中務卿
    贈一品
  妃:従二位 源盈子(父:権大納言 庭田重有)
    1456-1532 邦高親王
    1457-1530 天台座主 堯胤法親王
    -1535 道永入道親王
    1461-1513 覚円法親王
    -1541 天台座主 覚胤法親王
    -1537 天台座主 慈運法親王
    1467-1509 聖護院 道応法親王
  妃:三条局 真修院
    弘助法親王
    女王
    栄蔵主
    叡蔵主
  妃:?
    興信法親王
    1464-1526 等貴(僧)
    常信法親王
  妃:治部卿局
    -1424 ?
    1462-1508 永崇

邦高親王

  生没年:1456-1532
  父:伏見宮 貞常親王
    式部卿
    伏見宮
    贈一品
  妃:(父:左大臣 今出川教季)
    1488-1572 貞敦親王
  妃:従三位 藤原典子(父:左大臣 今出川公興)
    1499- 海覚法親王
  妃:?
    玉姫(左大将正三位 一条房冬室)
    等勝(僧)
    惟翁(僧)

貞敦親王

  生没年:1488-1572
  父:伏見宮 邦高親王
    伏見宮
    中務卿
    式部卿
    二品
  妃:従三位 藤原香子(父:太政大臣 三条実香)
    1513-1563 邦輔親王
    1514-1563 寛欽法親王
    -1559 天台座主 尭尊法親王
    位子女王(関白内覧 二条晴良室)
    1521-1598 天台座主 応胤入道親王(子:1591-1653 天台座主 尊純法親王、尊知女王)
    1525-1584 任助入道親王
  妃:?
    恵彭尼王
    -1602 尊智尼王

邦輔親王

  生没年:1513-1563
  父:伏見宮 貞敦親王
    伏見宮
    式部卿
    二品
  妃:(父:左大臣従一位 西園寺実宣)
    1544-1555 王子
    1547-1568 貞康親王
    1552-1597 天台座主 尊朝法親王
    1563-1639 天台座主 最胤法親王
  女:家女房
    1566?-1621 邦房親王
    -1621 天台座主 常胤法親王
    守理法親王
    邦茂王(以下保留)
    智暁
    娘

貞康親王

  生没年:1547-1568
  父:伏見宮 邦輔親王
    伏見宮
    式部卿
    二品
  妃:(父:内大臣 万里小路惟房)
    1566?-1621 邦房親王

邦房親王

  生没年:1566?-1621
  父:伏見宮 邦輔親王
  父:伏見宮 貞康親王
    伏見宮
    式部卿
    中務卿
    二品
  女:家女房
    1596-1654 貞清親王
    娘

貞清親王

  生没年:1596-1654
  父:伏見宮 邦房親王
    伏見宮
    兵部卿
    二品
  妃:小納言局(父:邦茂王孫定元)
    1609-1662 松栄女王
  妃:先勝院 冨利姫(父:宇喜多秀家)
    1615-1655 伏見宮 邦尚親王
    重慶親王
    娘
    照子女王(紀伊和歌山藩二代藩主 徳川光貞室)
    梅子女王(内大臣 久我広通室)
    1640-1676 顕子女王(征夷大将軍 徳川家綱室)
  女:家女房
    1632-1694 貞致親王
    1643-1656 伏見宮 邦道親王

貞致親王

  生没年:1632-1694
  父:伏見宮 貞清親王
    伏見宮
    弾正尹
    兵部卿
    式部卿
    二品
  妃:(父:関白内覧 近衛尚嗣)
    男
    1673-1728 茂宮 常子女王
    1676-1726 邦永親王
    正宮(娘)
    1689-1733 天台座主 道仁入道親王
    1691-1710 真宮 理子女王(征夷大将軍 徳川吉宗室)
    1692-1698 英宮(男)
    1694-1753 円猷(常磐井家へ)

邦永親王

  生没年:1676-1726
  父:伏見宮 貞致親王
    若宮
    伏見宮
    中務卿
    一品
  妃:清浄光院 福子内親王(父:霊元天皇
    1695-1714 道承入道親王
    明宮(娘)
    -1747 天台座主 尊祐入道親王(義父:霊元天皇
    -1738 天岳院 光子女王 岩姫(出雲松江藩五代藩主 松平宣維室)
    1700-1754 貞建親王
    1701-1748 東大寺別当 尊孝入道親王
    輔子女王(権大納言 今出川公詮室)
    1711-1733 培子女王(征夷大将軍 徳川家重室)
    1712-1740 義周入道親王
    興宮 宗真女王

貞建親王

  生没年:1700-1754
  父:伏見宮 邦永親王
    若宮
    伏見宮
    兵部卿
    一品
  妃:光顕院 秋子内親王(父:東山天皇
    五百宮 猷子女王
    豊子女王
    章宮 棋子女王
  女:家女房
    1731-1759 邦忠親王
    1733-1802 邦頼親王
    1737-1752 尊英入道親王
    1743-1824 天台座主 尊真入道親王
    -1757 (養子)順宮 徳子(紀伊和歌山藩七代藩主 徳川宗将室、父:権大納言 今出川公詮)
    寿子女王(東本願寺光遍室)
    賢子女王(内大臣 広幡前豊室)
    貞子女王(清水徳川家初代当主 徳川重好室)
    生雄香宮(王子)
    幸宮 益子女王

邦忠親王

  生没年:1731-1759
  父:伏見宮 貞建親王
    阿古宮
    上野太守
    伏見宮
    一品
  妃:
    1760-1772 (養子)貞行親王

貞行親王

  生没年:1760-1772
  父:桃園天皇
  義父:伏見宮 邦忠親王
    伏見宮
    二品
  妻:

邦頼親王

  生没年:1733-1802
  父:伏見宮 貞建親王
    孝宮、堯宮
    1746 勧修寺門跡
    1748 東大寺別当
    伏見宮
    兵部卿
    一品
  妃:蓮華心院 鷹司昌子(父:関白 鷹司輔平)
  妃:(父:大納言 松木宗美)
    1775-1841 貞敬親王
    1776-1828 公澄入道親王
    1777-1779 利宮(王女)
    1777-1778 鉉宮(王女)
    1778-1783 艶宮(王女)
    1783-1788 章宮(王女)
    1784-1840 薫子女王(夫:錦織寺十六世 宅慈)
    1786-1787 佐保宮(王女)
    1791-1792 好宮(王女)
    1792 百宮(王女)
    1793-1795 繁宮(王女)
    1793-1827 (養子)常端厳院(父:関白 鷹司政熙)

貞敬親王

  生没年:1775-1841
  父:伏見宮 貞頼親王
    嘉禰宮
    伏見宮
    上野太守
    兵部卿
    一品
  妃:寿美君 一条輝子(父:関白 一条輝良)
    1802-1872 邦家親王
    1804-1832 天台座主 聡宮 尊宝入道親王
    1804-1833 充宮 師子女王
    1806-1841 幸宮 韶子女王(夫:武蔵忍藩初代藩主 松平忠堯)
    1806 普照院(男)
    1806-1822 潔宮 尊誠入道親王
    1807-1868 為宮 日尊女王
    1808 清観院(王子)
    1808-1857 恭真院 教宮 英子女王(清水徳川家四代当主 徳川斉明室)
    1810-1811 喜之宮(王女)
    1810-1863 潤屋宮 種子女王(夫:錦織寺十七世 歓慈)
    1811-1813 陳宮(王女)
    1814-1815 千嘉宮(王子)
    1815-1859 寿賀宮 増子女王(夫:宝如、義父:左大臣 近衛基前)
    (養子)晃親王
    1816 苞宮(王子)
    1816-1891 万志宮 宗淳女王
    政子女王(夫:瑞泉寺宅恵)
    1818-1860 幾佐宮 隆子女王
    1818-1836 能布宮 尊常入道親王
    1819 和宮(王子)
    鏞宮(王女)
    1819-1881 守脩親王
    1820-1831 万寿宮
    (養子)嘉言親王(北白川宮家へ)
    (養子)朝彦親王
    1821 煥宮(王子)
    1822-1823 佐那宮(王子)
    1822 戒珠院
    1823 正宮(王女)
    1824 證妙楽院
    1824 泰宮(王女)
    1825-1826 福宮(王女)
    1828 登久宮(王女)
    1828 慮遮那院(王女)
    1829 漸学院(王子)
    1830-1893 直子女王(一橋徳川家七代当主 徳川慶壽室)
    1831 芳宮(王女)
    1834-1865 有慶宮 成淳女王
    -1898 志津宮 済範法親王
    宗淳
    -1868 多嘉宮 雄仁法親王
    -1891 尊応法親王

守脩親王

  生没年:1819-1881
  父:伏見宮 邦敬親王
    万代宮
    1833-1868 覚諄法親王
    天台座主
    1868 守脩親王
    -1870 梶井宮
    上野太守
    1870-1881 梨本宮
  妻:
    1874-1908 (養子)菊麿王

邦家親王

  生没年:1802-1872
  父:伏見宮 邦敬親王
    睦宮
    1841-1862 伏見宮
    1864-1872 伏見宮
    上野太守
  妃:鷹司景子(父:関白 鷹司政熙)
    1836-1862 貞教親王
  女:堀内信子(父:堀内伊勢守嗣善)
    1816-1898 晃親王(山階宮家へ)
    1821-1868 嘉言親王
    1847-1895 能久親王(北白川宮家へ)
    1824-1842 曼殊院 譲仁法親王(義父:閑院宮 孝仁親王)
  女:信子(父:鳥居小路法眼経視)
    1824-1891 朝彦親王久邇宮家へ)
    1826-1916 恒子女王(夫:摂政 二条斉敬)
    1827-1908 順子女王(夫:左大臣 一条忠香)
    1828-1910 善光寺住職 万喜宮 久我誓円(義父:久我通明)
    1829-1884 和子女王(夫:東本願寺二十一代法主 大谷光勝)
    1835 微妙院(王女)
    1839-1853 光宮 録子女王
    1842-1851 喜久宮
    1843 菩提院(王女)
    1844-1926 福喜宮 文秀女王
    1846-1903 彰仁親王(小松宮家へ)
    1848-1853 誠宮(王子)
    1849-1851 愛宮(王子)
    1850-1874 倫宮 則子女王(紀伊和歌山藩十四代藩主 徳川茂承室)
    1851-1876 博経親王(華頂宮家へ)
    1852-1853 嘉世宮(王女)
    1855-1875 瑞龍寺住職 万佐宮 村雲日栄
    1856-1858 利宮(王女)
    1856-1872 智成親王
    1857-1919 節宮 貴子女王(夫:松平直応および子爵 松平忠敬)
    1858-1923 貞愛親王
    1859 歓楽院
    1860-1864 多明宮(王女)
    1862-1923 清棲家教清棲家へ)
    1865-1945 載仁親王(閑院宮家へ)
    1867-1922 依仁親王(東伏見宮家へ)
    -1853 皇子
    1869-1872 万千宮(王女)

貞教親王

  生没年:1836-1862
  父:伏見宮 邦家親王
    睦宮
    1862 伏見宮
    兵部卿
  妃:五十君 鷹司積子(父:関白太政大臣 鷹司政通)
    1856-1858 見喜宮
    1858 徳宮
    1860-1861 理宮
  妃:鷹司明子(父:関白 鷹司輔熙)

貞愛親王

  生没年:1858-1923
  父:伏見宮 邦家親王
    敦宮
    1862-1864 伏見宮
    1872-1923 伏見宮
    陸軍大将元帥
  妃:利子女王(父:有栖川宮 幟仁親王)
    1875-1946 博恭王
    1880-1933 邦芳王
    1881-1883 昭徳王
    1885-1966 禎子女王(夫:侯爵 山内豊景)

博恭王

  生没年:1875-1946
  父:伏見宮 貞愛親王
  義父:華頂宮 博厚親王
    1883-1904 華頂宮
    1904- 伏見宮
    海軍大将元帥
    軍令部総長
  妃:徳川経子(父:征夷大将軍 徳川慶喜)
    1897-1938 博義王
    1898-1919 寧子女王(夫:侯爵 浅野長武)
    1902-1924 博忠王(華頂宮家へ)
    1905-1970 華頂博信華頂家へ)
    1907-1936 敦子女王(夫:伯爵 清棲幸保
    1907-1947 知子女王(夫:久邇宮 朝融王)
    1912-1943 伏見博英(伏見家へ)

博義王

  生没年:1897-1938
  父:伏見宮 博恭王
    海軍大佐
  妃:一条朝子(父:公爵 一条実輝)
    1929-1987 光子女王(夫:尾崎行良)
    1932- 博明(伏見家へ)
    1930-1937 令子女王
    1931- 章子女王(夫:草刈広)

伏見家

伏見博英

  生没年:1912-1943
  父:伏見宮 博恭王
    1936-1943 伯爵
    -1943 海軍少佐
  妻:柳沢豊子(父:伯爵 柳沢保承)
  妻:黒田定子(父:男爵 黒田長和)
    1937- 元子(夫:堂本泰三)
    1938- 得浄明院住職 誓寛
    1941-1945 順子
    1943- 佳子(夫:伏見和夫
    1932-1991 (養子)博孝

伏見博孝

  生没年:1932-1991
  父:侯爵 華頂博信
  義父:伯爵 伏見博英
    1943-1947 伯爵
  妻:
    1941- (養子)和夫

伏見和夫

  生没年:1941-
  父:猪野昇
  義父:伯爵 伏見博孝
  妻:伏見佳子(父:伯爵 伏見博英
    1967- 仁志
    1971- 毛利文孝(毛利氏へ)
    1973- 裕子

伏見博明

  生没年:1932-
  父:博義王
  妻:吉川和子(父:吉川武)
    1959- 朗子
    1961- 宣子
    1964- 雅子


伏見宮家

栄仁親王━┳━後崇光院 貞成親王━━━━━━━━┳━性恵法親王
     ┃ 第三代伏見宮           ┣━彦仁親王
     ┣━第二代伏見宮 治仁王━┳━智観  ┣━皇女(幼名めここ)
     ┣━寶珠庵 用健周乾   ┣━真栄  ┣━理延女王
     ┣━椎野         ┗━智久  ┣━貞常親王━━━━━━━━━┓
     ┣━恵舜(僧)            ┣━皇女           ┃
     ┣━王子某              ┣━皇女(幼名ちよちよ)   ┃
     ┣━王子某              ┗━雲岳聖朝         ┃
     ┣━王子某                             ┃
     ┗━洪蔭 松崖洪蔭(僧)                      ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━邦高親王━━━━━━━━━┓
                        ┣━天台座主 堯胤法親王   ┃
                        ┣━道永入道親王       ┃
                        ┣━覚円法親王 常信親王   ┃
                        ┣━天台座主 覚胤法親王   ┃
                        ┣━天台座主 慈運法親王   ┃
                        ┣━聖護院 道応法親王    ┃
                        ┣━弘助法親王        ┃
                        ┣━女王           ┃
                        ┣━栄蔵主          ┃
                        ┣━叡蔵主          ┃
                        ┣━興信法親王        ┃
                        ┣━宗山等貴(僧)      ┃
                        ┣━常信法親王        ┃
                        ┣━?            ┃
                        ┗━永崇           ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━貞敦親王━━━━━━━━━━┳━邦輔親王━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┣━海覚法親王         ┣━寛欽法親王                ┃
┣━玉姫            ┣━天台座主 尭尊法親王           ┃
┃ (左大将正三位 一条房冬室)┣━位子女王                 ┃
┣━文山等勝(僧)       ┃ (関白内覧 二条晴良室)         ┃
┗━安藤惟実、惟翁(僧)    ┣━天台座主 応胤入道親王          ┃
                ┣━任助入道親王               ┃
                ┣━恵彭尼王                 ┃
                ┗━尊智尼王                 ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━王子
┣━貞康親王━━━━━━━━━邦房親王?━┳━貞清親王━━━━━━━━━━━━┓
┣━天台座主 尊朝法親王         ┗━娘               ┃
┣━天台座主 最胤法親王                           ┃
┣━邦房親王?                                ┃
┣━天台座主 常胤法親王                           ┃
┣━守理法親王                                ┃
┣━邦茂王(以下保留)                            ┃
┣━智暁                                   ┃
┗━娘                                    ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━松栄女王
┣━伏見宮 邦尚親王
┣━重慶親王
┣━娘
┣━照子女王
┃ (紀伊和歌山藩二代藩主 徳川光貞室)
┣━梅子女王
┃ (内大臣 久我広通室)
┣━顕子女王
┃ (征夷大将軍 徳川家綱室)
┣━貞致親王━━━━━━━━━━┳━男
┗━伏見宮 邦道親王      ┣━茂宮 常子女王
                ┣━邦永親王━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
                ┣━正宮(娘)                ┃
                ┣━天台座主 道仁入道親王          ┃
                ┣━真宮 理子女王              ┃
                ┃ (征夷大将軍 徳川吉宗室)        ┃
                ┣━英宮(男)                ┃
                ┗━円猷(常磐井家へ)            ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━道承入道親王
┣━明宮(娘)
┣━天台座主 尊祐入道親王
┃ (義父:霊元天皇
┣━天岳院 光子女王 岩姫
┃ (出雲松江藩五代藩主 松平宣維室)
┣━貞建親王━━━━━━━━━━┳━五百宮 猷子女王
┃ 東大寺別当 尊孝入道親王  ┣━豊子女王
┣━輔子女王          ┣━章宮 棋子女王
┃ (権大納言 今出川公詮室) ┣━邦忠親王━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┣━培子女王          ┣━邦頼親王━━━━━━━━━━━━━━━━┓┃
┃ (征夷大将軍 徳川家重室) ┣━尊英入道親王              ┃┃
┣━義周入道親王        ┣━天台座主 尊真入道親王         ┃┃
┗━興宮 宗真女王       ┃ (養子)順宮 徳子           ┃┃
                ┃ (紀伊和歌山藩七代藩主 徳川宗将室)  ┃┃
                ┃ (父:権大納言 今出川公詮)      ┃┃
                ┣━寿子女王                ┃┃
                ┃ (東本願寺光遍室)           ┃┃
                ┣━賢子女王                ┃┃
                ┃ (内大臣 広幡前豊室)         ┃┃
                ┣━貞子女王                ┃┃
                ┃ (清水徳川家初代当主 徳川重好室)   ┃┃
                ┣━生雄香宮(王子)            ┃┃
                ┗━幸宮 益子女王             ┃┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛┃
┃┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┗━(養子)貞行親王

┣━貞敬親王━━━━━━━━━━┳━邦家親王━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┣━公澄入道親王        ┣━天台座主 聡宮 尊宝入道親王       ┃
┣━利宮(王女)        ┣━充宮 師子女王              ┃
┣━鉉宮(王女)        ┣━幸宮 韶子女王              ┃
┣━艶宮(王女)        ┃ (夫:武蔵忍藩初代藩主 松平忠堯)    ┃
┣━章宮(王女)        ┣━普照院(男)               ┃
┣━薫子女王          ┣━潔宮 尊誠入道親王            ┃
┃ (夫:錦織寺十六世 宅慈) ┣━為宮 日尊女王              ┃
┣━佐保宮(王女)       ┣━清観院(王子)              ┃
┣━好宮(王女)        ┣━恭真院 教宮 英子女王          ┃
┣━百宮(王女)        ┃ (清水徳川家四代当主 徳川斉明室)    ┃
┗━繁宮(王女)        ┣━喜之宮(王女)              ┃
  (養子)常端厳院      ┣━潤屋宮 種子女王             ┃
  (父:関白 鷹司政熙)   ┃ (夫:錦織寺十七世 歓慈)        ┃
                ┣━陳宮(王女)               ┃
                ┣━千嘉宮(王子)              ┃
                ┣━寿賀宮 増子女王             ┃
                ┃ (夫:宝如、義父:左大臣 近衛基前)   ┃
                ┃ (養子)晃親王              ┃
                ┣━苞宮(王子)               ┃
                ┣━万志宮 宗淳女王             ┃
                ┣━政子女王                 ┃
                ┃ (夫:瑞泉寺宅恵)            ┃
                ┣━幾佐宮 隆子女王             ┃
                ┣━能布宮 尊常入道親王           ┃
                ┣━和宮(王子)               ┃
                ┣━鏞宮(王女)               ┃
                ┣━守脩親王━━━━━━━━━━━━━━━━┓┃
                ┣━万寿宮                 ┃┃
                ┣━(養子)嘉言親王(北白川宮家へ)    ┃┃
                ┣━(養子)朝彦親王            ┃┃
                ┣━煥宮(王子)              ┃┃
                ┣━佐那宮(王子)             ┃┃
                ┣━戒珠院                 ┃┃
                ┣━正宮(王女)              ┃┃
                ┣━證妙楽院                ┃┃
                ┣━泰宮(王女)              ┃┃
                ┣━福宮(王女)              ┃┃
                ┣━登久宮(王女)             ┃┃
                ┣━慮遮那院(王女)            ┃┃
                ┣━漸学院(王子)             ┃┃
                ┣━直子女王                ┃┃
                ┃ (一橋徳川家七代当主 徳川慶壽室)   ┃┃
                ┣━芳宮(王女)              ┃┃
                ┣━有慶宮 成淳女王            ┃┃
                ┣━志津宮 済範法親王           ┃┃
                ┣━宗淳                  ┃┃
                ┣━多嘉宮 雄仁法親王           ┃┃
                ┗━尊応法親王               ┃┃
                                      ┃┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛┃
┗━(養子)菊麿王                              ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━貞教親王━━━━━━━━━━┳━見喜宮
┣━晃親王(山階宮家へ)    ┣━徳宮
┣━嘉言親王          ┗━理宮
┣━能久親王(北白川宮家へ)
┣━曼殊院 譲仁法親王
┃ (義父:閑院宮 孝仁親王)
┣━朝彦親王久邇宮家へ)
┣━恒子女王
┃ (夫:摂政 二条斉敬)
┣━順子女王
┃ (夫:左大臣 一条忠香)
┣━善光寺住職 万喜宮 久我誓円
┃ (義父:久我通明)
┣━和子女王
┃ (夫:東本願寺二十一代法主 大谷光勝)
┣━微妙院(王女)
┣━光宮 録子女王
┣━喜久宮
┣━菩提院(王女)
┣━福喜宮 文秀女王
┣━彰仁親王(小松宮家へ)
┣━誠宮(王子)
┣━愛宮(王子)
┣━倫宮 則子女王
┃ (紀伊和歌山藩十四代藩主 徳川茂承室)
┣━博経親王(華頂宮家へ)
┣━嘉世宮(王女)
┣━瑞龍寺住職 万佐宮 村雲日栄
┣━利宮(王女)
┣━智成親王
┣━節宮 貴子女王
┃ (夫:松平直応および子爵 松平忠敬)
┣━貞愛親王━━━━━━━━━━┳━博恭王━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┣━歓楽院           ┣━邦芳王                  ┃
┣━多明宮(王女)       ┣━昭徳王                  ┃
┣━清棲家教清棲家へ)    ┗━禎子女王                 ┃
┣━載仁親王(閑院宮家へ)     (夫:侯爵 山内豊景)          ┃
┣━依仁親王(東伏見宮家へ)                         ┃
┣━皇子                                   ┃
┗━万千宮(王女)                              ┃
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━博義王━━━━━━━━━━━━━┳━光子女王
┣━寧子女王(夫:侯爵 浅野長武) ┃ (夫:尾崎行良)
┣━博忠王(華頂宮家へ)      ┣━伏見博明(伏見家へ)━┳━伏見朗子
┣━華頂博信華頂家へ)      ┣━令子女王       ┣━伏見宣子
┣━敦子女王            ┗━章子女王       ┗━伏見雅子
┃ (夫:伯爵 清棲幸保)       (夫:草刈広)
┣━知子女王
┃ (夫:久邇宮 朝融王)
┗━伏見博英(伏見家へ)━┳━伏見元子(夫:堂本泰三)
 (博英王)       ┣━得浄明院住職 誓寛
             ┣━伏見順子
             ┣━伏見佳子(夫:伏見和夫
             ┗━(養子)伏見博孝━━━(養子)伏見和夫━━━━━┓
                                       ┃
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━伏見仁志
┣━毛利文孝(毛利氏へ)
┗━伏見裕子


天皇家伏見宮家