歴史・人名

セイロン沖海戦

英勢力への大痛棒



1942年4月5日~9日セイロン沖海戦



インド洋の制海権を奪う為、日本海軍は機動艦隊をインド洋に向かわせ、セイロン島のイギリス艦隊と

の決戦を行った。



主な参加艦

日本

戦艦 金剛 比叡 霧島 榛名 

空母 赤城 飛龍 蒼龍 翔鶴 瑞鶴 龍驤

重巡 利根 鳥海 妙高 羽黒 最上 鈴谷 熊野 三隈 筑摩

軽巡 阿武隈 由良 川内 他 駆逐艦20隻参加



イギリス軍

空母 インドミタブル フォーダブル ハーミス

戦艦 ウォースパイト レゾリューション ラミリーズ ロイヤルソブリン リベンジ

重巡 コーンウォール ドーセットシャー ロンドン スーザン キャンベラ

軽巡 エンタープライズ エメラルド ヒームスカーク

駆逐艦 9隻 潜水艦7隻参加



ジャワ島を攻略した日本軍は次の目標であるビルマ、インド洋にあるアンダマン諸島であった。

だがセイロン島のイギリス艦隊の存在が攻略への障害になる為、南雲忠一中将と小沢治三郎中将

の2つの機動艦隊を投入した。4月1日に南雲機動艦隊はセイロン島に向け攻撃する筈だったが

準備等で遅れていた。その事が日本軍の危機を救い、待ち伏せしていたイギリス艦隊は待ちぼうけを

くらい、補給の為帰港した。そして4日に日本軍発見の報告を受け、補給が終わった艦を向かわせた。

そして日本軍は5日に攻撃を開始、128機の艦載機がセイロン島を空襲した。そして第二時攻撃隊は

先発隊の要請により雷装から爆装への変更を行っていたが、偵察機からの敵艦隊発見の報告を受け

爆装から雷装へ再び変更を行う。こうして無事発進できた艦載機により重巡洋艦「コーンウォール」と

「ドーセットシャー」を撃沈した。相手の反撃もあったが無事迎撃し、9日にはトリンコマリー港を空襲し

施設を破壊した。この攻撃隊を収納中に敵の空母を発見し91機の艦載機が出撃し空母「ハーミス」と

随伴艦を撃沈した。こうして日本軍は圧倒的な戦果を収め被害も最小限に押さえた。





被害

日本

艦載機20機

イギリス軍

空母 ハーミス 重巡コーンウォール ドーセットシャー 駆逐艦他数隻 沈没



英艦隊は待ち伏せするタイミングを間違え不利になる状況を作ってしまい、日本軍に対してロクな攻撃が

できずに一方的にやられる事しかできなかった。日本軍は武装換装に3時間と長時間かかってしまったが

その危機を熟練した技術により救われた。この武装換装が後のミッドウェー海戦での敗戦に繋がる事になる。