歴史・人名

南北朝時代

月日人物・出来事  _地域_国・時代_追加
1334島津荘日向南郷で北條氏縁故者が挙兵  (日本-建武)編集
1334   (日本-建武(南朝))編集
1334   (日本-建武(北朝))編集
1334日本で建武の中興  (日本-)編集
13341.29建武(けんむ)(1334.1.29-1335)  (日本-建武《南朝》)編集
1335足利尊氏そむく  (日本-建武)編集
1336建武中興→室町時代(1336 - 1573)  (日本-室町時代)編集
1336尊氏東上、湊川の戦、正成戦死  (日本-延元)編集
1336貞久、重久篤兼に肝付氏の属城加瀬田城を攻めさせる  (日本-延元)編集
1336   (日本-延元(南朝))編集
1336北山文化  (-)編集
13362.29延元(えんげん)(1336.2.29-1339)  (日本-延元《南朝》)編集
13368.15北朝2代 光明天皇  (日本-)編集
1338足利尊氏、征夷大将軍となる  (日本-延元)編集
1338   (日本-暦応(北朝))編集
1338英仏の百年戦争はじまる  (欧州-)編集
1338足利尊氏が幕府を開く(南北朝時代へ)  (日本-)編集
13388.28暦応(北朝)(りゃくおう)(1338.8.28-1341)  (日本-暦応(北朝))編集
1339後醍醐天皇死去  (日本-延元)編集
1339英仏間に百年戦争はじまる(~1453)   (-)編集
13398.15第97代 後村上天皇  (日本-)編集
1340貞久、市来時家を攻め下す  (日本-興国)編集
1340幕府、武士の寺社本所領押領を断罪  (日本-興国)編集
1340   (日本-興国(南朝))編集
13404.28興国(こうこく)(1340.4.28-1345)  (日本-興国《南朝》)編集
1341足利直義、天竜寺船を元に派遣  (日本-興国)編集
1342征西将軍懐良親王、薩洲津につき上陸谷山城にはいる  (日本-興国)編集
1342   (日本-康永(北朝))編集
13424.27康永(北朝)(こうえい)(1342.4.27-1344)  (日本-康永(北朝))編集
1343北畠親房ら吉野へ帰還  (日本-興国)編集
1344東大寺僧徒、八幡神輿を奉じ入京  (日本-興国)編集
1345   (日本-貞和(北朝))編集
134510.21貞和(北朝)(じょうわ)(1345.10.21-1349)  (日本-貞和(北朝))編集
1346諸国の関料・津料を停止  (日本-正平)編集
1346足利直義、貞久・宗久に伊集院忠国鮫島・蓮道を討たせる  (日本-正平)編集
1346   (日本-正平(南朝))編集
1346イスラムのイブン=バツータが元の大都に来る  (アジア-)編集
134612.08正平(しょうへい)(1346.12.8-1369)  (日本-正平《南朝》)編集
1347. 宮方、谷山城に入る 官軍熊野水軍の応援で東福寺城を攻める 谷山の官軍勝つ  (日本-正平)編集
1347ヨーロッパで黒死病が流行  (欧州-)編集
1347ヨーロッパにペストが流行(~1350)  (欧州-)編集
1347このころハンザ同盟の全盛期   (-)編集
1348四条畷の戦=楠木正行、高師直と戦い敗死  (日本-正平)編集
1348足利直義、貞久に畠山直顕など宮方軍を討つことを命じる  (日本-正平)編集
134810.27北朝3代 崇光天皇  (日本-)編集
1349尊氏の長子足利直冬、長門探題となる  (日本-正平)編集
1350   (日本-観応(北朝))編集
1350観応の乱=足利尊氏、直義兄弟の不仲  (日本-正平)編集
1350タイのアユチア朝成立  (アジア-)編集
13502.27観応(北朝)(かんおう)(1350.2.27-1351)  (日本-観応(北朝))編集
1351島津氏久、筑前国月隈・金隈合戦に従軍  (日本-正平)編集
1351南北朝和議なる 翌年破る  (日本-正平)編集
1351徐寿輝  (日本-天完)編集
1351紅巾の乱  (アジア-)編集
1352足利義詮、島津一族に伊東祐氏と畠山直顕を討たせる  (日本-正平)編集
1352尊氏、直義を鎌倉で毒殺  (日本-正平)編集
1352   (日本-文和(北朝))編集
13528.17北朝4代 後光厳天皇  (日本-)編集
13529.27文和(北朝)(ぶんわ)(1352.9.27-1355)  (日本-文和(北朝))編集
1353. 義詮、貞久・執院氏に命じ畠山直顕・伊東祐氏を荘より遂う  (日本-正平)編集
1354張士誠  (中国-呉)編集
1354近江に土一揆おこる*1428年(正長1) の徳政一揆参照  (日本-正平)編集
1354オスマン・トルコにガリポリを奪われる (欧州-ローマ)編集
1355伏見の土民一揆  (日本-正平)編集
1355韓林児  (中国-宋)編集
1356   (日本-延文(北朝))編集
1356金印勅書   (-)編集
13563.28延文(北朝)(えんぶん)(1356.3.28-1360)  (日本-延文(北朝))編集
1358足利尊氏死去  (日本-正平)編集
1358仏でジャックリーの乱  (欧州-)編集
1359筑後川の戦=懐良親王ら、少弐頼尚を破る  (日本-正平)編集
1360明玉珍  (中国-夏)編集
1360陳友諒  (アジア-中国/漢)編集
1360. 日向国畠山直顕、島津氏久と盟約し南九州より撤退  (日本-正平)編集
1360永楽帝・生  (アジア-中国)編集
1361   (日本-康安(北朝))編集
1361南朝軍京都を攻め、将軍義詮、近江に逃げる  (日本-正平)編集
1361和泉・牛尿・馬越氏ら反島津氏的南朝方国人、一揆  (日本-正平)編集
13613.29康安(北朝)(こうあん)(1361.3.29)  (日本-康安(北朝))編集
1362   (日本-貞治(北朝))編集
13629.23貞治(北朝)(じょうじ)(1362.9.23-1367)  (日本-貞治(北朝))編集
1363陳理  (アジア-中国/漢)編集
1364朱元璋   (中国-呉)編集
1365オスマン・トルコにアドリアノープルを奪われる (欧州-ローマ)編集
1366明昇  (中国-夏)編集
1366高麗倭寇の禁圧を求める  (日本-正平)編集
1367高麗使来たり、倭寇の禁圧を求む  (日本-正平)編集
1368   (日本-応安(北朝))編集
1368足利義満、将軍となる  (日本-正平)編集
1368和泉・牛尿・渋谷氏ら反島津氏的南朝方国人、一揆  (日本-正平)編集
1368元滅亡、明・朱氏・・太祖洪武帝(朱元璋)が即位(~1398)(明の成立)   (アジア-元/明)http://www.0o0d.com/img/flags/16/mincho.png編集
1368明朝(1368-1644) (アジア-中国)http://www.0o0d.com/img/flags/16/mincho.png編集
13682.18応安(北朝)(おうあん)(1368.2.18-1374)  (日本-応安(北朝))編集
13683第98代 長慶天皇  (日本-)編集
1369明、倭寇禁圧を征西将軍に請う  (日本-正平)編集
1369中央アジアにチムール帝国の成立  (アジア-)編集
1370昭宗アユルシリダラ  (アジア-モンゴル・北元)編集
1370東国大風・大飢饉  (日本-建徳)編集
1370   (日本-建徳(南朝))編集
13707.24建徳(けんとく)(1370.7.24-1371)  (日本-建徳《南朝》)編集
1371今川貞世、九州探題となる  (日本-建徳)編集
13713.23北朝5代 後円融天皇  (日本-)編集
1372諸国に段銭賦課  (日本-文中)編集
137210.04文中(ぶんちゅう)(1372.10.4-1374)  (日本-文中《南朝》)編集
1375   (日本-永和(北朝))編集
1375高麗使来日、倭寇の禁圧を求める  (日本-天授)編集
1375   (日本-天授(南朝))編集
13752.27永和(北朝)(えいわ)(1375.2.27-1378)  (日本-永和(北朝))編集
13755.27天授(てんじゅ)(1375.5.27-1380)  (日本-天授《南朝》)編集
1377高麗倭寇の禁圧を要請  (日本-天授)編集
1377肥前・薩摩・大隈・日向国人による反島津氏的一揆結成  (日本-天授)編集
1378天元帝トグス・テムル  (アジア-モンゴル・北元)編集
1378足利義満、室町に花の御所をつくり、移る  (日本-天授)編集
1378教会の大分裂(シスマ)  (欧州-)編集
1378教会分裂(~1417)   (-)編集
1379   (日本-康暦(北朝))編集
13793.22康暦(北朝)(こうりゃく)(1379.3.22-1380)  (日本-康暦(北朝))編集
1380明、倭寇の禁圧を求める  (日本-天授)編集
1381   (日本-永徳(北朝))編集
1381   (日本-弘和(南朝))編集
1381イギリスに農民一揆が起こる(ワット・タイラー)   (欧州-)編集
1381英でワット=タイラーの乱  (欧州-)編集
13812.01弘和(こうわ)(1381.2.1-1383)  (日本-弘和《南朝》)編集
13812.24永徳(北朝)(えいとく)(1381.2.24-1383)  (日本-永徳(北朝))編集
13824.11第100代 後小松天皇  (日本-)編集
1383義満、准三后となる 明の洪武帝日本と団交  (日本-弘和)編集
138310第99代 後亀山天皇  (日本-)編集
1384   (日本-元中(南朝))編集
1384   (日本-至徳(北朝))編集
13842.27至徳(北朝)(しとく)(1384.2.27-1386)  (日本-至徳(北朝))編集
13844.28元中(げんちゅう)(1384.4.28-1392)  (日本-元中《南朝》)編集
1385. 下相良氏、国人一揆より離反、国人一揆は弱体化し瓦解  (日本-元中)編集
1386明の軍人林賢の陰謀発覚し、日本と通交断絶  (日本-元中)編集
1387   (日本-嘉慶(北朝))編集
13878.23嘉慶(北朝)(かけい)(1387.8.23-1388)  (日本-嘉慶(北朝))編集
1388倭寇高麗の光州を陥し、州都を焼く  (日本-元中)編集
1389高麗兵、対馬に寇する  (日本-元中)編集
1389   (日本-康応(北朝))編集
13892.09康応(北朝)(こうおう)(1389.2.9)  (日本-康応(北朝))編集
1390土岐の乱=幕府、美濃守護土岐康行を討つ  (日本-元中)編集
1390島津久氏、伊集院に妙円寺を創建  (日本-元中)編集
1390   (日本-明徳(北朝))編集
13903.26明徳(北朝)(めいとく)(1390.3.26-)  (日本-明徳(北朝))編集
1391明徳の乱  (日本-元中)編集
1392高麗滅亡、李氏朝鮮成立(~1910)   (アジア-朝鮮)編集
1392李氏朝鮮の建国  (アジア-朝鮮)編集
1392南北朝合一  (日本-元中)編集