歴史・人名

ラミダス猿人

時事用語事典
アルディ/ラミダス猿人  
[Ardi:Ardipithecus ramidus]
2009/10
イミダス編

人類の全身骨格としては最古とみられる約440万年前の成年女性骨格の愛称。学名アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人、あるいはラミドゥス猿人とも)からこの名が付けられた。諏訪元(すわ・げん)東京大学教授らの国際研究チームが、エチオピア北東部アファール地溝帯で発掘した化石から全身骨格を復元。それを基に研究した生態を2009年10月2日付のアメリカ科学誌サイエンスに発表した。それによると、身長120cmで体重は約50kg。脳の容量は300~350ccと、小ぶりなチンパンジー程度で現代人の4分の1くらい。チンパンジーより原始的だが木登りに適した手があり、一方で、二足歩行が可能な足や骨盤の構造を持ち、果実や昆虫も食べるなど雑食性が高いこと、顔も小さいことなどヒトに近い特徴もあった。体格の男女差はあまりなく犬歯も小さいことから、男性の攻撃性は低いとされる。これまでの最古の全身骨格は約320万年前で、それを100万年以上も更新。また、ヒトとチンパンジーはDNAの塩基配列の99%近くが同じで、600万年以上前に共通の祖先から分かれたとされるが、共通の祖先自体は見つかっていない。ラミダス猿人は、共通祖先の特徴を多く保持していると思われ、人類歴史の大きな手がかりとなる。


最古の「人類の祖先」はルーシーではなくアルディ(ラミダス猿人)

440万年前のラミダス猿人の全身骨格などが再現された。これまでの説を覆す画期的研究だ。

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Brandon Keim

ardi1hr身長 120センチ、体重50キロ。Images:Science

『Science』誌10月2日号、ラミダス猿人の化石人骨『アルディ』――『アルディピテクス・ラミダス』[ラミダス猿人の英語名]から取った愛称――に関する論文を多数取り上げている。

[1992年以降エチオピアで発見された諸化石から全身像などを復元した研究者グループによると、]アルディは、人間という種族に属する最初の猿人だと認められた種の有名な化石人骨『ルーシー』より100万年以上も前に、直立歩行をしていた可能性があるという。

人類の最初の祖先」という地位は今やルーシーではなくアルディのものとなったわけだが、これは、人類系図を表面的に書き換えるだけでは済まない。ルーシーの発見以来、人類の起源はサバナ[疎林と潅木を交えた熱帯草原地帯]にあるとされてきたが、アルディは森林地帯に生息していたと見られる。さらに、科学者らはルーシーの骨格から、人類と他の類人猿の最後の共通祖先はチンパンジーに似たものだと判断していたが、アルディの発見で、そうした判断は否定されることになる。

familytree

アルディなどのラミダス猿人は、ルーシーなどのアファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)より前の時代のものだ。ルーシーの祖先の一部は数百万年前に枝分かれして1つの種族となり、現在はチンパンジーやピグミーチンパンジーとなっている。ラミダス猿人がすべてのヒト科の動物の起源ではないとしても、のちに人間となったヒト科の動物の起源だという可能性はある。

ダーウィン以来、ほとんどの科学者は、人類、チンパンジー、およびゴリラの最後の共通祖先を「チンパンジーに似たもの」と推測していた。チンパンジーの DNAが人間のDNAと99%一致し、チンパンジーがルーシーの骨格的特長の多くを持っていたことが、こうした考え方の裏付けとなっていた。

しかしラミダス猿人は、チンパンジーの典型的な特徴(オスが持つ大きな犬歯など)をほとんど持っていない。これは、チンパンジーに見られる非常に攻撃的な社会的行動を、ラミダス猿人が早い段階で行なわなくなったことを示していると研究者らは言う。[犬歯の縮小は人類の大きな特徴とされる]。こういったことは、チンパンジーや大型霊長類には、ヒトと枝分かれしてからかなりの変異が起こったことを示している。

[ラミダス猿人の化石を最初に発見し、今回の研究にも参加している諏訪元・東京大教授によると、「チンパンジーは、樹上では懸垂運動をし、地上では前肢の中指を地面に付けて歩くが、ラミダスにはそうした特徴の名残はなく、チンパンジーとは相当異なった祖先から進化したようだ」という]

「これまでの研究ではアウストラロピテクスを、サルに似た先祖と初期のヒトをつなぐものと見る傾向が強かったが、ラミダス猿人はこういった推定を覆すものだ」と、ケント州立大学のC. Owen Lovejoy氏は『Science』論文で述べている。

ardi11hr

土踏まずがなく、親指のような大きな爪先を持つラミダス猿人の足は「掴む動作」が可能で、木登りもまだできていたようだが、骨盤は直立歩行に適した形と見られる。アルディは、木の上での生活にも地上での生活にも適応していたようだ。ただし、二足歩行説には異論もある。

[「ルーシー」は約320万年前の化石で、全身に近い人類骨格としてはこれまで最古とされてきた。440万年前のラミダス猿人より古い人類化石には、チャドで見つかったサヘラントロプス・チャデンシス(約700万年前)、ケニアで見つかったオロリン・ツゲネンシス(約600万年前)などがあるが、化石が部分的で、姿や生活についてはよくわかっていない]

{この翻訳は抄訳です}

[日本語版:ガリレオ-佐藤卓/合原弘子]

ラミダス猿人「アルディ」が意味するもの

ディスカバリーチャンネル「今、映像で蘇る人類最古の女性アルディ」で放映された内容について、先日報告しました。

関連記事として、アルディピテクス・ラミダス、国立科学博物館の記事も見つかりました。

《チンパンジーとの共通祖先から現生人類に至る進化の過程》
人類の進化を
チンパンジーと共通の祖先 → アルディ → ルーシー → 現生人類
と比較してみると、
①アルディで二足歩行をまず獲得。足の親指は離れたまま。脳の容積はチンパンジーなみ。
②ルーシーで足の親指が他の4本と一緒になり、土踏まずも獲得。
③さらにその後、脳の容積が増大し、より優れた知能を獲得して現生人類に至った。
という過程を経ているようです。

チンパンジーなどの類人猿と対比したときの現生人類の特徴として、以下の点が挙げられます。

(1) 直立二足歩行
 ① 頭蓋骨と背骨との結合位置の変化
 ② S字状の背骨
 ③ 内臓を下から支える広い骨盤
 ④ 大腿を後ろに蹴り出す股関節と大臀筋
 ⑤ 大腿骨下端の面の角度
 ⑥ 土踏まずの形成
 ⑦ 足の親指が他の4指と離れていない
(2) 脳の容積が3倍以上大きく、道具を使い、言葉を持ち、高等知能を有する。
(3) 顔が平坦(口が前に飛び出していない)。
(4) 言語を発することのできる喉頭を持っている。
(5) 体毛がない。皮膚に汗腺を有する。
(6) 発情期の喪失(年中が発情期)
(7) 犬歯が小さい。

このうち、アルディ段階で確実に獲得しているのは(1)の③であり、⑥⑦はルーシー段階で獲得です。①②④⑤はよくわかりません。(2) (3) はルーシーでも獲得していません。(7) はアルディの段階で変化しています。

アルディ、ルーシーで直立二足歩行を獲得し、結果として脳容積の増大を受け入れる準備ができ、その後のある段階で脳容積の増大が始まったのでしょう。
(4) (5) (6) がどのようなタイミングで変化したのかも不明なままです。

人類はなぜ二足歩行を手に入れたのか》
以前、アフリカのサバンナでの生活を最適化するため、二足歩行が始まった、との説がありました。しかしアルディ発見の結果、アルディが森林に棲息していたことが明らかとなり、サバンナ最適説に見直しがかかりました。

チンパンジーなどの類人猿で犬歯・特に雄の犬歯が大きいのは、雌の獲得を巡って雄同士が争うためです。雄と雌の体の大きさも違います。
それに対しアルディを含むラミダス猿人は、男も女も犬歯が小さく、男女の体格差も大きくありません。
このような身体的特徴から、一部の類人猿のように,身体の大きなオスがメスを独占していた訳ではなさそうで、配偶相手をめぐる諍いは少なかったと考えられています。強いオスによるメスの独占ではなく,手にした食糧を決まった女性のところへ運んでご機嫌をとったり,女性が子育てに専念することができるよう手助けをするなど,一夫一婦の関係が成立していた可能性もある、と考えられているようです。

そして二足歩行の意味です。
番組では、配偶者の女性が子育てに専念できるよう、できるだけ多くの食料を配偶者のもとに運ぶことができる男性がもてたのではないか。直立二足歩行により、手で食料を運ぶことができるので、これが直立二足歩行の理由ではないか。と推測していました。

《東大諏訪教授による骨格の三次元再現》
東大の諏訪教授は今回、マイクロCTスキャンで骨の破片を三次元計測し、その結果をコンピュータ内で組み合わせ、さらに復元した結果をプラスチック模型として作成したと番組で紹介されました。
国立科学博物館の『アルディ』を復元するというサイトでは、このときに使われた三次元プリンターが紹介されています。
三次元プリンターは光を当てると固まる液状のアクリル樹脂を土台となる平面に吹きつけ,層状に塗り重ねることで立体を作るのだそうです。このようなハイテク技術の結果としてアルディが再現されたのですね。