ワルトゼミュラ
大航海物語 ワルトゼーミュラー
1507、世界地図
アメリカの一部を表示 参考資料
DEUTSHLAND
新大陸
アメリカ→ ワルトゼーミュラーの世界地図 (古地図)
↑アフリカ
←ジパング
ワァルトゼーミュラーの世界図製作500年記念
12枚の木版地図
ドイツ 2007/4 発行 (200%)
RIPUBLIQUE FRANCAISE
新大陸
アメリカ→
1507 AMERICA
フランス 1992 発行
ITALIA
アメリゴ
・ベスプッチ ←新大陸
アメリカ
背景の南米東岸の地図にAMERICAと表示
イタリア 昭和29年 1954/12/31 発行
1540年ヴァルトゼーミュラー古地図
ジパング部分拡大地図
←ジパング
コロンブス新大陸発見500年記念
マーティン・ワルトゼーミュラー (1397頃~1482/5/10)
Martin Waldseemuller
ワルトゼーミュラーは、ドイツのフライブルグ(Freiburg im Breisgau)で教育を受けて、1507年にセント・ダイ(Saint-Die)に移住し、そこで木版画の地図1000部を作成しました。それはプトレマイオスを継承しながらも、イタリアの探検家アメリゴ・ベスプッチの大航海による新発見の情報を織り込んで作られて、アメリカ大陸の一部が始めて描かれた地図となりました。
アメリゴ・ベスプッチの詳細な手記が1504年に出版され、これをもとにドイツの地理学者ワルトゼーミュラーが出した本「世界地誌概説」の中で、新大陸を彼の名にちなんで”アメリカ”と名づけようと提案しました。これが”アメリカ”の語源となったとされています。
ワルトゼーミュラーは大学を卒業後、ロートリンゲン公国のザンクト・ディーデル(Sankt Didel, 現フランス領グラン・テスト地域圏(旧ロレーヌ地域圏)サン・ディエ・デ・ヴォージュ:Saint-Die-des-Vosges, Vosges Department, Grand Est (Lorraine) Region, France)で天文学の教授職につくかたわら、ラテン語の教授となったリングマンとともに地図学を教えることもあった。1520年に同地ザンクト・ディーデルにて亡くなりました。
参考HP~
・ワルトゼーミュラーの世界図