歴史・人名

大浦盛信

大浦盛信

(おおうら もりのぶ)
1483年-1538年
父・大浦光信
養子・大浦政信

戦国時代の武将。大浦光信の子とされているが、実は新庄信春の次男で光信に気に入られて養子に入ったとも言う。
1502年に父の光信の命で、新しく築城された大浦城に入る。
1526年に父が没する。1528年には父を弔う為に、西津軽郡に長勝寺を建立している。のちに津軽為信が中津軽郡に、さらに津軽信牧が上北郡に移転させた。
1533年には南部安信に攻められるが撃退し、その後和睦を結んでいる。
子がいなかったため、甥(光信の実子とも)の大浦政信を養子とし跡継ぎに定めた。

津軽家