歴史・人名

孝霊天皇

孝安天皇

第7代孝霊天皇(こうれいてんのう)、大日本根子彦太瓊尊(おおやまとねこひこふとにのみこと)
父・孝安天皇(こうあんてんのう) 母・押媛(おしひめ)
皇后・細媛(くわしひめ)
子・彦国牽尊(孝元天皇

妃・春日之千千速真若比売(かすがのちちはやまわかひめ)

妃・倭国香媛(やまとのくにかひめ)
子・倭迹迹日百襲媛命(やまとととびももひめのみこと)=卑弥呼か?とも!!

妃、倭国香媛(やまとのくにかひめ)の第1子である倭迹迹日百襲媛命(やまとととびももひめのみこと)は箸墓古墳の主で卑弥呼ではないかという説もある。
皇居・黒田廬戸宮(くろだのいほとのみや)---奈良県磯城郡田原本町黒田の法楽寺が伝承地である。

略歴 (紀元前)
BC342-己卯-孝安51年 生誕
BC317-甲辰-孝安76年01月05日 立太子
BC290-辛未-孝霊01年01月12日 即位
BC255-丙午-孝霊36年01月01日 彦国牽尊(孝元天皇)を皇太子とする。19歳
BC215-丙戌-孝霊76年02月08日 崩御 128歳
BC209-壬辰-孝元06年09月06日 片丘馬坂陵に葬られる