歴史・人名

思兼神

思兼神
オモイカネノカミ
別称:思金神、八意(ヤゴコロ)思兼神
性別:♂
系譜:高御産巣日神の子神格:知恵の神、文神神社:秩父神社、戸隠神社、地主(ヂシュ)神社・意冨布良神社

思金神の別名
常世思金神(とこよのおもいかねのかみ) と
思金神・常世思金神・思兼神・思金神・思兼神(おもいかねのかみ) お
八意思兼神・八意思金神(やごころおもいかねのかみ) や

思金神の親・高御産巣日神

思金神の子・天下春命天表春命

 神名からしていかにも思慮深いイメージを受けるように、思兼神は天岩戸に隠れた天照大神を誘い出す方法を提案した偉大な知恵者なのである。 それも、ただ頭が切れるということだけではなく、今日でいえば国家的な大イベントの企画から演出までカバーする総合プロデューサーとして能力を発揮。 見事に成功させているのだ。
 詳しくは天岩戸隠れの項に載っているが、あらましだけ説明しよう。 素盞鳴尊が高天原で乱暴狼藉をはたらいたことに怒った天照大神が天岩戸に隠れてしまうと、世界は暗黒となり、天地の悪霊が騒いでいろいろな災いが起こった。 この緊急事態に急ぎ集まった八百万の神々は、知恵者の思兼神を指名して対策を講じさせることにした。 そこで思兼神がアイデアを駆使して企画したのが、盛大な祭りのイベントだった。
 その企画をざっと紹介すれば、まず常世の国から来た鶏の長鳴鳥(ナガナキドリ)を鳴かせ、鍛冶と玉造の神に鏡や玉を作らせ、それを飾った立派な玉串を製作。 そうして玉串と祝詞を捧げながら天照大神を褒め称える最高の儀式を演出。 イベントを最高に盛り上げるのが意表をついたダンスで、最後の仕上げが天手力男神の力技ということになる。
 神器として欠かせない鏡や玉の製作、神祭りの重要な祭具である玉串の考案、神をたたえる儀式の演出、そして神楽の源流といわれる舞踊ショー。 こうした企画のひとつひとつがのちのいろいろな産業や芸能文化の源流となったことを考えると、思兼神というのはとてつもなく優れたクリエイターだったといえる。

 このような思兼神の機能から考えても、日本の神々の大多数をしめる自然神とは異質な性格を持っていることが分かる。 自然神と区別する場合、思兼神のような存在は観念神といわれるが、観念神というのは文字通り、人間の観念や霊の働き、その力といったものを神格化した神ということである。 それだけに、土くささといったものが感じられない神さまでもある。
 本居宣長の「古事記伝」には、思兼神について「数人の思慮る智を一の心に兼持る意なり」と説明されている。 ちなみに、「あまたびとのおもいはかるちをひとりのこころにかねもてるいなり」である。 つまり、数多くの人間の知恵を一身に結晶させているのが思兼神ということである。 こうした神のイメージというのは、ちょっと唐突だが、同時に8人の訴えを聞き分けてそれぞれに適切な解決を与えたという聖徳太子の超能力を連想させる。 問題の核心を見極め、解決方法を導き出す、というその力はまさしく知識と知恵に他ならない。 そういう意味で、聖徳太子の超能力は知識と知恵の理想像であり、思兼神の姿とも重なってくるのである。
 古代の社会にあっては、自然の摂理をよくわきまえ経験を積んだ長老の知恵こそが平和な生活を維持するための大事な要素だった。 だから、人々はその知恵の力に畏敬の観念を持ち、やがて長老が持つ知恵を集積した霊的存在をひとつの理想像としてイメージするようになった。 そんなふうに、人間が理想とする英知を究めた姿を神格化したのが思兼神なのである。

高皇産霊尊の子とされていますが、常世の神とする記述もあります。

名前の「おもひ」は「思慮」、「かね」は「兼ね備える」の意味で、「数多の人々の持つ思慮を一柱で兼ね備える神」の意で、思想や思考、知恵の神様と考えられています。

岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すための知恵を授けたことが有名。

葦原中国平定では、葦原中国に派遣する神の選定を行っています。

その後の天孫降臨で瓊々杵尊に随伴したと伝えられています。