歴史・人名

有栖川宮家

江戸大名公家

有栖川宮家               1000石
寛永2年(1625)10月、高松宮創始
宮号変遷・高松宮→桃園宮→花町宮→有栖川宮

宮号を有栖川と改称するのは、寛文12年(1672)6月。
9代熾仁親王は東征大総督として江戸から東北へ進軍し、明治2年に賞典禄1200石を下賜されている。
 
初代・好仁(よしひと)号高松宮
後陽成天皇第七皇子 母は近衛前久の娘
生没・慶長8年(1603)~寛永15年(1638)
慶長17年(1612)親王宣下、二品弾正尹
正室・徳川秀忠の養女(津山藩松平忠直の娘)
子女・養子良仁(2代) 明子→後西天皇女御
2代・良仁(なかひと)号桃園宮・花町宮
後水尾天皇第六皇子 母は櫛笥隆致の娘
生没・寛永14年(1637)~貞享2年(1685)
慶安元年(1648)親王宣下、一品式部卿
承応3年(1654)天皇践祚後西天皇となる
正室・初代好仁親王の王女
  室・清閑寺共綱の娘 
子女・3代幸仁 ※後西天皇参照
3代・幸仁(ゆきひと)号有栖川宮
後西天皇(良仁)第二皇子 
母は清閑寺共綱の娘
生没・明暦2年(1656)~元禄12年(1699)
寛文9年(1669)親王宣下、一品兵部卿
正室・不詳
子女・幸子→東山天皇皇后(中宮と称せられ、院号は承秋門院) 4代正仁 
尊統(霊元天皇養子→徳川綱吉猶子→知恩院)
4代・正仁(ただひと)
東山天皇猶子(幸仁の子) 母は某氏
生没・元禄7年(1694)~享保元年(1716)
宝永5年(1708)親王宣下、一品大宰師
正室・不詳
子女・養子職仁(5代)
5代・職仁(よりひと)
霊元天皇第九皇子 
母は岩倉具乗猶子(松室重敦の娘)
生没・正徳3年(1713)~明和6年(1769)
享保11年(1726)親王宣下、二品中務卿
正室・二条吉忠の娘
子女・音仁(桜町天皇猶子) 
叡仁(中御門天皇養子) 覚仁(桜町天皇養子)
増賀(桜町天皇猶子
職子→紀伊藩徳川重倫と婚約するも破約
常仁(桃園天皇養子) 6代織仁
董子→近衛経凞室
6代・織仁(おりひと)
桃園天皇猶子(職仁の子) 母は後藤氏
生没・宝暦3年(1753)~文政3年(1820)
宝暦13年(1763)親王宣下、一品兵部卿
正室・鷹司輔平の娘
子女・織子→広島藩浅野斉賢室
幸子→長州藩毛利斉房室 7代韶仁
承真(光格天皇養子)
舜仁(光格天皇養子)
喬子→ 将軍徳川家慶室
済仁(光格天皇養子)
尊超(光格天皇養子→徳川家斉猶子→知恩院)
吉子→水戸藩徳川斉昭室

7代・韶仁(つなひと)
光格天皇猶子(織仁の子) 
母は平松時章猶子(高木氏)
生没・天明4年(1784)~弘化2年(1845)
文化5年(1808)親王宣下、一品上総太守
正室・光格天皇猶子(閑院宮美仁親王の王女)
子女・8代幟仁 慈性(光格天皇猶子)
公紹(光格天皇養子) 
養子堯凞(近衛忠凞の子) 
通富(徳大寺実堅養子→中院通繁養子)
精姫(韶子)→将軍徳川家慶養女→久留米藩有馬頼咸室

8代・幟仁(たかひと)
光格天皇猶子(韶仁の子) 母は豊島氏 
生没・文化9年(1812)~明治19年(1886)
文政6年(1823)親王宣下、一品上総太守
正室・二条斉信の娘
子女・9代熾仁
線姫(幟子)→将軍徳川家慶養女→水戸藩徳川慶篤室 女子→彦根藩井伊直憲室
女子→伏見宮貞愛親王妃 威仁(9代熾仁養子)
9代・熾仁(たるひと)
仁孝天皇猶子(幟仁の子) 母は佐々氏
生没・天保6年(1835)~明治28年(1895)
嘉永2年(1849)親王宣下、一品大宰師
元老院議長、親征大総督 陸軍大将
正室・水戸藩徳川斉昭の娘
継室・新発田藩溝口直溥の娘
子女・養子威仁(10代、正室は加賀藩前田慶寧の娘)