歴史・人名

蠣崎季広

蠣崎季広

かきざき すえひろ
(1507..~1595..)
別名:卯鶴丸 彦太郎 若狭守

父:蠣崎義広(蠣崎民部大輔義広)
母:
妻:河野季通女
子:蠣崎舜広、蠣崎元広(明石元広)、蠣崎慶広(松前慶広)、蠣崎正広、蠣崎長広、蠣崎定広、蠣崎包広、蠣崎吉広、蠣崎仲広、蠣崎守広、蠣崎員広、蠣崎貞広

蝦夷・蠣崎氏4代当主。領内の統治を進めつつ、先住のアイヌ民族との和解共存を図り、道南に和人地を確保する。また、安東氏の軍役に数度と応じ、一大将として働いている。安東氏と婚姻関係を結ぶ等、諸氏との連帯も図った。

 武田光広━┳━蠣崎義広━━━蠣崎季広━┳━蠣崎舜広
蠣崎光広)┣━蠣崎高広        ┣━蠣崎元広
      ┗━蠣崎基広        ┃(明石元広)
                    ┣━蠣崎慶広━┳━松前盛広
                    ┃(松前慶広)┣
                    ┣━蠣崎正広 ┣
                    ┣━蠣崎長広 ┣━松前由広
                    ┣━蠣崎定広 └(松前公広・養子)
                    ┣━蠣崎包広
                    ┣━蠣崎吉広
                    ┣━蠣崎仲広
                    ┣━蠣崎守広
                    ┣━蠣崎員広
                    ┗━蠣崎貞広

松前家