歴史・人名

邇邇芸命

邇邇芸命

ににぎのみこと ( - )

別称:天津日高日子番能邇邇芸命(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、天津彦彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)、彦火瓊瓊杵命(ヒコホノニニギノミコト)、天饒石国饒石天津日高日子火瓊瓊杵命(アメノニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト) 性別:♂ 系譜:天照大神の孫。

父:天忍穂耳神

 兄は天火明神、妻は木花咲耶姫命 神格:農業神、稲穂の神 神社:霧島神社、高千穂神社、箱根神社、椿大神社、新田神社

子:日子穂穂出見命

 邇邇芸命は、有名な天孫降臨神話の主役である。そのあらましについては、天孫降臨を参照していただきたい。  神名のニニギは稲穂がにぎにぎしく成熟することを意味している。天から降った神聖な稲穂が立派に成長し、やがて豊に実るようすこそ古代の人々がこの神に託したイメージである。邇邇芸命が地上に降り立つ姿というのは、地上における稲種の起源を象徴しているのである。  弥生時代以来、稲作農耕を基盤とする社会では、生活の糧をもたらしてくれる稲種を非常に神聖なものととらえ、人々はそこに宿る霊を神として崇め、春秋の季節ごとに必ず祭りを行うようになった。たとえば、秋には田に稲を積んで野外の祭壇を作り、稲の精霊の再生を祈る儀式を行った。そうやって毎年毎年、稲の精霊が豊かな実りをもたらしてくれることを願ったのである。邇邇芸命とは、そうやって人々が祀り、毎年新しい生命力を宿して誕生してくる稲種の霊だったのである。  以上のような本来の稲種の神と同時に、もうひとつ、天孫降臨神話に象徴されているのが、高天原と地上とをつなぐ特別な神としての機能である。その特別な機能とは、皇室の祖神である天照大神の孫()として地上に降臨し、歴代の天皇の祖先神になったという点だ。そこから天孫降臨神話が、天皇家日本統治を正当化する理論的な根拠を示す神話であるといわれているのである。  しかし、天孫降臨の項にも述べたとおり、私自身はどうしても神話が理論的に感じられない。私の脳に欠陥があるのではなく、世の大半の人々も同じ意見だと私は信じている。私はどの民族のものでも神話が好きだが、それはあくまでそれが神話であるからである。私がこのサイト全般で扱っている内容がすべて神話でなく史実だというのならば、私の人生は身体を流れる日本人の血をすべて抜き出してまっとうな人間の血を入れ直すことから始めなければならない。私は、自分が無力な人間であるということに誇りを持っているつもりだ。

 さて、戻ろう。邇邇芸命は、皇室の祖神である天照大神の孫として地上に降り、歴代の天皇の祖先神になった神である。その天皇家の有名な宝物として、邇邇芸命が高天原から地上に降りるときに天照大神から授けられた八咫鏡、草薙剣、八坂瓊勾玉がある。いわゆる三種の神器と呼ばれるもので、皇位継承の時に天皇の位を示す重要なシンボルである。  そもそも三種の神器というのは、稲穂の神である邇邇芸命が地上で活動するための助けになるように天照大神が授けたものである。それぞれの詳細についてはそれぞれの項に譲るとして、ざっと眺めていこう。まず、鏡は太陽の光を反射するものであり、古代においては農耕の守護神である太陽神を祀る最も重要な祭器だった。つまり太陽神である天照大神の御霊代(ミタマシロ=神霊の依り代)なのである。次に草薙剣は、素盞鳴尊が八岐大蛇退治で獲得した宝剣である。蛇は田の神、水の神とも関係の深い水神、龍神であり、稲作と密接に関係する。もうひとつの八坂瓊勾玉は、伊邪那岐命が高天原の統治権の象徴として天照大神に授けたもので、「古事記」にその名が「御倉板挙(ミクラタナ)の神」とある。これは神聖な稲種が収納される蔵に祀られる神のことであり、稲種を守り翌年の豊穣をもたらす機能を持っていると考えられる。  以上のように、3つの宝物はそれぞれが稲作農耕と深く関係する。実際に、稲作が生活の基盤となった弥生時代の豪族の首長の古墳からは、鏡、玉、剣の三種が副葬品として発見されるのが多いということも、この3点セットがそうした意味合いを持っていることを裏付けている。稲作農耕を基盤とする社会において、鏡、玉、剣の3点セットは穀物の豊穣を司る神々との重要な交信手段(祭器)だったのである。それを所持することがすなわち統治者の証でもあった。当時は祭政一致の社会であり、支配者である首長は人々の生活基盤である五穀の実りを司る神との交信(祭祀)を独占することによってその権威を確立させたのである。

天忍穂耳神饒速日尊
天穂日神天火明神
天津彦根神邇邇芸命日子穂穂出見命
豊玉姫命