歴史・人名

鍋島家

鍋島家 小城(おぎ)藩 角に杏葉 7万3000石

肥前小城郡小城(佐賀県小城市)   外様 陣屋

移封加減増履歴 ・慶長19年→肥前小城7万3000余石
江戸城詰席・柳之間 子爵   上屋敷・幸橋之内
参勤・参府4月、帰国4月
人口・陣屋町2724人、家数464軒(家中除く)
                      明治2年現在

藩祖・元茂(もとしげ)
佐賀藩鍋島勝茂の長男 母は小西氏
生没・慶長7年(1602)~承応3年(1654)
慶長19年(1614)父の所領の内で佐賀小城松浦で7万3000石を分与される
従五位下紀伊守
正室・佐賀藩家臣鍋島茂里の娘
子女・2代直能 
養女(佐賀藩鍋島勝茂の娘)→佐賀藩家臣鍋島直弘室

2代・直能(なおよし)
元茂長男 母は正室鍋島茂里の娘
生没・元和8年(1622)~延宝7年(1679)
家督・承応3年(1654)相続
従五位下加賀守
正室・佐賀藩鍋島勝茂の娘
子女・女子→佐賀藩鍋島光茂養女 3代元武
養女→常陸松岡藩中山信敏室

3代・元武(もとたけ)
直能次男 母は坊城家の娘 
生没・寛文2年(1662)~正徳3年(1713)
家督・延宝7年(1679)相続
従五位下紀伊守
正室・佐賀藩家臣城島家永の娘
子女・女子→佐賀藩鍋島吉茂養女 4代元延
直英(元延養子、5代)

4代・元延(もとのぶ)
元武長男 母は正室城島家永の娘
生没・元禄8年(1695)~正徳4年(1714)
家督・正徳3年(1713)相続
従五位下加賀守
正室・なし
子女・養子直英(5代)

5代・直英(なおひで)
3代元武の三男 母は正室城島家永の娘 
生没・元禄10年(1697)~延享元年(1744)
家督・正徳4年(1714)相続
従五位下加賀守
正室・佐賀藩家臣多久茂文の娘(茂文は佐賀藩2代光茂の三男)
子女・女子→鹿島藩鍋島直郷室 6代直員

6代・直員(なおかず)
直英次男 母は正室多久茂文の娘
生没・享保11年(1726)~安永9年(1780)
家督・延享元年(1744)相続
従五位下紀伊守
正室・佐賀藩鍋島宗教の養女
子女・女子→佐賀藩鍋島治茂養女 7代直愈

7代・直愈(なおます)
直員次男 母は正室鍋島宗教の娘
生没・宝暦6年(1756)~享和元年(1801)
家督・明和元年(1764)相続
従五位下加賀守
寛政6年(1794)隠居
正室・佐賀藩鍋島重茂の娘
子女・8代直知 女子→鹿島藩鍋島直彜室
直堯(直知養子、9代)

8代・直知(なおとも )
直愈長男 母は秀島氏 
生没・天明4年(1784)~文化元年(1804)
家督・寛政6年(1794)相続
従五位下紀伊守
正室・鹿島藩鍋島直宜の娘
子女・養子直堯(9代)

9代・直堯(なおたか)
7代直愈の五男 母は某氏
生没・寛政12年(1800)~明治6年(1873)
家督・文化元年(1804)相続
従五位下紀伊守
嘉永3年(1850)隠居
正室・佐賀藩家臣多久茂鄰の娘
子女・10代直亮 女子→蓮池藩鍋島直紀室
10代・直亮(なおすけ)
直堯長男 母は某氏 
生没・文政12年(1829)~元治元年(1864)
家督・嘉永3年(1850)相続
従五位下加賀守
正室・佐賀藩鍋島直正の養女
子女・養子直虎(11代) 女子→直虎室
11代・直虎(なおとら)
佐賀藩鍋島直正の七男 母は某氏    
生没・安政3年(1856)~大正14年(1925)
家督・元治元年(1864)相続
戊辰戦争で功があり、明治2年賞典金5000両を下賜される
従五位下紀伊守
正室・直亮の娘
継室・盛岡藩南部利剛の娘
子女・直庸

鍋島家 鹿島藩 八枚抱き杏葉     2万石

肥前藤津郡鹿島(佐賀県鹿島市)  外様 陣屋

移封加減増履歴 ・寛永19年→肥前鹿島1万6000石・明暦2年→2万石
江戸城詰席・柳之間 子爵 上屋敷・麻布竜土町
参勤・所要35日前後

藩祖・直朝(なおとも)
佐賀藩鍋島勝茂の九男 母は徳川家康の養女
生没・元和8年(1622)~宝永6年(1709)
寛永19年(1642)父の所領の内肥前鹿島1万6000石を分与される
従五位下和泉守
寛文12年(1672)隠居
正室・佐賀藩家臣鍋島高顕の娘
子女・2代直條

2代・直條(なおえだ)
直朝三男 母は正室鍋島高顕の娘
生没・明暦元年(1655)~宝永2年(1705)
家督・寛文12年(1672)相続
従五位下備前守
正室・佐賀藩鍋島光茂の養女
子女・3代直堅

3代・直堅(なおかた)
直條五男 母は中野氏 
生没・元禄8年(1695)~享保12年(1727)
家督・宝永2年(1705)相続
従五位下刑部少輔
正室・蓮池藩鍋島直稱の娘
子女・4代直郷 直年

4代・直郷(なおさと)
直堅長男 母は千々波氏
生没・享保3年(1718)~明和7年(1770)
家督・享保13年(1728)相続
従五位下備前守
正室・小城藩鍋島直英の娘
子女・養子直熙(5代)

5代・直熙(なおひろ)
佐賀藩鍋島宗茂の10男 母は小代氏 
生没・延享2年(1745)~文化2年(1805)
家督・宝暦13年(1763)相続するも、明和7年(1770)名を治茂と改め、本家佐賀藩の8代藩主となる

6代・直宜(なおよし)
小城藩鍋島直員の四男 母は正室佐賀藩鍋島宗教の養女
生没・宝暦12年(1762)~文政2年(1819)
家督・明和8年(1771)相続
従五位下備前守
享和元年(1801)隠居
正室・佐賀藩鍋島治茂の娘
子女・女子→小城藩鍋島直知室、死別後に佐賀藩家臣鍋島茂延室 養子直彜(7代)

7代・直彜(なおつね)
佐賀藩鍋島治茂の五男 母は某氏
生没・寛政5年(1793)~文政9年(1826)
家督・享和元年(1801)相続
従五位下丹波守
文政3年(1820)隠居
正室・小城藩鍋島直愈の娘
子女・養子直永(8代) 直晴(直永養子、9代)

8代・直永(なおなが )
佐賀藩鍋島斉直の13男 母は某氏 
生没・文化10年(1813)~安政元年(1854)
家督・文政3年(1820)相続
従五位下丹波守
天保10年(1839)隠居
正室・佐賀藩家臣鍋島茂延の娘
子女・養子直晴(9代) 
女子→小城藩鍋島直亮室 
茂彬(直賢養子、11代) 
女子→蓮池藩鍋島直紀室

9代・直晴(なおはる)
7代直彜の長男 母は某氏
生没・文政4年(1821)~天保10年(1839)
家督・天保10年(1839)相続
正室・佐賀藩家臣鍋島茂体の娘
子女・養子直賢(10代)
10代・直賢(なおまさ)
佐賀藩鍋島斉直の28男 母は某氏 
生没・天保5年(1834)~嘉永6年(1853)
家督・天保10年(1839)相続
嘉永元年(1848)隠居
正室・不詳
子女・養子直彬(11代)
11代・直彬(なおよし)
8代直永の長男 母は某氏    
生没・天保14年(1843)~大正4年(1915)
家督・嘉永元年(1848)相続
従五位下備中守
正室・佐賀藩鍋島直正の養女

鍋島家 佐賀藩 八枚抱き杏葉 

                     35万7000石
肥前佐嘉郡佐賀(佐賀市)       外様 国主

移封加減増履歴 ・慶長18年→肥前35万7000石
専売品&専売開始年・陶器(明和7年出島陶器方設置して外国輸出統制、寛政2年対馬府中藩を介して朝鮮へ輸出) 櫨(安永頃) 石炭(安政元年)
江戸城詰席・大広間 侯爵
上屋敷・山下御門之内
参勤・隔年参勤、長崎警備を務めることから、11月参府、翌年2月帰国
供数230人~240人、所要1ヵ月ほど
経路は佐嘉から豊前大里まで陸路、大里から大坂まで海路(瀬戸内海)、大坂から東海道で江戸
人口・全領地44万932人

                              (安政期1854-1859調べ)

藩祖・勝茂(かつしげ)
直茂長男、母は石井忠常の娘(忠常は龍造寺氏家臣)
生没・天正8年(1580)~明暦3年(1657)
関ヶ原では西軍だったが、黒田長政らの仲介にて家康に詫びを入れ許される
家督・慶長12年(1607)相続
寛永14・15年(1637-38)島原の乱では将軍家光・幕府からの信用を得ようと奮戦する
寛永19年(1642)長崎警衛を命ぜられる
従四位下侍従
正室・戸田勝隆の娘(勝隆は秀吉家臣、伊予大洲城主)
継室・徳川家康の養女(岸和田藩岡部長盛の娘) 
子女・元茂(別家肥前小城藩藩祖) 
女子→米沢藩上杉定勝室 忠直 
直澄(別家肥前蓮池藩藩祖) 
直朝(別家肥前鹿島藩藩祖) 
女子→島原藩松平忠房室 養子光茂(2代)
2代・光茂(みつしげ)
勝茂の子忠直の長男 母は忍藩松平忠明の娘
生没・寛永9年(1632)~元禄13年(1700)
家督・明暦3年(1657)相続
従四位下侍従
正室・米沢藩上杉定勝の娘
子女・女子→下総古河藩土井利重室
3代綱茂 女子→日向飫肥藩伊東祐実室 
吉茂(綱茂養子、4代) 
茂文(家臣多久茂矩養子) 女子→綱茂養女
養女(肥前蓮池藩鍋島直澄の娘)→肥前鹿島藩鍋島直條室 宗茂(吉茂養子、5代) 
養女(肥前小城藩鍋島直能の娘)→美作勝山藩三浦明敬室 
養女(高田藩榊原康政の兄清政の孫照清の娘)→蓮池藩鍋島直之室

3代・綱茂(つなしげ)
光茂長男、母は正室上杉定勝の娘
生没・承応元年(1652)~宝永3年(1706)
家督・元禄8年(1695)相続
従四位下信濃守
正室・福井藩松平光通の娘 
子女・養子吉茂(4代) 
養女(光茂の娘)→蓮池藩鍋島直稱室
女子→越後高田藩榊原政邦室

4代・吉茂(よししげ)
光茂次男、母は中院家の娘
生没・寛文4年(1664)~享保15年(1730)
家督・宝永2年(1705)綱茂養子となり、宝永4年相続する
従四位下左衛門佐
正室・家臣神代直永の娘
子女・養子宗茂(5代) 
養女(蓮池藩鍋島直弥の娘)→鹿島藩鍋島直堅養女 養女(小城藩鍋島元武の娘)→美作勝山藩三浦明喬室 女子→日野資時室

5代・宗茂(むねしげ)
光茂15男、母は家臣執行宗全の娘
生没・貞享3年(1686)~宝暦4年(1754)
家督・享保元年(1716)吉茂養子となり、享保15年(1730)相続
従四位下信濃守
正室・久世通夏の娘
子女・6代宗教 重茂(宗教養子、7代) 
治茂(重茂養子、8代)
女子→宇和島藩伊達村候室

6代・宗教(むねのり)
宗茂長男、母は正室久世通夏の娘
生没・享保3年(1718)~安永9年(1780)
家督・元文3年(1738)相続
従四位下丹後守
正室・中院通躬の娘
子女・養子重茂(7代) 
養女(五条為範の娘)→小城藩鍋島直員室 
養女(甘露寺規長の娘)→蓮池藩鍋島直寛室
女子→岸和田藩岡部長住室

7代・重茂(しげもち)
宗茂九男、母は正室久世通夏の娘
生没・享保18年(1733)~明和7年(1770)
家督・寛延2年(1749)宗教養子となり、宝暦10年(1760)相続
従四位下信濃守
正室・将軍吉宗の養女(仙台藩伊達宗村の娘)
継室・田安家徳川宗武の娘
子女・養子治茂(8代) 
女子→小城藩鍋島直愈室 
養女(蓮池藩鍋島直恒の娘)→堀河康実室

8代・治茂(はるしげ)
宗茂10男、母は小代氏 
生没・延享2年(1745)~文化2年(1805)
家督・宝暦13年(1763)鹿島藩主となるも、明和7年(1770)本家を相続、直熙から治茂に改名
従四位下信濃守
正室・中院通枝の娘
継室・彦根藩井伊直幸の娘
継室・岩村藩松平乗薀の娘
子女・女子→鹿島藩鍋島直宣室 
女子→越後高田藩榊原政令室 9代斉直 
直彜(鹿島藩鍋島直宜養子) 
女子→中院通繁室 女子→宇和島藩伊達宗紀室 直與(蓮池藩鍋島直温養子)
女子→久世通理室 
養女→美作勝山藩三浦誠次室 
養女(堀河康実の娘)→蓮池藩鍋島直温室 
養女(小城藩鍋島直員の娘)→正親町公明室

9代・斉直(なりなお)
治茂長男、母は福岡氏
生没・安永9年(1724)~天保10年(1839)
家督・文化2年(1805)相続
従四位下左衛門佐
正室・鳥取藩池田治道の娘
子女・養女(8代治茂の娘)→美作勝山藩三浦誠次室 女子→宇和島藩伊達宗城室 
女子→久世通熙室 
直永(鹿島藩鍋島直彜養子) 10代直正 
女子→日向飫肥藩伊東祐相養女→一門鍋島茂勲室

10代・直正(なおまさ、斉正とも称す)
斉直17男、母は正室池田治道の娘
生没・文化11年(1814)~明治4年(1871)
家督・天保元年(1830)相続
大地主の土地を没収して旧地主や小作農に再分配する均田制を実施する、反射炉を築き日本初の洋式鉄製大砲を、嘉永5年(1852)に鋳造する
号は閑叟
贈従一位大納言
正室・将軍家斉の娘
継室・田安家徳川斉匡の娘
子女・女子→鳥取藩池田慶行養女 11代直大
直虎(小城藩鍋島直亮養子) 
直柔(蓮池藩鍋島直紀養子) 
養女(鍋島直永の娘)→小城藩鍋島直亮室 
養女(蓮池藩鍋島直紀の妹)→鹿島藩鍋島直彬室 養女(鹿島藩鍋島直彬の妹)→蓮池藩鍋島直紀室 養女(蓮池藩鍋島直與の娘)→対馬府中藩宗重正室
11代・直大(なおひろ)
真正次男 母は某氏 
生没・弘化3年(1846)~大正10年(1921)
家督・文久元年(1861)相続
戊辰戦争で功があり、明治2年賞典禄2万石を下賜される
従一位肥前守
正室・梅渓通善の娘
継室・広橋胤保の娘

鍋島家 蓮池藩 八枚抱き杏葉 5万2600石

肥前佐嘉郡蓮池(佐賀市)       外様 陣屋
移封加減増履歴・寛永13年→肥前5万2600石

江戸城詰席・柳之間 子爵 上屋敷・麻布竜土町
人口・全領地2万5172人、家数6253軒

                                   元禄12年(1699)現在

藩祖・直澄(なおずみ)
佐賀藩鍋島勝茂の五男 母は徳川家康の養女
生没・元和元年(1615)~寛文9年(1669)
寛永13年(1636)父勝茂の所領の内から佐賀神崎杵嶋松浦藤津で5万2600石を分与される
従五位下甲斐守
寛文5年(1665)隠居
正室・忍藩松平忠明の娘
子女・2代直之 女子→佐賀藩鍋島光茂養女
直稱(直之養子、3代)

2代・直之(なおゆき)
直澄次男 母は正室松平忠明の娘
生没・寛永20年(1643)~享保10年(1725)
家督・寛文5年(1665)相続
従五位下摂津守
宝永7年(1710)隠居
正室・佐賀藩家臣諫早茂敬の娘、後に離縁
継室・佐賀藩鍋島光茂の養女
子女・養子直稱(3代) 直富

3代・直稱(なおのり)
2代直澄の五男 母は伊香賀氏
生没・寛文7年(1667)~元文元年(1736)
家督・宝永7年(1710)相続
従五位下甲斐守
享保2年(1717)隠居
正室・佐賀藩鍋島綱茂の養女
子女・女子→鹿島藩鍋島直堅室 4代直恒

4代・直恒(なおつね)
直稱次男 母は正室鍋島綱茂の養女 
生没・元禄14年(1701)~寛延2年(1749)
家督・享保2年(1717)相続
従五位下摂津守
正室・佐賀藩鍋島吉茂の養女
子女・5代直興 女子→佐賀藩鍋島重茂養女
直寛(直興養子、6代)

5代・直興(なおおき)
直恒長男 母は犬塚氏
生没・享保17年(1732)~宝暦7年(1757)
家督・寛延2年(1749)相続
従五位下甲斐守
正室・なし
子女・養子直寛(6代)

6代・直寛(なおひろ)
4代直恒の四男 母は大隅氏
生没・延享3年(1746)~安永2年(1773)
家督・宝暦7年(1757)相続
従五位下摂津守
正室・佐賀藩鍋島宗教の養女(甘露寺規長の娘)
子女・7代直温

7代・直温(なおはる)
直寛長男 母は正室鍋島宗教の養女
生没・宝暦13年(1763)~文政8年(1825)
家督・安永2年(1773)相続
従五位下甲斐守
文化13年(1816)隠居
正室・佐賀藩鍋島治茂の養女
子女・養子直與(8代)

8代・直與(なおとも)
佐賀藩鍋島治茂の四男 母は某氏
生没・寛政10年(1798)~元治元年(1864)
家督・文化13年(1816)相続
従五位下摂津守
弘化2年(1845)隠居
正室・佐賀藩鍋島直正の養女
子女・9代直紀 女子→佐賀藩鍋島直正養女→対馬府中藩宗重正室
女子→黒羽藩大関増勤室

9代・直紀(なおただ)
直與長男 母は某氏
生没・文政9年(1826)~明治24年(1891)
家督・弘化2年(1845)相続
従五位下甲斐守
正室・小城藩鍋島直堯の娘
継室・佐賀藩鍋島直正の養女

大名