歴史・人名

鷹司家

江戸大名公家

鷹司家 摂家               1500石
藤原氏北家摂関流近衛支流 公爵
居所・堺町御門内東側(京都市上京区)
近衛家の家祖基実の孫にあたる家実の四男兼平が当家の家祖である。鎌倉初期の創設。
 
12代・信房(のぶふさ)
二条晴良の次男 母は伏見宮貞敦親王の王女
生没・永禄8年(1565)~明暦3年(1657)
従一位関白
正室・佐々成政の娘
子女・13代信尚 女子→徳川家光室
信平(吉井藩藩祖松平信清の祖父)
13代・信尚(のぶなお)
信房の子 母は正室佐々成政の娘
生没・天正18年(1590)~元和7年(1621)
従一位関白
正室・後陽成天皇の皇女
子女・14代教平

14代・教平(のりひら)
信尚の子 母は正室後陽成天皇の皇女
生没・慶長14年(1609)~寛文8年(1668)
従一位左大臣
正室・不詳
  室・冷泉為満の娘
子女・15代房輔 兼晴(九条道房養子)
女子→薩摩藩島津綱貴
房子→霊元天皇皇后(中宮と称せられ、院号は新上西門院)

15代・房輔(ふさすけ)
教平の子 母は正室冷泉為満の娘
生没・寛永14年(1637)~元禄13年(1700)
従一位摂政、関白
正室・長州藩毛利秀就の娘
  室・山科言行の娘
子女・16代兼凞 実輔(西園寺公遂養子) 輔信
女子→将軍徳川綱吉室 兼香(一条兼輝養子)
16代・兼凞(かねひろ)
房輔の子 母は正室毛利秀就の娘
生没・万治2年(1659)~享保10年(1725)
従一位関白
正室・高松藩松平頼重の娘
子女・養子房凞(17代) 女子→桂宮家仁親王妃  
養子幸教(九条輔実の子、後に帰家)

17代・房凞(ふさひろ)
近衛家凞の次男 母は町尻兼量の娘
生没・宝永7年(1710)~享保15年(1730)
従二位内大臣
正室・不詳
子女・養子尚輔(18代)
18代・尚輔(なおすけ)
近衛家凞の三男 母は某氏
生没・享保11年(1726)~享保18年(1733)
従五位上右近衛少将
正室・なし
子女・養子基輝(19代)
19代・基輝(もとてる)
一条兼香の子 母は某氏
生没・享保12年(1727)~寛保3年(1743)
従二位内大臣
正室・不詳
子女・養子輔平(20代)

20代・輔平(すけひら)
桜町天皇の猶子(閑院宮直仁親王の王子) 
生没・元文4年(1739)~文化10年(1813)
従一位関白
正室・長州藩毛利重就の娘
子女・21代政凞 女子→伏見宮邦頼親王妃 
女子→有栖川宮織仁親王妃
女子→仙台藩伊達斉村
女子→今出川尚季室
円祥(有栖川織仁親王養子)
実堅(徳大寺公迪養子)

21代・政凞(まさひろ)
輔平の子  母は正室毛利重就の娘 
生没・宝暦11年(1761)~天保12年(1841)
従一位関白
正室・阿波藩蜂須賀重喜の娘
  室・井上梅(繋子と祺子の母)
子女・22代政通 女子→加賀藩前田斉広室
女子→伏見宮邦頼親王養女
有宣(今出川尚季養子)
女子→閑院宮孝仁親王妃
女子→阿波藩蜂須賀斉昌室
繋子→仁孝天皇女御(贈院号新皇嘉門院、贈皇后)
祺子→政通養女→仁孝天皇女御(後に皇太后、院号は新朔平門院)
女子→醍醐輝弘室 女子→広幡基豊室
亮珎(今出川尚季養子)
女子→伏見宮邦家親王妃
女子→近衛基前養女→尾張藩徳川斉温室
女子→政通養女→徳川家定
女子→近衛忠凞養女→仙台藩伊達斉邦

22代・政通(まさみち)
政凞の子 母は正室蜂須賀重喜の娘 
生没・寛政元年(1789)~明治元年(1868)
従一位摂政、関白
正室・水戸藩徳川治紀の娘
子女・23代輔凞 女子→阿波藩蜂須賀斉裕室
幸経→九条尚忠養子 公純(徳大寺実堅養子)
女子→伏見宮貞教親王妃 女子→今出川実順室
養女(久我建通の娘)→加賀藩前田慶寧室

23代・輔凞(すけひろ)
政通の子 母は某氏 
生没・文化4年(1807)~明治11年(1878)
従一位関白
正室・一条忠良の娘
子女・24代輔政(正室は阿波藩蜂須賀斉裕の娘) 女子→三条実美室 
修季(今出川実順養子)