歴史・人名

エジプトの古王国

エジプトの古王国時代

 エジプトの古王国時代は、第3王朝から第6王朝までで、BC2700年ころからBC2200年ころである。古王国時代にはいると中央政権はすっかり安定した。第3王朝の王は、首都をメンフィス Menphis とし、以後第6王朝まで平和と繁栄が続いた。

 第3王朝の創始者であるジェセル王(ゼセル王)は、BC2700年ころ、最初のピラミッドである階段ピラミッドを建造した。その大きさは日本の国会議事堂に匹敵し、世界最古の石造建造物とされている。形は従来のマスタバ墳をいく段も積み重ねた形で、この工事を采配した宰相のイムホテプは、名声を得て、後年には神としてまつられるほどであった。ジェセル王に続く王たちも階段ピラミッドを造っている。
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 第4王朝のはじめ、スネフェル王は、階段の部分を埋めて稜線が中ほどで折れている屈折ピラミッドを造った。これについで、四角錐形のピラミッドが生まれる。

 第4王朝時代は古王国時代の絶頂期で、一名ピラミッド時代とも呼ばれる。ギザ(ギゼー)にある有名な3つのピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッド)が建てられたのは、BC2600年前後である。
 クフ王のピラミッドは最大のピラミッドであり、完成時の高さは146.6メートルであったが、上部の約9メートル分を失い、現在は137.5メートルである。これは、19世紀までの約4500年間、世界で最も高い人工建造物であった。底面積はおよそ6ヘクタール、基底の各辺は正しく東西南北の方向を指している。平均2トン半の石材が230万個つかわれたと伝えられている。
 従来、ピラミッドの建設は、ファラオが人民を酷使して行われたものとされてきたが、近年は、人民の信仰に基づいて現人神のための奉仕として農閑期を利用して行われたもので、作業期間中の衣食住も保証されていたとみられている。
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 古王国時代のファラオは太陽神宗教と強く結びついており、ラー神の名を自分の名に取り入れたファラオも多かった。太陽神宗団は勢力を増大し、あなどりがたい存在となっていった。王権と宗団の対立抗争が深刻化するなかで、第4王朝はその幕を閉じた。

 第5王朝のファラオはすべて「太陽の子」と称した。太陽神ラーの信仰は絶頂に達し、ヘリオポリスの神官は未曾有の繁栄を誇った。ファラオは、太陽神の神殿を造り、莫大な寄進を行った。自らのピラミッドは著しく小さくなり、ファラオの威信は衰退に向かった。
 ピラミッドは小さくなったけれども、第5王朝末から第6王朝にかけて、ピラミッドの内部の部屋や通路の壁にいわゆるピラミッド・テキストが描かれるようになった。

 第6王朝になると、地方の豪族や知事が強力となって、最後には中央政府が崩壊し、エジプトは小国割拠の状態に逆転した。

【参考ページ】
エジプト文明(初期王朝時代)
エジプトの古王国時代
エジプトのクフ王
エジプトの第1中間期
エジプトの中王国時代
エジプトの第2中間期
エジプトの新王国時代
エジプトの末期王朝時代

【LINK】
LINK 大英博物館ミラーサイト(日本語) ≫ 古代エジプト ≫ 地形図

LINK A VISUAL HISTORY OF ANCIENT EGYPT

LINK The secret chambers of Thoth ≫ ピラミッド巡礼

参考文献
「新訂版チャート式シリーズ 新世界史」堀米庸三・前川貞次郎共著、数研出版、1973年
世界の歴史2 古代オリエント」岸本通夫ほか著、河出文庫、1989年
「3日でわかる世界史」ダイアモンド社編、櫻井清彦監修、ダイヤモンド社、2000年
「古代エジプト ファラオ歴代誌」ピーター・クレイトン著、藤沢邦子訳、吉村作治監修、創元社、1999年

更新 2003/3/16


http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/egy-ko.htm