歴史・人名

上杉景虎

上杉景虎(うえすぎ かげとら)
1552~1579 
○北条氏 国増丸 西堂丸 竹王丸 三郎 氏秀
◇父:北条氏康 養父:北条長綱、上杉謙信 室:北条長綱女、長尾政景女 子:上杉道満丸
 相模・北条氏康七男。甲駿相三国同盟成立の際には、甲斐・武田氏に人質として送られるが、同盟破綻後帰る。越相同盟が成立した際にも越後・上杉謙信の下に赴き、気に入られて養子となる。謙信死後、同じ養子の景勝と争い(御館の乱)、初め北条氏、武田氏の支援を受け状況は有利であったが、武田氏が景勝方についたことから不利となり、敗走。相模・小田原城に戻る途中立ち寄った鮫ヶ尾城で、城主堀江宗親の謀反に遭って自害した。享年28歳。なんでもかなりの美形だったとか。