0o0dグッ

蚩尤

蚩尤(読み)シユウ

   しゆう シイウしゆう〔シイウ〕蚩尤 Chī yóu

デジタル大辞泉の解説
中国の伝説上の人物。黄帝と戦い、濃霧を起こして苦しめたが、指南車を作って方位を測定した黄帝に涿鹿(たくろく)で敗れたという。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
百科事典マイペディアの解説
中国神話の戦闘神。国(現在の山東省)の神とされ,銅頭鉄額,人身牛蹄。黄帝と【たく】鹿(たくろく)の野で戦い,大風雨を起こしたが,黄帝は魃(ばつ)(ひでりの神)の助けで蚩尤を誅殺(ちゅうさつ)したという。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
世界大百科事典 第2版の解説
中国の神話にみえる英雄神。《書経》呂刑(りよけい)や《山海経(せんがいきよう)》大荒東経に,黄帝と涿鹿(たくろく)の野に戦って,敗死したとされる。《逸周書》嘗麦解に,蚩尤は赤帝に命ぜられて少昊(しようこう)におり,四方に臨み百工を治めたとあり,もと山東方面に君臨した神であろう。その風は蚩尤風,その祭りには絳(あか)い雲があらわれて蚩尤旗,その楽を蚩尤戯という。軍神として恐れられ,その像を示せば,天下の兵乱が収まったと伝えられる。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中国の古神話に登場する神。『山海経(せんがいきょう)』によると、蚩尤は風の神や雨の神を従えて冀州(きしゅう)の野で黄帝(こうてい)と戦ったが、黄帝が下した日照りの神によって撃ち破られたという。一方『史記』では、徳の高い黄帝に刃向かって敗れた暴虐な諸侯の一人とされている。このように戦争と深いかかわりをもつ蚩尤は、初めて武器を製造した功績者ともされ、(せい)の国(山東半島)では古くから軍神として祭祀(さいし)の対象とされていた。毎年10月に人々が蚩尤の墓とよばれるものを祀(まつ)ると、赤い雲気(うんき)が現れて空にたなびいたという。人々はそれを「蚩尤旗」とよんだが、これは古中国におけるオーロラの記録としても貴重な意味をもつ。なお軍神としての蚩尤の信仰は、兵主神として古の日本にも伝えられ、崇拝された。

[桐本東太]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典の解説
中国古伝説上の人物。黄帝の諸侯の一人。好戦的で、黄帝と戦って死んだとされるが、諸説あってらかでない。→蚩尤

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
世界大百科事典内の蚩尤の言及
【中国神話】より

の祖神王亥(おうがい)は,北方の有易(ゆうえき)(有狄(ゆうてき))に身を寄せて殺され,その子上甲微が河伯の力を借りてこれを滅ぼした。この方面には,軍神とされる蚩尤(しゆう)の説話も伝えられ,またと抗争した羿(げい)の話もある。この羿は,の十日説話とかかわりをもっている。…

※「蚩尤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報